聞こえてくるのは……
きさらぎみやび
聞こえてくるのは……
あるベンチャー企業が開発した新発売のノイズキャンセリング装置は発売されると同時に大きな話題となった。ノイズキャンセリング『イヤフォン』ではないところがポイントだ。
アクティブ・ノイズ・キャンセリング(ANC)技術については従来のものと同じ原理を用いている。つまり打ち消したい音を小型マイクで拾って解析し、ノイズ波形と真逆の波形を発生させて互いを打ち消すという原理だ。さらにこの装置は骨伝導技術を応用してイヤフォンの形状を取らずに着用者が受け取るノイズを打ち消すことができる。
とあるスポーツ選手を起用したCMが話題のきっかけだった。インタビューの体裁を取っていかにこの製品が優れているかをアピールしている。
「やはりプロスポーツの世界だと競技を続けていく上で周囲のノイズは気になりますね。そんな時にこの装置の開発に携わらせていただいて、ノイズがどれだけ僕の集中を妨げているのかに気がついたんです」
選手が首に着けているネックレスにその装置が仕込まれていて、装置をオンにすることで、耳を塞ぐことなく周囲の雑音を防ぐことができる仕組みとなっている。
もちろんスポーツの世界でもこの装置は活用された。
件の選手が言うように競技中や練習中に選手の集中を乱すような雑音、例えば他の選手の気合の声や見物客のざわめきなどから解放された選手達が見る間に記録を伸ばしていった。
しかしそれ以上に活用されたのが意外にもビジネスの世界だった。
顧客からの理不尽なクレーム、たちの悪い上司からの叱責。仕事をしていれば誰しも耳を塞ぎたくなるような場面に遭遇したことは一度ならずともあるだろう。
そんな時にこの装置の出番だ。
ワイシャツの下に仕込んだ装置のスイッチをこっそりとオンにすれば、途端に不快なノイズは遠ざかっていく。あとは神妙な顔をして頭を下げていればいい。
この装置を手に入れてからというもの、俺は会社に行くのが苦痛では無くなった。厄介な上司の説教もこの装置さえあればどこ吹く風。どれだけ言われようがスッキリとした顔で業務を続けることができる。もちろんこの装置をつけていることは周囲には秘密にしているから、恐らく皆は俺のことをタフな男だと感じているに違いない。
ところがそんな思いとは裏腹に、俺の個人業績は下降の一途を辿っていた。これまでよりも爽快に仕事が出来ているにも関わらず、俯いて苦悶の表情を浮かべながら説教を受けていた同期の奴の方が業績を伸ばしていた。業績が悪くなれば当然説教の時間も長くなる。
ある日、寝る前の充電をつい忘れてしまい、説教の途中で装置の電源が切れてしまった。
(しまった、こんなことなら昨日深酒するんじゃなかった)
後悔する俺の耳に飛び込んでくる上司の説教。しかし久しぶりにちゃんと聞いてみると上司の言う話は頷けるものだった。ただ感情に任せて怒っているのではなく、俺のやり方に合わせた有用なアドバイスを含めて話をしてくれている。
(俺はもしかして今までこのアドバイスを無駄にしていたのか?)
反省しながら席に戻ると後ろの席の同僚のひそひそ話が耳に入ってきた。
「あいつ、今日は珍しくちゃんと話を聞いていたみたいだな」
「確かに。いつも聞いているようで言われていることが全然出来てなかったけど、今日はなんだか違ったよな」
どうやらノイズキャンセル装置のせいで周囲の評価も聞こえていなかったらしい。俺はこっそりとワイシャツの下から装置を取りだし、静かに机の引き出しにしまい込んだ。
良薬口に苦し、忠言耳に逆らう。
耳の痛い話に対して聞く耳持たず、耳障りの良い言葉ばかりを選んでいては良くないという事を、俺は心底思い知ったのだった。
聞こえてくるのは…… きさらぎみやび @kisaragimiyabi
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