第37話 葬送のフリーレン   山田鐘人・アベツカサ 小学館

 超人ロックが好きな人には、かなりオススメ出来る作品でないかと思う。




 第一話にして既に古典の風格があり、叙情的でありながら少年誌に必要な幻想性を持っている。

 サンデーは死んだと思っていたが、いつの間にかある程度読める作品が多くなっているのだから、この雑誌は侮りがたい。

 ほぼ同時期に始まった龍と苺もだが、ベテランの作家に良い仕事をさせるという点では、やはりサンデーは優れている雑誌であると言えよう。


 この作品は、英雄譚が終わり、旅が始まるところが冒頭である。

 魔王討伐後の勇者一行というのは、私も好む題材である。というかそういう世界観が大好きである。

 最初のページで魔王を倒した勇者の四人パーティの凱旋から始まり、その後の四人の話ではあるが、主人公は勇者ではなく魔法使いのエルフ、フリーレンである。

 第一話と第二話が一挙掲載された作品であるが、この物語は長命種フリーレンが、仲間をはじめとするかつての知り合いたちの死を見送ることが、テーマの一つとなっている。

 設定としては純正のファンタジーであり、魔族の設定なども特に奇を衒ったものではない。

 まあ、魔族が強さを誇示しないといけない本能を持つというところは、独特でありそしてギミックとして優れているところだ。

 下手に善良な魔族を出さず、魔族を絶対悪と設定してあるところは旧来のファンタジーっぽさがあるが、その設定は単にテンプレなわけではなく、ちゃんと作品の必要要素として成立している。


 物語はフリーレンと、かつてのつながりからさらにつながった者たちの旅路をたどるものとなる。

 作中内ではかなりの早さで月日が流れ、最初に登場した幼女が既に一人前の魔法使いとなっていたりする。

 最新号でも一気に時間が過ぎて、しかしその時間の経過というのが、この作品のギミックとしては必要なものなのだ。


 当初はかつての足跡をたどったりしてふらふらとさまよっていたフリーレンであるが、一つのエピソードから明確な目的地を示す。

 しかしその旅は急ぎのものではなく、かつて封印した魔族を改めて倒したり、竜を倒したりしながらも、どこか牧歌的な空気を帯びたものである。


 それは確かにこの物語の素晴らしい特色である。

 最初に超人ロックの名前を出したが、事件に巻き込まれていない時のロックが、辺境の惑星を回っているような空気に似ている。まあロックはなんだかんだ言って事件に巻き込まれるが。

 だが単に牧歌的なのではなく、それがエルフであるフリーレンが、短命の人間の、生きる意味を知るための物語になる。

 魔王を倒すための10年の旅を、たったの10年と言ってしまう。

 命を預け合って共に戦ったかつての仲間を、まだ何も知らなかったと悲しみの涙を流す。

 単純にエルフだからという理由でもないのだが、フリーレンはフリーレンのまま、人間を知っていく。


 物語の中では、エルフはほとんど絶滅に近い種族となっている。

 そんな、種族としては滅びに向かいつつあるフリーレンが、儚く短い人間の営みの中で生きていくのが、文学的な神秘性すら与えている。

 かといってシリアス一辺倒ではなく、ユーモアにも優れており、ダンジョン飯のマルシルに似たへっぽこさも持っている。

 いや、生活力のなさではマルシルよりもへっぽこである。

 だがマルシルよりも吹っ切ってはいるかもしれない。




 ファンタジーであり、スローライフであり、ユーモアにもあふれているこの作品であるが、どうしようもない悲しみをも秘めている。

 それはフリーレンがまさに、死に行く人々や存在を見送ること。

 あるいはこの物語は、全ての新たな仲間たちの死をもって終わるのかとさえ思える、静謐なる叙情。

 かつては価値のあったものが、今では無価値となっている時の流れの残酷さ。

 逆に時を超えて存在する、人々を守る魔法。

 短く儚いものと、永遠にも近く存在するもの。

 生と死の対比のように、二つの価値観が描写されている。


 二つの価値観と言えば、短命な人間と長命のエルフもそうであるが、それとは別の比較も存在する。

 人間やドワーフ、エルフといったものと、それと対立する魔族である。


 かつては人間を圧迫し、他の勇者と呼ばれた存在をも殺した魔王。

 魔王は既に存在しないが、全ての魔族が滅びたわけではなく、まだ人間はその脅威に晒されている。

 その魔族と、基本的にフリーレンは敵対する。

 なぜならば、勇者ヒンメルならばそうしたから、という理由で。

 彼女はたったの10年という時間を共に過ごした勇者から、そして勇者から影響を受けた他の仲間から、やはり大きな影響を受けている。

 彼女の旅路にはかつての冒険の痕跡が現れて、勇者は死んでもその成したことは残っていると知らしめてくれる。

 彼が生きたことは、絶対に意味があったことだと、フリーレンは知っていくのだ。


 なおこの物語は二巻からは、比較的長いエピソードを消化する。

 かつての魔王軍の最高幹部との、再度の対決。

 それは魔族と人との相容れない違いを浮き彫りにする。


 しかし、この物語の中では魔族も哀れである。

 己の一生をかけて魔法を研鑽する魔族が、一人の人間の天才を超えられない不条理。

 フリーレンもおそらくはこの作品の中では最強の魔法使いであるのかもしれないが、それでも超えられないと思う存在はある。それは既に死んだ師匠であり、勇者ヒンメルであったりする。

 魔族は前述の本能ゆえに、強いが敗北する。

 タイトルの回収された17話と、22話。ここは少年誌のマンガらしくフリーレンが無茶苦茶かっこいい。


 フリーレンが魔族に勝てるのは、もちろん強いからではあるが、それだけではない。

 彼女は魔族でないがゆえに、魔族に勝てるのだ。

 この言葉の秘密は、ぜひ作品を読んで知ってほしい。


 そんなフリーレンが仲間と認め、知りたいと思った勇者ヒンメルをはじめとするかつてのパーティは、まさに英雄たちであったのだろう。

 しかし英雄であるが、同時に人間でもあった。フリーレンにとっては人類にとっての英雄も、短い間を一緒に過ごした大切な友人という存在なのだ。

 彼女にとって、友人という存在がどれだけ大切かはまた別であるが。

 今の彼女の旅の連れは、友人ではなく弟子であり、友人の弟子である。

 かつて最も長命でいながら最も精神的に幼かった彼女は、ようやく本当の意味で大人になろうとしている。




 葬送のフリーレン。死に行く短命なものたちを見送る、永遠の少女の物語。

 それは短命であるがゆえに鮮烈な、人間を知るための物語でもある。

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