第二十七時限目

でも…




あたしと拓が兄妹じゃない事が本当なら




友達としてでもいいから、また拓と笑い合えるなら…




あたしはあの時の苦しさが全部無駄になっても構わない。




片想いでもいいから好きでいたい…





「…ちゃんと…話は出来たの?」




空になったグラスを両手で膝の上に乗せ、あたしは真っ直ぐお父さんの顔を見た。




「幸音さんの了解を得て全部話したよ」




「了解って…?」




「松澤君からしたら、完全には納得出来て無かっただろうな」





顔をしかめるあたしに、お父さんは包み隠さず過去の事を全て話し始めた。




昔、お父さんと拓のお母さんは同じ会社に勤めていて、よく2人は会社の仲間と大勢でお酒を飲んだりしていたらしい。




歳が近い事もあってか、よくお父さんは拓のお母さんの相談に乗ってあげたりしていた。



次第にその相談は会社の事から恋愛へと変わり、お父さんは拓のお母さんからある悩みを打ち明けられた。


『お腹にいる子の父親の振りをしてくれませんか』




勿論お父さんは理解出来ない発言に言葉を失った。




拓のお父さんとお母さんは親同士が決めた結婚で、拓のお母さんには想いを寄せていた相手がいたらしい。




でも、結局その相手は親の意見を聞き入れお腹に命が宿った事も知らないまま行方をくらました。




そのお腹に宿った赤ちゃんが拓…




『好きな人の子供をどうしても産みたい』




『赤ちゃんを堕ろせなくなるまでの間だけで構わない』




そう泣きながら頼まれたお父さんは、拓のお母さんの為に…産まれて来る拓の為に期間限定の父親になる事にしたのだった。





「拓は…何て…?」




真実を聞き、あたしの中にあったお父さんへの憎悪が少しずつ薄れて行くのが分かる。




「『そうですか』って…」




「拓とお母さんは!?仲直りしたの!?」




「幸音さんはずっと『会えない』って言ってたんだ。松澤君のお父さんを裏切ったし、幸音さんを迎えに行く途中で亡くなっただろ…?それに松澤君の本当の父親は行方が分からないじゃぁ…」



今ならなんとなく分かる気がする。




和也さん達が話をしに富山まで行った時、どうして拓のお母さんがあんなに冷めた態度や言葉を放ったのか…




自分の勝手で拓を産み、そして拓の人生を狂わせた。




父親に逃げられ、そして実の母親にまで置いて行かれるなんて…




(あれ…?)




あたしは3つの疑問が残った。




「拓のお母さんは、そこまでして産んだ拓をどうして置いて消えたの?亡くなった…拓のお父さんは拓が自分の子供じゃないって事知ってたの?」




「置いて行ったんじゃない。手放さざるを得なかったんだ…」




空になっていたグラスに気付いた店員が水を注ぎ、お父さんがそれを軽く口に含ませた後こう話してくれた。





拓の本当の父親を知っていたのは、以前から恋人がいる事を知っていた拓のお母さんの両親だけ。




松澤家は妊娠の知らせを受けた時、ただ素直に喜んだ。




いざ拓を出産し、お母さんも拓を松澤家の子として育てようと決心した時、お母さんの方の両親が松澤家の両親に全てを打ち明けてしまったらしい。


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