第三十三時限目

   結芽へ


  手紙でごめん。


そして、今まで散々苦しめてごめん。


学校が始まる前に、結芽ともう一度だけ話がしたいと思ってます。

都合いいのは十分分かってる。


でも、どうしてもお前と話がしたいです。


夏休み最後の日、夕方4時にいつもの公園で待ってるから。


ずっと待ってるよ?


でも、日付が変わってもお前の姿が無かったら


そん時は俺、お前に近付くの辞める。


何処までも勝手でごめんな。




勝手だけど…結芽の顔が見たいです。






「お母さん…」




「ごめんね結芽」




「ごめんねって…」




待ち合わせ日は『夏休み最後の日』。




今はもうすぐ12月に入ろうとしている所…




(今更こんな手紙…)




「…酷い」




「……」




「お母さん酷いっ!!」




あたしは立ち上がり、握りしめていた拓からの手紙をお母さんに投げつけた。




「今何月だと思ってるの!?しかもっ…封切られてるじゃん!!」



「…ごめんね」




涙を流すお母さんに、あたしは容赦無く罵声を浴びせる。



「こんなの…母親がする事じゃない!お母さんがした事は最低だよっ!?」




「…もう一つだけ聞いて欲しい事があるの」



「聞かないっ!!大人は汚いっ…!!」





部屋に戻ろうとするあたしを必死に止めようと、お母さんが立ち上がりドアの前に立ち塞がった。




「どいてよっ」




「話を聞いて!」




「どうせ言い訳でしょ!?喋れないモコにでも言えば!?」




「拓君、この手紙を送って来る前に結芽に会いに来たのよっ…」




(…え?)




「…なにそれ…」





喧嘩を止めようとでもしたのだろうか。




モコがあたしとお母さんの足の間をゆっくりと歩き出した。





「あんたがバンドの練習でいなかった日の夜に突然来たの」




「どうして教えてくれなかったの!?」




「……」




「ちゃんと答えてよっ!!」





あたしの怒鳴り声が、小さいお母さんの体をびくつかせる。




「…怖かったの」




「何がっ!?」




「結芽に嫌われるのが怖かったのっ…!!」



おえつ交じりに叫ぶお母さんの姿に、あたしは何も言い返す事が出来ずに立ち尽くすだけ。





「あの人が…電話をくれてたの」




「あの人って…?」




「結芽が東京で会って来た人…」




口元を震わせながらお母さんが続けた。




「拓君が東京に来たんだって…全てを話たって…」




「……」




「結芽が拓君から話を聞いて…嫌われるのが怖かったの。だから…」




「…だから?」




「『結芽には会わせない』って言ったの…」




きっと、拓は凄い勇気を振り絞ってあたしの家まで来てくれた。




なのにお母さんにこんな事を言われて…




拓は誤解を解いておきたかったんだよね?




『兄妹じゃないよ』って




『もう悩まなくていいんだよ』って…





毎日真っ赤な目で登校してたあたしに、きっと拓は気付いてたんだよね?




だから一番苦手な手紙まで書いてくれて…




もしあの日公園に行ってたら、あたしはまた拓の笑顔が見れたのかな?




『結芽!』ってあたしの名前を呼んでくれたのかな?




そして…




拓は千沙ちゃんじゃなくて、あたしの手を引いて歩いてくれたのかな…?






「本当にごめんなさい…」




「…今更もういいよ」




あたしは酷い娘。




目の前で深々とあたしに頭を下げて泣き続けるお母さんに、どうしても手を差し延べる事が出来ずにいた。





「結芽…」




「何…?」




「拓君の携帯の番号…教えて」




「何するつもり?」




「拓君に全部話す」




「もう遅いよっ!!」



(ダメだ、あたしお母さんに優しく出来ない…)





お母さんが今までどれだけの苦労をして来たか忘れた訳じゃない。



本当は、さっきお母さんの寝顔を見た瞬間…



今まで沢山泣いてたんだろうなってすぐに分かる位、マスカラが涙の跡をなぞっていた。



お母さんを泣かせたくなんかない。




なのに、どうしても拓への想いが絶ち切れなくて…




あたしはただ単にやつ当たりしか出来ない嫌な女でしかなかった。




「もう寝るね、今日学校だし」




「結芽っ…」




「本当にもういいから」





立ちはだかるお母さんを避け、荷物を持ったあたしは足早に部屋を出る。



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