第32話 ハコヅメ ~交番女子の逆襲~  泰三子 講談社

 警察物と言えば主流は、凶悪犯と戦う刑事というパターンが、昔から多かった。今でも多いだろう。

 もちろん警察物の金字塔ならぬ、マンガにおける金字塔こち亀のような例もあるが、基本は刑事警察が多い。

 ありえないほどスタイリッシュでコメディも多い、あぶない刑事も、やはり刑事物であった。

 刑事物の潮流を変えたと言われる踊る大走査線も、リアリティこそ優れていたが刑事物であった。

 まああれは、リアリティとコメディの絶妙な一致に、その面白さがあったのだが。


 さて、この作品の主人公は、新任の交番婦警、川合である。

 とりあえず公務員ならなんでもいい、という理由で警察官になった彼女と、その周辺の警察官達が物語の主役。

 むしろ川合は狂言回しに近く、物語の中での実質的な主役は、川合の指導警官であるペアの藤巡査部長や、刑事課の源巡査部長であろう。


 ほらやっぱり刑事が出てくるじゃないか、とは思わないでほしい。

 なにしろこの作品、基本凶悪犯はひどくても強盗か強姦までである。

 いや、もちろんそれも連続となれば、確かに凶悪ではあるのだが。

 刑事課の源やそのペアの山田は、殺人事件など解決したりはしない。

 実際の事件や、警察の役割とは、もっと様々な小さな事件なのであり、それが軽妙なタッチで描かれているのが本作である。


 そしてこの作品、リアリティの塊のような作品であるのに、笑える。

 特に普段はまともなはずの警官が追い詰められると、非常に笑える。

 警察の内実が笑えるし、警官のブラックさが笑えるし、巧妙なコントのような会話が笑える。

 第一話でいきなり、前科13犯の大泥棒を捕まえた藤の台詞がこれである。

「ね? ね? 今どんな気持ち? 刑事でも何でもない交番の小娘に捕まって」

「足を洗おうと思っています」


 そう、藤もまた、川合と同じ女性警官であるのだ。

 そして女性警官というのは、例外なくドSである。

 いや、実際は優しいお巡りさんもいるのかもしれないが、この作品に出てくる女性警官は、未熟者の川合を除けば全てゴリラである。

「最初見た時は女優さんみたいだと思いました」と川合に評される容姿の藤は、警察学校時代の優秀さから、パーフェクト・ゴリラと呼ばれている。

 また藤よりも清楚系の美人である桃木はビューティ・ゴリラ。

 このように婦警は皆ゴリラであり、川合はチンパンジーである。


 ちなみにチンパンジーの握力は、人間の指を引きちぎるほどに強い。


 またある回ではゴリラ三人に男性警官が拉致され「山賊」呼ばわりされたりもしている。

 川合の目から見たら警官の大半はヤクザで、男性警官の目から見た婦警はたいがいがゴリラであるようだ。

 ちなみに副署長は熊と言われている。

 ヤクザよりもヤクザっぽいというのは、警察官の丸暴がよく言われることであるが、確かに巡査部長レベルまで達すれば、ほとんどがヤクザ級なのだろう。

 どうも実際のヤクザと相対しても大丈夫なように、警察学校や警察の普段の勤務では、ヤクザよりも恐ろしい圧力があちこちから加わっているらしい。

 ……警察って怖いな~と、今まで一度も犯罪歴のない私は思いました。


 だがそんなコメディチックな中にも、コメディによらなければいけないほどの深刻な話もあったり。

 女性の性犯罪、がこの作品の中では一番ひどいパターンでしょうか。

 シャブネタもありましたけど、身近で怖いという意味では、やはり女性の遭遇する性犯罪、特に未成年者への性犯罪かと。


 そこで頼りになるのがもう一人の主人公とも言える、源巡査部長。

 警察学校時代はビリっけつの成績だったようですが、刑事課においてはエース。特に取り調べに関しては、犯行後の犯罪者からファンが出てくるほどの男。

 見た目はモジャのアフロなのですが、体力面ではものすごく頼りになるし、人心掌握術という点では、藤や副署長でも敵わない、頼りになる兄貴なのです。

 まあ仕事以外の全ては残念なのかもしれませんが。


 他にもくの一婦警のカナ、うざい山田、普通ゆえに普通ではない牧ちゃんなど、個性豊かな登場人物が大活躍したり小活躍したり。

 警察という存在そのものが、限りなくブラックに近いグレーなのではないかと思われる作品です。

 これだけリアリティに溢れていながら、それでも笑いを取れる作品というのは、ほとんどありえないのではないでしょうか。

 最後に、これまた第一話から、藤の名言を残しておきましょう。


「子どもが好きなんて優しくてまともな女が 警察官になるわけないじゃないですか」


 ……うん、これリアル警察官に見せたら、爆笑されるか泣かれるかのどちらかだと思います。

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