ガブリエラと死の舞踏(7)

 二日後。

 新聞の一面を飾るのは、とある女性が墓地に埋められたというニュースだった。彼女は無惨にも身体を切り刻まれ、臓物すら見れたものではない状態であったという。事件の目撃証言は一切なかったが、ふたりは被害者の写真を見た瞬間、その犯人が誰なのかすぐさまわかった。

「第四の殺人……被害者はあの娼婦か」

 小さく載せられた顔写真を眺めながら、シシクは爪を立てられた時の痛みを思い出す。

「浮浪者、没落貴族、聖職者、そして娼婦……。どんどん死の舞踏みたいになってるわね」

 小さな手を震わせながら、ガブリエラは新聞を読み込んでいる。

「それに、事件が起こった日の間が狭まっているの。浮浪者と没落貴族は満月の夜に殺されているのに、聖職者と娼婦は月のかたちなんて関係なく殺されてるわ」

「奴らは焦っているのか?」

 先日教会にて、犯人はマクナイトを妬む者だと仮説を立てた。次に狙われるのはマクナイトだということも。だが、ここに来て目撃者である娼婦が殺害されたのだ。それも、今までの法則を無視して。

 シシクは背中に悪寒が走る感覚を覚え、目を閉じる。

 ――今日は外に出ない方が良い。

 直感だったが、あながち間違いではないかもしれない。もし、骸骨たちがすべての計画を終え、後は目撃者の始末に専念するとしたら――。そこまで考えると、肌で感じる空気はどこか張り詰めたものに思えてきた。

「ガブリエラ、本当に出掛けるのか?  俺たちは第一発見者だしあの髑髏を見ている。外出は控えるべきじゃないか?」

「何言っているのよ、シシク! 勿論行くに決まってるじゃない。折角ジェイクおじさまにお呼ばれしているのよ!」

 ――ああ、これは何をしても首を縦には振らないな。

 また緊急事態ではないにも関わらず、当日に断りを入れるのは失礼に値する。仕方ない、と首筋を掻くシシクの真上から声がした。

「出て行って」

「は?」

見上げれば、いつになくしかめっ面のジェーンが睨みつけている。

「聞こえなかったかしら、サクラマ? お嬢様がお着替えなさるのだからこの部屋から出て行ってと言っているの」

「ああなんだ、着替えか」

立ち上がり、ガブリエラを下ろすシシク。が、少女は彼の袖を引っ張る。

「そんな、シシクともっとお喋りしたいのに」

「駄目だ」

「駄目です」

同時に言葉が出たふたりは、思わず顔を見合わせた。

「と、とにかくっ、殿方がいるのは良くありませんから」

 慌ててふいっと顔を逸らしたジェーンをシシクはおちょくるようにニヤニヤ笑う。そんなふたりにガブリエラは思わず目を細める。

「シシクともっとお話したいの。目隠しして椅子に縛り付けるのもダメ?」

「駄目です」

「だ……酷いこと言うな! まったく、終わるまで外にいるからな!」

 座っていた椅子を倒さんばかりに立ち上がると、従者は出て行ってしまった。ガブリエラの提案を本気にしたのか、或いは口実にしたのかはわからないが、思わず主人はクスっと笑いを漏らす。

「やっぱりシシクとお喋りしたかったわ」

「さ、お嬢様。時間がありませんから」

何事もなかったかのように、ジェーンはガブリエラを衣装部屋に促した。

「ええ、今日は一段と可愛らしいお洋服にしなきゃ!」

 数分後、今度はドレッサーの前に座らされるガブリエラがあった。ジェーンに櫛を通して貰う彼女は足をばたつかせ、ウキウキ気分を隠せないでいる。憧れのジェイク・マクナイトに食事に誘われたのがそれほど嬉しいのだ。

