第三十二時限目
「何?」
「携帯電話」
「いやいや…そうじゃなくて…」
「嘘だっての。お前みたいに頭悪くないし(笑)ほら、とりあえず出ろ」
(…誰!?)
あたしは仁兄の携帯を耳にあて、何も話さずに相手側からの言葉を待った。
「……」
「…結芽?」
「え、お母さんっ!?」
あたしの驚いた顔に、兄貴達がにやりと笑う。
「早く戻って来なさい」
「……」
「お母さんからも結芽に話があるから…」
仕事場からなのだろう。
他の美容部員さん達の接客トークが聞こえて来る。
「…嫌な話ならもう聞きたくない」
「拓君の事だよ」
(拓…?)
「とにかく、結芽が帰って来るまで起きて待ってるから…じゃぁね」
電話を切られ、あたしは無言で携帯を仁兄に返す。
「結芽」
健兄が背伸びをする。
「何?」
「宮城に帰るぞ」
「…はい」
どんなに急いで東京を出ても、きっと家に着くのは夜中か朝方。
「走るぞ」
こうしてあたし達は、健兄の車がある仁兄のマンションへと急いだ。
「う゛ぇっ…」
「タバコ臭いなら早く降りろ」
「…息くっさ~」
「お前といると疲れる…」
誇らしげに車を降り、半分投げ出されたバックを手に取りあたしは健兄にお礼を告げた。
「健志お兄さん」
「…はいはい」
「帰るまでが遠足なんで…」
「うるせぇよっ(笑)母ちゃん待ってるから早く行け!」
「本当にありがとう!おやすみ!!」
苦笑いをしながらも、どこか嬉しそうな顔をした健兄と別れ、あたしは2階の灯りがともされている部屋へと向かった。
(…ん?静かだな)
お母さんの部屋の前に立ち、ドアにこっそりと耳を近付ける。
(待ちくたびれたよね…ちゃんと布団で寝てるかな)
朝方の冷え込みが酷くなっていたこの季節にうたた寝は厳禁。
「失礼しまーす…」
あたしは若干の暖かさを感じるお母さんの部屋へと静かに足を踏み入れた。
(やっぱり…)
視界に飛び込んできたのは、コタツの中で眠ってしまっていたお母さんの姿。
(ベットまで担ぐには重すぎるなぁ…)
化粧も落とさずに寝入っているお母さんの姿に心の中で謝罪しながら、あたしはベットの上に綺麗に整えられていた毛布を引っ張り出し、そっと背中に掛けた。
(おやすみ…)
部屋の灯りを消し、自分の部屋へ戻ろうとした時、突然何かがあたしの足に絡み付き、あたしは大きな音を立てて転んだ。
(な、何っ!?)
暗闇にまだ目が慣れていないせいか、その物体が今何処にいるのかすら分からない。
(這って部屋に戻ろう…)
そう思った時…
「…結芽!?」
暗闇の中から、寝ていたはずのお母さんの声が聞こえて来た。
「起こした…よね(笑)」
「電気付けて」
手探りでスイッチを探し、部屋の灯りを再度ともす。
「…お前かぁ~」
足に絡み付いた物体…それはベットの上で目をしかめながらあたしを睨むモコだった。
「ニャ~とか鳴けっ!!」
「モコがどうしたの」
「…何でも無いです」
「健志は?」
「ホームシックみたいだよ。帰った」
「子供に会いたかったんでしょ…、とりあえずコタツに入ったら?」
お母さんに促され、あたしは荷物を部屋の隅に置きコタツへ足を入れた。
「ちゃんと会えたの?」
「…まぁね」
「全部…聞いて来た?」
言葉を選んでいるかの様に、お母さんはあたしにゆっくりと話し掛ける。
「これ以上何かあっても困りますけどね」
「そうよね…」
それから暫くの間沈黙が続き、急にお母さんがバックの中から青い封筒をあたしに差し出した。
「何これ?」
「手紙」
「あたしが読むの!?」
「そうよ…」
1度丸めた様な形跡があるその封筒から、あたしは1枚のルーズリーフを取り出した。
「お母さん書いたの?」
「…とにかく読みなさい」
折られてあるルーズリーフを開き、目を通した瞬間…
「お母さん…これ…」
「拓君からよ」
あたしの為に綴った拓からの手紙…
『結芽へ』
あたしは涙で滲む文字をゆっくりと読み始めた。
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