第十七時限目

あたしの姿を見ると必ず足を引っ掛け、転んだあたしを放置して逃げるろくでなしな健志兄。




あたしが今通っている高校卒業で、よくあたしに勉強を教えては間違った答えを覚えさせてくれた仁志兄。




健兄はあたしが中学3年、仁兄は2年の時に結婚して家を出て行き、仁兄は『転勤族』とゆう形で北海道や大阪を転々とし、最近やっと東京に落ち着いた感じだった。





「仁兄どうしたの?携帯変えた?」




「あぁ、これ仕事用の携帯…お前今平気?」



「今家じゃないんだ…すぐ終わる?」




「あ゛―…あ、もしかして男か!?」




出先なのだろう




周りが賑やかすぎて声が大きくなる仁兄につられ、あたしまでも声を張り上げてしまった。




「ちっ、違うから!それより早く用件言ってよ」




「まぁな…お前を彼女にする野郎なんて…」



「早く言え」




兄貴達はこうしてあたしをバカにするのが挨拶みたいなもの。




(どうせエロビデオが実家に届くから…とかそんな事でしょ)



「お前、絶対電話切るなよ!」




昔から変わらない、いつもと同じ命令口調であたしに言う仁兄。




「内容にもよる」




「ばか妹っ、俺に従え」




(うるさいなぁ…)




「分かったから早くして」




きっと…この時点であたしは電話を切っていれば良かった。




そうしていれば、もしかすると拓を少しずつでも忘れて行けたのかもしれない…




「…ちょっと待ってろ」




「は?」




「いいからっ!」




受話器からガサガサとゆう音が聞こえ、次の瞬間…




「もしもし…」




あたしの耳には、仁兄とは違う中年の男の声が響いて来た。




(誰この人…上司?)




「あの…」




「分からない…よな」



「はぁ…」




「嶺岸…って言ったら分かるか?」




「嶺岸…?」




記憶をずっとずっと遡り、あたしはある一つの答えに辿り着く。




(もしかして…)





思い出一つすらない人間に手が震え、そして今まで感じた事がない憎悪が、凄い速さであたしの体を占領して行くのが分かった。


「声…母さんにそっくりだな」




「……」




「元気だったか…?」



まるで感動のご対面みたいな台詞。




16年とゆう埋める事が不可能な程の溝が出来ているとゆうのに、どことなく嬉しそうな声にあたしは握っていた拳に余計力が入った。




「…仁兄に代わって下さい」




「え?」




「早く代わってよ!!」





初めて聞いたお父さんの声…




憎悪以外に何の感情も湧かなかった。




拓との事があるまでは、一度位は逢って話がしてみたいとも思っていた。




でも、今となっては別。




自分自身でもこれほどまでに人を憎み、そして罵声を浴びせたくなる程の感情を持つなんて初めてで、正直戸惑いを感じながらも消える事の無いこの感情を隠す事なく受け止めようとしていた。





「今、変わる」




声が渇れ、少し落ち込んだ雰囲気を漂わせるお父さんが素直に仁兄へと携帯を渡す。



「何だよ?」



「どうゆう事?」




「何が?」




「何で仁兄がこんな人と一緒にいる訳?」




今まで家族に対して…特に兄貴達に対しては言葉を荒立てる事なんてした事が無かったあたし。




そんな妹の怒りを露にした言い方に驚いたのか、仁兄の声が一瞬上擦った。




「お、俺だけじゃねぇぞ!!健志だってっ…」




(え…健兄も…?)




「何で!?健兄も仁兄もおかしいよ!?こんな事お母さん知ったら絶対悲しむっ…」




どれだけお母さんが苦労して来たか…




どれだけお母さんがお風呂に入りながら泣いてるのを見た事か…




(あたしは絶対に許さない)




「仁兄も健兄も最低。こんな人と仲良くしてるなら兄妹の縁切るから」




携帯に向かってそう言い切った時、霧島君がトイレから戻って来た。




「あれ?竹内まだ電話してるの~?」




(やばいっ…こんなの霧島君に知られたく無いよっ)




あたしは声のトーンを上げ、笑顔で携帯に話し掛ける。






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