バジリスクは世界を駆け、七つの物語は君を護る

白鷺雨月

第1話クレイジータクシー

 夜道を俺は愛車を走らせる。

 街灯も所々の郊外の道路だ。

 人も車も少ない静かな道路だった。

 ハンドルを握り、今夜の晩飯は何にするかを考えていた。


 一通り、仕事を終えた俺は帰路についていた。


 俺の職業はタクシードライバーだ。

 個人経営のな。

 普段は愛車を走らせ、お客を乗せ、料金を頂く。

たまに、変わった客を乗せる時もある。

 そんな俺をクレイジータクシーと呼ぶ者もいる。

あまり、好みの通り名ではないが、そう呼ばれてしまっているので仕方がない。


 前方に大きなMの文字が輝いている。

 その文字を見て、俺は決めた。

 晩御はハンバーガーに決まりだ。

 安っぽい晩飯だって、そんなこというなよ、ハンバーガーは俺の大好物の一つだ。

 パンズに挟まれたハンバーグに野菜。

 それは一つの小宇宙と言っても過言ではない。

 あれを口にいれた時の幸福感は例えようもない。

 特にあのピクルス。

 単体ではなんの変哲もない胡瓜の酢漬けだが、ハンバーガーに入った瞬間、その存在価値を一気に高める。まさに至高と言っていいだろう。

 オスカー賞なみの名脇役である。

 肉の旨みと甘さの次にくるピクルスのアクセントは、この世で考えられる最高の調和ハーモニーである。


 ハンバーガーのことを考えると自然と表情が緩む。

 ドリンクはコーラ、サイドはフライドポテトだ。

ありきたりの組み合わせだって?

 定番には意味がある。

 その組み合わせもまた、至高であるとの証明である。皆に愛される組み合わせということだ。


 さて、ハンバーガーの種類は何するか。

 この問題はフェルマーの最終定理なみの難問だ。

 チーズ、シュリンプ、フィッシュ、照り焼き、そうだビックなやつも捨てがたい。

 さてさて、どうするかと頭を悩ませていた頃、車内に電子音が鳴り響いた。


これは警戒を意味する。


「どうした、ソフィア」

目の前の小さな画面に話しかける。

「緊急救助信号よ。剣太郎」

 愛らしい女性の声が答える。

 こいつはただのカーナビではない。最新の人工AIを搭載されている。

 人格をもった俺の大事な相棒だ。


 愛車「バジリスク」の深緑の車体は七十年代のセダンそのもだ。だが、中身は最新にして最高の科学技術がつまっている。ソフィアもその一つだ。

「発信者の指名は八坂明子やさかめいこ。発信源は現在地から百キロ先の知蘭岬ね」

 ソフィアが告げる者の名は旧知の者であった。


 癖の強い黒髪をかき、俺は小さなため息をついた。


 どうやら、晩飯は後回しになりそうだ。


「予定到着時刻は?」

 俺はソフィアに訪ねた。

「20分といったところね」

 ふんっと笑う。

「10分で着いてみせるさ」

 俺はそう言い、ハンドルを握る手に力をこめた。

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