第4話 その四 少年は荒野をめざす 吉野朔実 集英社
2016年。一人の漫画家が亡くなった。
最近はエッセイマンガぐらいしか書いておらず、きわめて読書家である作者は、もう自分の書けるテーマはマンガという媒体では書ききったのだろうと、私は納得していた。彼女の作品を年代順に読んでいけば、なんとなくそう感じるものだ。
だから亡くなったことでこの人の作品がもう読めない、というような絶望感を味わうことはなかった。だがこの人にしか描けない作品がもう出てこないのだな、という寂しさは感じた。
吉野朔実。ぶ~け黄金時代を支えた、異彩の漫画家の一人である。
その作風は極めて少年少女の心理描写を精密に描き、心理学的アプローチを加えたものであった。少女の持つ無垢なる感性、そして傲慢な自意識。それを繊細に、あるいは読者の脳をえぐるように描いていた作家だった。
少年は荒野をめざす これは作者の初期の代表作であり、最初に作者の本質が描かれた作品だと思う。
幼くして死した兄。病弱で死を感じさせる父。その二人を家族に持つ少女。その感性はあるいは図太く無意識に周囲を傷つけ、時には逆に己を傷つけることになる。
死した兄の代わりとして己を見る少女は、女の象徴である生理を、初潮を一度迎えただけで、意識的に止めてしまう。
そんな少女が死んだ兄の面影を持つ少年と出会うことによって、物語は始まる。
登場する人物たちはいずれも個性的で、人間味を感じる。
それぞれの人物が、違う価値観を持ち、それでいて物語りは破綻しない。これは実は珍しいことなのではないかと思う。
主題は少女が少年としての自分を乗り越え、少女としての自分を取り戻すこととなるのだろうが、その過程があまりにも繊細で、下手な感性の持ち主が読むには、残酷すぎる影響を与えるであろう。
当時のぶ~けという雑誌は、そういう作家が何人かいたものだ。
作者のメインテーマは、人物像の描写と、生まれ、育ってきたことにおける原罪とも言える苦痛を伝えることにあったのではないかと私は思う。
後期になると主人公はどこか歪で傷つきやすくも、周囲の無関心が現実的な人間関係を構築してくれている。
勝手に想像するなら、おそらく作者は全ての物語の主人公が持つ、孤独感と、それに対して生きていく心の強さを求めていたのではないだろうか。
後年には精神科の医師とも交流していることから、己という存在自体に凄まじい興味を抱いていたのだと思う。
少年は荒野をめざすは、今の思春期の少年少女が抱える、かすかな世界との確執と、それへの逃避からくる自殺願望を描写しているのではないかとさえ思う。
他の作品においても、作者の作品には大きく死のイメージが付きまとう。
それを乗り越え、自由を手に入れるところが、この作品の特徴であると思う。
かつて少女だった人たちへ。あるいは今少女である人たちへ。
強烈なインパクトを与える、痛みと再生を訴える作品。私はこれをそう評価している。
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