第二十九時限目

「…もういい」




「結芽」




「…大人は勝手すぎるよ」





涙なんて出ない。




あまりにも色んな事が次々と覆い被さって来て、あたしは何故かもうへらへら笑うしか出来なかった。




「俺が全部悪いんだよ」




「……」




「寂しい思いをさせた挙句、俺は簡単にお前達を見捨てたんだ」




幼い頃に聞いた父親の酷い話。




浮気とか写真とか駆け落ちとか…本当に様々な話を聞いて来た。




きっと、お父さんはあたしがお腹に宿らなければお母さんと離婚しなかったんだよね?




お母さんが悪いとかお父さんが悪いとか…




そんな事はもうどうでもいい。




でも…16年間も生きて来てしまったあたしは、これからも普通の顔をして生きて行ってもいいのだろうか…





「健兄達は…勿論知ってるんだよね?」




目の前に座る1人の男性が、静かに首を縦に振る。




「じいちゃんやばあちゃんも?」




「あぁ」




「そっかぁ…」



「あの時はどうしても母さんが許せなかったんだ。でも…母さんからしてみたら俺が幸音さんと頻繁に会ってた事が辛かったんだよな」




「……」




「幸音さんとの写真を離婚届けと添えて当て付け代わりに送ったりもしたし、酷い暴言も沢山吐いてしまった」



(確かこの話し…聞いた事あったな)




「本当にもういいよ」



「結芽っ…」




あたしは席を立ち、嶺岸とゆう男の人に深く頭を下げる。




「ごめんね」




「え?」




「産まれて来て…ごめん」




「違うんだよっ!!」



「いいよ別に…(笑)」



椅子を直し、バックを手に取った時兄貴達が見計らったかの様にあたしの元へと駆け寄って来た。




「結芽」




「話聞いたよ…」




仁兄が優しくあたしの頭を撫でる。




「全部…聞いたのか?」




「多分ね」




「結芽」




健兄が椅子に座り、タバコに火を付けた後あたしにこう言った。



「親父はちゃんとお前を娘だって思ってるぞ」




「……」




「一度も一緒に暮らした事が無くても、自分の血が通って無くても、好きな人が腹痛めて産んだ子供は自分の子なんだとさ」




ぴくりとも反応しないあたしに、今度は仁兄が言う。




「お前の元彼の死んだ親父も…もし本当の事情を知ったとしても家の親父と同じだったんじゃねぇかな?」




「……」




あたしがもっと素直な子供だったなら、きっとこの場を涙して笑えたのかもしれない。




『産んでくれてありがとう』なんてお母さんに感謝出来たのかもしれない。




だけど、自分が思っていた以上に子供すぎたあたしにはどうしてもそんな気持ちにはなれなくて…




そして優しい言葉を掛ける兄貴達にも、あたしは同情されているとしか考えられなかった。





「健兄…」




「ん?」




「あたし、新幹線で帰る」




「はぁ!?お前何言ってんだよ!!」




驚きと怒りが交じった顔で、健兄があたしに怒鳴った。



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