第二十五時限目
(でもまだ分かんないよね…?)
「じゃぁ…お前はここに…」
呆気に取られた様子の仁兄が1番視界に入り難い斜め前の椅子にあたしを座らせた。
「あたしコーヒーね」
「…オレンジジュースにしとけよ…」
「いいのっ!」
健兄の好意を無視し、あたしは再度自分に喝を入れ直す為あえて苦手なコーヒーを注文する。
「親父は?」
「いや、もう飲みすぎた(笑)」
「そっか…じゃぁ俺もコーヒー…健志も同じでいいか!?」
「おう」
オーダーを取りに来てくれた店員に3人分の飲み物を頼み、その後すぐ注文した品が来たあたし達は何を話す訳でも無く、ひたすら渇く喉を潤し続けた。
(…初めてコーヒー全部飲んだよ…)
隣の健兄を見てみると、開けたばかりのタバコが既に半分へと減っている。
(何で健兄まで緊張してんのよ…)
トイレにも行きたいし甘いジュースも飲みたい。
そんな考えが頭の中を旋回していた時、仁兄が気まずい雰囲気を壊してくれた。
「親父も何か話せよ…」
「…えっ?」
ぼーっと店の入り口を見つめるお父さんに、仁兄がタバコを1本渡した。
「あ、タバコは…」
「あ…わりぃ、ダメなんだよな」
(禁煙中かな…)
「あ゛ー…、じゃぁ…」
背もたれに寄り掛っていた体を綺麗に伸ばし、お父さんがあたしを見る。
(いよいよか…)
あたしは微かに震える両手を握り締め、次の言葉を待った。
「…は、初めまして…」
「…はぁっ!?」
「あ、え!?…ま、まずは挨拶からだろっ」
張り詰めた空気が一気に崩れる。
(何なのこの人!?)
「「親父っ!」」
「俺だってこれでも緊張してるんだよっ!!」
仁兄と健兄が顔を見合わせため息をついた。
「健志と結芽は今日帰んねぇとダメなんだよ!」
「分かってるよっ…」
「仁志っ、そうやって急かすなよ!」
あたしの目の前で大の大人が声を張り上げて意見を飛ばし始める。
(ところで本題はいつ出るんだろう…)
トイレの限界が近付き、そわそわし始めたあたしに気付いた健兄が何を勘違いしたのかとんでもない事を口にした。
「仁志、俺等席外すぞ」
(え゛ぇーっ!!)
「なっ、何でっ…!?」
「俺等いるとろくに話出来ねぇだろ、終わったら電話よこせ。仁志行くぞ!」
「あ、あぁ…」
(嘘でしょ…!?)
2人が席を立ち、仁兄は些か心配そうな表情で一度こちらを振り返ったが、それに気付いた健兄が仁兄の服を引っ張り店の外へと消えて行った。
(嫌だよぉ…)
「何か飲むか?」
「…いいです」
(断っちゃったよ…)
季節は冬なのに、あたしだけ真夏の様に全身が汗ばむ。
(一先ずトイレに逃げようかな…)
「あの…」
蚊の鳴く様な上擦る声を発したと同時に、お父さんがさっきまでとは違い、落ち着いた雰囲気で話し出した。
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