第二十時限目

「健志、結芽がコンビニ行きたいんだって。乗せて行ってあげなさいよ?」




(おっ…お母様ったらまた迷惑な発言をっ…)




「コンビニ行くの辞めた!小腹空いたから1階に降りるね!」




「俺が何か作ってやろうか?」




生まれてこの方一度も聞いた事が無かった今の言葉に、あたしは吐き気をもよおす。




「…結構です。やっぱりお風呂入ろ…」




(さすがに一緒に入るなんて変態発言言えないよね…)




心の中でホッと一息をつき、着替えも持たずにいそいそと健兄の横を足早に通り抜けようとしたその時だった。



「あ、じゃ俺今晩お前の部屋に寝るから」




「…何の冗談ですか?」




冷静を装い、冷めた口調で言ったもののあたしの心臓はフル活動。



「風呂上がったら俺の布団敷けよ」




「自分の家帰れよ」




「あ゛ぁ!?」




「…冗談ですよ」




気の休まらない夜。




あたしはすっきりしないお風呂に入り、そして長い間使用していないだろうカビ臭い布団を健兄に提供した。



(今日は1人でゆっくりするはずだったのに…)




日付も変わり、午前1時過ぎ。




あたしはベットの中で耳障りな深夜番組と部屋に充満するタバコの臭いに苛々していた。



「お兄ちゃん」




「何だよ」




「明日仕事は?」




「仕事?明日は休む」



(ろくでなしだよ…)




妹にはこんなに腹黒い兄貴をしていても、会社ではトップの営業成績を持つ健兄。




それに自分の奥さんや子供には目を疑う程の良き夫、そして父親をしている様だった。




「じゃ、あたし寝るから」




「は?何言ってんの?ダメだっての」




「はぁ!?」




あたしは体を起こし、2本目のビールに手を伸ばしていた健兄を睨んだ。




「あたし修学旅行から帰って来たばっかで疲れてるんだけど!」




「どうせはしゃぎ疲れだろうが」




「ってかテレビ見るならリビングで見てよ!うるさくて寝れない!」




ただでさえ色々ありすぎて起伏が激しかったあたしは、マイペースに部屋に居座る健兄がうっとおしくて仕方が無かった。



「何言ってんの?俺が結婚して出て行くまで、この部屋俺のだったじゃん」




「今はあたしの部屋なの!」




「…高校入ったら随分生意気になったなぁ」



嫌味交じりの笑みを浮かべ、カビ臭い布団に横たわった健兄がジーパンのポケットから携帯を取り出し誰かに電話を掛け始めた。




(こんな夜中に誰に掛けるつもりだろう…迷惑じゃん)




「あ…もしもし?俺―…」




(…もしかして浮気!?)




布団に潜りながらあたしは耳を澄ます。




「そう、今結芽の部屋。超きたねぇのっ!」



(あんたが汚してるんだよ)




「あぁ、4時過ぎ位にこっち出るからさ…遅くても昼前には着くんじゃねぇかな」




全く意図が見えない会話。




(何だか分かんないけど、4時と言わず今すぐ行け…)




「…はいはい。じゃぁな」




電話を終えた様子の健兄が立ち上がり、トイレにでも行くのだろうと思った瞬間…




「おいっ、ふて寝してんなっ!」




「うわっ…」




健兄があたしの布団を一気にひっぺ返した。


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