第三十五時限目

「結芽ーっ!!起きなさぁーいっ!!」




「……」




「おいこら結芽っ!早く起きねぇと脳みそ腐るぞっ!!」




「…げっ、健兄っ!?」





あれから9ヶ月。




あたしは無事3年生へと進級し、高校生活最後の夏休みを迎えていた。





「何で健兄がいるの…」




「実家だからだ」




「…寝起き最悪」




「お前の顔は常に最悪」




(そっくりそのまま返してやるよ…)





この9ヶ月、本当に色んな事があった。




和也さんと美和さんとの間に出来た待望の赤ちゃんが産まれ、




最上級生だった3年生の敦子先輩達は、あたし達2年生が見送る中卒業式を終え、この高校を去って行った。




就職や進学の悩みを抱えながらあたし達2年は3年生へと上がり、クラス替えではあたしと桂太君、そして霧島君が同じクラス、隣のクラスには菜緒やタカ、そして拓と千沙ちゃんが上手い具合に並べられた。




新たな道を誓ったあの日、あたしは次の日から一切人前で泣くのを辞めた。



そのせいかどうかは分からないが、気まずい雰囲気だったお母さんや兄貴達との雰囲気もなんとか以前同様の明るさを取り戻し、そんなあたしを桂太君と菜緒は、全てを知った上で優しく包み込んでくれていた。





「おい妹」




朝の10時過ぎ。




健兄がネクタイを緩めながらあたしに言った。




「何…ってか仕事は?家、取引きなんてしてないけど」




「俺は計算して仕事こなせる人間なの。だから今は一服」




「一服って…まだ仕事始まったばっかじゃん」




「お前生意気だね。お兄ちゃんは妹の彼氏を拝みに来たのに…」




「…はぁっ!?」




新聞紙を丸め、健兄が寝癖せ頭のあたしにニヤニヤしながら振り落とした。





「彼氏!?あたしいつの間に彼氏出来たの!?」




「あぁ!?だってお母様が…」




「…お母さんっ!!」




眠気も吹っ飛ぶ発言に、あたしは静かにリビングを出ようとするお母さんの服を掴んだ。




「ちょっと…彼氏って誰?」




「あれ、違うの?」




「誰」




「…今から来る人…」




舌を出しながら笑うお母さんに、あたしは健兄から丸めた新聞紙を奪いお母さんの頭を軽く叩いた。



「霧島君は彼氏じゃないでしょっ!?」




「だって最近ほぼ毎日遊んでるみたいだし…」




「妹、全部吐け」




「だから違うってばーっ!!」





あたしが1人で腹を立てている中、インターホンが鳴り噂の張本人が姿を現した。





「おはようございま~す」




「えっ…もう来たの!?」




あたしは急いで玄関へと走る。




「あら、竹内まだそんな格好なの!?」




「…霧島君早すぎ」




「霧島君っ!結芽の支度が終わるまでゆっくりしていきたまえ」




営業スマイルを使い、あたし達家族には見せた事がない表情で健兄が霧島君を出迎えた。




(『たまえ』って…ってか初対面でその言い方はどうなの?)





「き、霧島君っ!すぐ支度するからこのままっ…」




「いいんですかぁ!?じゃお邪魔しま~す!」




「え…ちょっと…」




「結芽は早く着替えて来なさいっ!」




「…はい」





お母さんに洗面所へと追いやられ、あたしは耳を済ましながら身だしなみを整えた。


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