第十九時限目

ドラマの終盤気取りで階段を掛け降りてみたものの、あたしを呼ぶ霧島君の大声に驚いた両親があたしを無事捕獲する事に成功し、脱走を試みていたあたしはリビングへと連れ戻された。




案の定脱走の原因を聞かれたが、普通初対面で、しかもあんな複雑な内容をべらべら話す人なんていないだろう。




それと同じで、あたしも結局苦笑いをしたままその場を切り抜け、未解決問題として話は終了した。




その後、恐縮しながらも霧島君のお父さんに自宅まで送り届けてもらい




『付き合う事考えておいて』




と言う霧島君からの課題を預けられ、あたしはやっと修学旅行気分から解放される事が出来た。




あれから幾度となく仁兄からの着信があり、拒否設定をしたあたしに今度は自宅へと電話をよこし、1階であたしを呼ぶじいちゃんの叫びを寝たふりでなんとか誤魔化した。




明日は旅行の疲れを取る為に学校は休み。




あたしは早めにお風呂に入り、3日ぶりに再会したモコやグランドとじゃれ合いを楽しんだ。


そして夜9時過ぎ…




いつもより少し遅い帰宅で、お母さんが自分の部屋に荷物を置かず真っ直ぐあたしの部屋を訪れた。




「ただいまー…ってあんた部屋汚いわね…」



「お久しぶりです」




「沖縄楽しかった?」



バックから放り出された衣類や土産品を片手で隅に避けながら、お母さんは潰れかけたクッションの上に腰を降ろした。




「沖縄本当にいい所!人も親切だし、全てにおいて文句無しだったよ!定年したらお母さんも行こう?」




「旅行費はどうするの?」




「そりゃぁ勿論お母さんの退職金で…」




「お母さんがあんたを旅行に連れてってどうすんのよ!…ったく、しっかり貯金しときなさいよ!?」




冗談半分で言ったつもりが、すっかり本気に捉えてしまい機嫌を損ねてしまったお母さんに、あたしはとりあえずお土産を渡した。




(相当疲れてるな…機嫌悪いもん)




「それ食べて早く寝なよっ!」




「へぇー、紫芋のちんすこうなんてあるんだ!?」



「沢山買って来たから明日会社の皆に配れば?」




「あぁ、そうねぇ。あと健志にも持たせて帰らせようかな」




「え!?健兄いつ来るの!?」




今日の電話であの人が健兄の名前を口にしていた。




『お金は健志から借りろ』って…。




今まで兄貴達に相談なんてした事が無かった。




恋愛は勿論、片方に話すと必ずもう片方に筒抜けになる。




だから、片方にもう片方の文句なんて尚更言えたもんじゃ無かった。




(健兄平日でも頻繁に家来るみたいだけど…ちゃんと仕事してるのかな…)




「結芽、この袋の中に健志にあげてもいいお土産入れて」




「だからいつ来るの?」




「今1階にいるよ?」



(何言ってんの?疲れ過ぎてる…?)




「あの…もうすぐ10時ですけど…」




何となく嫌な予感…




1階からは既に就寝したじいちゃん意外誰もいないはずなのに、ゆっくりと階段を登って来る足音が聞こえる。



(…嘘でしょ…)



「突然、今日健志がお店まで迎えに来てくれてね、乗せられて帰って来ちゃった」




階段の半ば辺りで、あたしと似た様なくしゃみをするその人物に、あたしはバックの中から素早く財布を取り出し立ち上がった。




「結芽っ!?」




「あ…ちょっとコンビニ…」




「今から!?何買いに行くの!?」




「…着いてから考える」





何が何でも避けたかった。




仁兄と違い、健兄は容赦無くあたしを追い詰めるのが得意。




挙げ句の果てに、自分の思い通りに行かないと相手が首を縦に振るまで文句を呟く…




いわゆる敵に回すと物凄く面倒な性格の持ち主であった。




まぁ…勿論そんな性悪部分ばかりでは無く、人として尊敬出来る所も多少はあるのだけど…





「こら…何処行くんだよ」




(げっ…)




逃げ遅れたあたしの目に、タバコを加えながら部屋のドアに寄り掛かる健兄の姿がはっきりと確認出来た。



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