「シシクはいつもの恰好で良いの? おじさまにお呼ばれしているんだもの、正装ぐらい用意したら?」

 廊下に追いやられた、というよりも自主的に避難したシシクの代わりにジェーンが答える。

「いいえ、サクラマは相応の服装で十分ですよ、お嬢様。ご指名いただけたとしても彼は従者ですから。隅で待機しているか、給仕の手伝いを任されるかと」

「それ、お腹空かない?」

「私どもはお仕事ですから。お嬢様方が最優先です」

 きっぱりとジェーンは答える。

「そう……一度くらいは一緒に食事したいものね。この家の全員で」

 寂しそうに鏡に向き直るガブリエラに、ジェーンは何も言わず髪を整えた。

 着替えが終わると、ジェーンは部屋を後にする。れ替わりでシシクが入ってくるかと予想していたが、扉は閉じたまま外から何やら話し声が聞こえてくる。

 また何か小言でも言われているのかしら。と、ちょっぴり同情していると、漸くノックが鳴った。ガブリエラは返事をせず、待ってましたとばかりに扉を開いてシシクを引っ張り込む。ジェーンの言う通り、彼はフットマン用の燕尾服を羽織り、前髪を上げていた。

「シシク、どう? このお洋服!」

 彼女が身に纏っているのは、エプロンドレスだ。フリルとリボンが沢山ついた可愛らしいシルエットでありながら、白を基調とした大人びた色合いが清純さを演出している。

「ああ、良く似合っている。お前にぴったりの色だ……って言っても何でも似合うけど。自分で選んだのか?」

「まぁ、口が達者ね! そうよ、私が選んだの」

「本心さ」

 くるくるとその場で回って見せるガブリエラに、従者ははにかむ。と、何かに気づいたのか、踊る彼女に手の平を向けた。

「ガブリエラ、後ろ、ズレてる」

「えっ、ほんと?」

 確認しようと手を伸ばしたガブリエラを、背後に回ったシシクが静止する。そして、コルセットのポケットから針と糸を取り出した。

「暴れるからだぞ。待ってな、これぐらいなら直せる」

「一言余計よ!  お願い。このお洋服、お気に入りだから…」

 はいはい、と生返事で手を動かすシシク。その作業はガブリエラからはまったく見えない。

「あなたのそのポケット、いくつもあるけれど何でも入ってるのね」

「何でもはないさ。ガブリエラの持ち物以外は必要なものを入れている。例えば、お前はしょっちゅうリボンを失くすだろう? はい、できた」

 ガブリエラが姿見で確認すると綺麗なかたちに戻っていた。

「これで良いか?」

「ええ、完璧ね!」

 流石はわたしの獅子、と少女はシシクに抱き着く。従者は少女を軽々と抱き上げ、背中を撫でる。

「そりゃどうも。今日は汚すなよ、お気に入りなんだろ」

「勿論よ! どのみち馬車で移動するのだから」

 そう踏ん反り返るガブリエラだが、馬車に揺られるよりも自分の足で歩く方が好きだ。だが、いつも汗を掻くからと説得され、馬車に押し込められてしまうのだ。今回も礼に漏れず、シシクに運ばれたまま大人しく乗車する羽目になった。

「シシクは乗らないの?」

 車内の確認を終え、出て行こうとするシシクの袖をガブリエラは引く。

「俺は外で警護にあたるからな。万が一事故が怒ったら困るだろ?」

「それじゃあ寂しいわ。シシクも一緒にいて」

 馬車と伴走することがフットマンとしての本来の仕事だが、ガブリエラはそんなことお構いなしだ。頬を膨らませる少女に従者は「ちょっと待ってな」と一度姿を消す。御者と相談したのだろう。少しして戻って来た彼は、ガブリエラの隣に腰掛けながらドアを閉めた。

「今日だけ特別だからな」

「ええ、わかっているわ!」

 車内が一気に狭くなったが、ガブリエラにとっては心地良い広さだった。だだっ広い中にひとりでは心細く感じてしまうのだ。

 ――それに、今日はシシクとあんまり離れちゃいけない気がするわ。

 マクナイト邸に向かう高揚感に浸りながらも、シシクの警告を思い出して一抹の不安と嫌な予感を覚える。ただの勘違いで終わりますようにと願いながら、ガブリエラはシシクの手を握った。

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