第二十六時限目

「…母さんは元気か…」




「…さぁ、毎日くたくたですよ」




「そうか…母さんは一人っ子だからな…お前達意外頼れる人がいないから…」





『誰のせいだと思ってるんですか?』




そう怒鳴ってしまいそうになったあたしは、わざと笑顔で言葉を返した。




「薬指…結婚されてるんですか?」




「え?…あぁ、これは…」




「幸せそうで何よりですね」




あたしの口から出てくるのはどうしようもない嫌味ばかり。




(優しそうだなんて思ったあたしがばかだった)




「お兄達待たせてるんで早く本題に入って下さい」




「…分かった。ただ…」




「何ですか?」




「…母さんだけは絶対に責めるな」






お母さん、お兄ちゃん…



あたしは産まれて来て良かったの?




あたしは




望まれて産まれて来た子だったの…?





「…分かりました」




賑わう喫茶店の中、あたしは静かに話し始める父の言葉を黙って聞き入った。


「まず…結論から言わせて貰うよ」




あたしは大きく深呼吸をし、目を閉じた。




「俺は松澤君の父親じゃない。幸音さんとはそんな関係じゃ無かったんだ」




「…え?」




思いもよらぬ言葉にあたしは目を開け顔を上げる。




「嘘でしょ?だって拓はちゃんと和也さんからっ…」




「…全部…全部違うんだよ」




「違くないっ!!」




声を張り上げて身を乗り出すあたしに、周りの視線が一斉に集まった。




「結芽、聞きなさい」



「第一何で!?何で貴方が知ってるの!?拓とあたしの事なんて何も知らないじゃない!!」





『拓』…




その名前を口にしただけで、無理矢理にでも忘れようとしていた楽しかった日々が、一気にあたしの頭の中へ溢れ返る。





「松澤君の事は知ってる」




「は!?何言って…」



「俺に会いに来てくれたんだよ…」




(え…?拓が…?)




賑やかな店内の中、まるで時が止まったかの様にあたしだけが身動きできず、ただ言葉を失っていた。



「本当は全部黙ってようと思ってたんだ。松澤君にもそう言われていたし」




「……」




「多分、幸音さん…母親にも会いに行ってるはずだよ」





知らない。




そんな事一言も聞いてない…




「…いつ会ったの」




「8月に入ってすぐの頃かな…電話が来たんだ。きっと幸音さんから聞き出したんだろうな」




なかなか静まらない胸の鼓動を手で握り、あたしはグラスに入っていた水を一気に飲み干した。





「拓は…何をしに来たの?」




「『自分で確かめたい』って言ってた。『本当に結芽と俺は兄妹なのか知りたい』って」



「でも…もうあたしはその頃拓に振られてるんだよ?」





あの公園で




雨上がりの綺麗な虹の下で




『俺…お前と一緒にいんのが辛い…』




拓は泣きながらそうあたしに言った。




未だに忘れられない拓の表情…




あの表情を思い出す度あたしは息が出来なくなる位胸が痛み、そして何度も何度も声を出して泣いた。



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