第二十四時限目
それから軽くシャワーだけを浴び、お義姉ちゃんの化粧台を借り適当に準備を整えた。
「終了~」
あたしはリビングへと出向き、ソファーに座ってテレビを見ていた仁兄に声を掛けた。
「おぉ…化粧しても変わんねぇな…」
「そりゃどうも…あれ?健兄は?」
「今幹太を寝せてる。一緒に行くってうるせぇだろ」
「そっか…」
「結芽ちゃん、何か飲む?」
軽い昼食を用意してくれていたお義姉ちゃんが、あたしに冷蔵庫の中を覗かせた。
「あ…じゃぁ、オレンジジュースで」
「ぷっ(笑)幹太並みだな」
「…お茶で。あっついのお願いします」
テーブルの上に出されたナポリタンを全て平らげ、火傷しそうな位熱く煎れてくれた日本茶をすすり出した頃、やつれた顔をした健兄がリビングへと戻って来た。
「幹太寝たの?」
「…疲れた…」
「すみませんお義兄さん…」
よろよろとソファーに腰を降ろす健兄の姿に、お義姉ちゃんが申し訳なさそうにお茶を差し出す。
「あ、違いますよ。疲れたのは長旅のせいですから」
「でも幹太うるさかったし…」
「こいつに比べたら全然大人ですって(笑)」
顎をあたしの方に振り、我が家の様にくつろぎ出す健兄。
(少しは恐縮しろっての…)
「さっ、健志が一服したら出るぞ」
「東京駅!?」
「アホか…東京駅はもう用無しだろうが」
「あ、そっか」
健兄と仁兄が顔を見合わせ、目を細めながら首を傾げた後、仁兄が口を開いた。
「親父、すぐそこの喫茶店まで来てんだよ」
「え!?そうなの!?」
「一服終了~」
健兄がソファーから立ち上がり大きく背伸びをする。
「おっ、よし!じゃ行くか!」
(わぁ…認めたく無いけど緊張するよ…)
「結芽ちゃん」
お義姉ちゃんがあたしの肩をぽんと叩く。
「何?」
「言いたい事がっちり言って来な!!」
「…うん!」
時刻は既に3時。
あたしは幹太の寝顔に一時の別れを告げ、いざ決戦の場へと向かった。
そして仁兄の車で走る事約15分。
「ここ…デパートじゃん」
「結芽、お前土産はここで買うなよ(笑)」
「健兄も育毛剤なんか買わないでね」
「…お前等先に降りろ…うるさい」
あたしは何度かテレビで聞いた事がある名前の、とある大型デパートへ到着した。
「田舎者発揮すんなよな」
「芸能人いるかなぁ…」
「…離れて歩け」
本当は慣れない街と緊張で気持ち悪くなっていたあたし。
(…どんな事言われても絶対負けないんだから)
「大丈夫かよ?」
健兄が鼻息の荒いあたしの顔を不気味そうに覗く。
「…な、何が」
「親父だよ親父」
「別に!?…あ、仁兄来た!」
「親父から電話来た!3階行くぞっ!」
滅多に来れない、あたしにとって大都会の場所。
本当なら目移りしていまう位、欲しい物が沢山あったはず…
でも、あたしの視線はただ前を歩く兄貴達の背中だけを追い、そして3階にある喫茶店へと足を踏み入れた。
幅広い年齢層の人達が楽しそうに一休みをしている中、仁兄が1番奥の片隅に座っていた1人の中年男性に手を挙げ近付いた。
(もしかして…)
「親父っ!」
「…おぉ」
(この人が…)
どう表現したらいいのだろう。
とにかく一つだけ言える事は、顔を挙げて微笑んだ顔が兄貴達とそっくりだった。
「遅れてごめん。結芽が鈍くさくて…」
仁兄があたしの頭を掴み、前に押し出す。
「……」
「こら、挨拶しろよ」
「仁志っ、無理矢理は辞めろって…」
固まったままのあたしの手を引き、健兄が自分の後ろへとあたしを隠した。
「結芽は初めてなんだぞ?俺等とは違うんだから…」
「…こ」
「え?」
「どこに座ればいいの?」
この場所へ来る前、あれ程自分に喝を入れたのに一瞬で我を忘れてしまいそうになった。
怖いとか憎いとか…
そんな感情じゃ無い。
あたしはこの人を見た瞬間、どうしても悪い人には思えなかった。
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