第三十時限目

「勘違いしてねぇか!?俺も仁志もお前の事を可哀想とかどうとか…そんな考えで接した事1回もねぇぞっ!?」




「そうだぞ!?俺達はただ、もう結芽も高校生だしそろそろ知ってた方がいいと思っただけでっ…」





そっか…




拓も話を聞かされた時、きっとこんな感じだったんだろうな。




本当の父親が誰かも分からないまま自分だけが何も知らない環境で育ち、そして




産まれて来てしまった事に後悔したのかな…




(拓…)





きっとあたし達は似た様な環境で育って、お互いの親を憎んだ同士が何となく惹かれ合って恋に落ちただけ。




やっぱり、あたし達は出会っちゃ行けなかったんだ…




拓はその事に気付いたから、兄妹じゃない事を知ってもあたしの隣では無く千沙ちゃんの隣を選んだんだよね?



あたしなんかの側にいたら幸せになれないって…




傷舐め合う様な事はしたくないって…そう思ったんだよね…?



「仁志、結芽連れて帰るぞ」




健兄があたしの腕を強く掴む。




「でも親父…」




「今は妹が優先だろ」親父、また連絡する」



動こうとしないあたしを、健兄が険しい表情で引っ張り、そしてその後ろから仁兄が足早に追いかける。




「…結芽っ!!」




今まで口に出さなくとも『お父さん』と思っていたその人が、大声であたしの名前を読んだ。




「親父っ、もういいだろ…」




健兄の言葉を無視し、その人が振り向きもしないあたしの元へと歩み寄る。




「結芽…」




「……」




「これだけはよく頭に入れておきなさい」




修羅場の様なあたし達のやり取りを、興味津々の眼差しで店員や客が見る。




「いいか結芽」




「……」




「母さんは結芽を産んで心から良かったと必ず思ってるはずだ。恨むなら俺を恨め」




ゆっくり瞬きをし、生意気に首を小さく傾げるあたし。




「それから…もう一つ…」



「…何ですか?」




「松澤君は、きっと結芽をまだ好きなはずだから…」




(何を言ってるの?)




「だから、ちゃんと話し合いなさい」





うざったい…




もうこれ以上誰にも干渉されたくないし、しようとも思わない。




それに拓が…拓があたしを好き?




拓と話し合う?何を?



目すら合わせて貰えなくて…千沙ちゃんってゆうあんなに可愛い彼女を目の前に突き付けられて




そんな中であたしにどう頑張れってゆうの…?





「ほっといてくれないかな…」




「結…」




「女一人幸せに出来なかったあんたにそんな事言われたく無いっ…!!」




言い終えた瞬間、右の頬に衝撃が走った。




「健志っ…!!」




「言いすぎだろ。親父に謝れ」




「…やっぱりそうなんじゃん」




「あぁ!?」




頬を押さえる右手の上に、我慢しきれなかった涙が伝う。




「健兄も仁兄もっ…本当は妹なんて欲しくなかったんでしょっ!!」



この時の皆は、どんな顔をしていたのだろう。




健兄が深いため息をついた後、真っ直ぐ店の外へと歩き出した。





「おい健志!」




「仁志帰るぞ。そんな奴ほっとけ」




今までどんなに喧嘩をしても、健兄はそんな言葉をあたしに言った事が無かった。




全部…全部全部あたしが悪い…




「結芽」




「……」




「お前もう帰って来んな。帰りも勝手に一人で帰れ」





自分でそう仕向けたのに、悔しくて悲しくて寂しくて…涙が止まらない。





「親父も早く店出ろよ。ほら、仁志行くぞ」



「あ、あぁ…」




仁兄が財布からお金を取り出し、あたしの手に握らせる。




「新幹線代だから…、少し頭冷やせ」






右も左も分からない都会の街。




「結芽、俺が駅まで…」




「さよなら」




最後まで素直になれなかったあたしは、受け取ったお金を空きテーブルの上に置き、そのまま走って店を出た。


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