君が幸せならそれでいい

「ねえねえ、好きな人いる?」

「えっと……うん」

「えっ!誰々?」

「え〜……秘密」

「教えてよ〜!」

休憩時間、そんな声が耳に飛び込んできた。

なんだか嫌な予感がしてちらっとこっそり振り返ると、森さんとその友達の引田さんが話をしていて、森さんが顔をちょっと赤くしながら曖昧な返事をする間を引田さんが質問攻めにしていた。

俺は、森さんが好きだ。

同じ部に入ってて、いろいろ気さくに話しかけてくれる。一緒に話してて楽しくて飽きない。消極的な印象を持たれがちだけど、実は結構活発な方だと俺は知っている。

出会って1年と少し。いつの間にか俺は森さんに惹かれていた。かといって告白するような勇気もなく、アプローチもやっているつもりだが、鈍感な彼女のことだ。たぶんおそらくきっとぜったい気づいていないだろう。

今まで自分のことでいっぱいいっぱいだったから、森さんに好きな人がいるかもしれないとか全然考えてなかった。

「うちの学校の人だよね?」

「うん」

「同じ学年の人?」

「うん」

「クラスは?」

「えっと……今は、違う」

あ、終わった。

今俺の頭の中をしめているのは森さんなのに、彼女は違う。

もうこれ以上の情報は自分に負担が大きすぎて聞きたくないのに、耳はまだ話し声を捕らえていく。

「うーん……香藤君?」

「違う」

「部活は?一緒?」

「さあ?」

「えー……じゃあ……」

「ほら、もうチャイム鳴るよ。席戻って」

「わっ、もうこんな時間?ごめんねありがと!」

引田さんはぴゅっ、と風でも起こりそうなくらい素早く自分の席に戻っていった。ちなみに俺は初めから自分の席に座っている。森さんがやれやれ、と息をついたとき、チャイムが鳴った。


  ◆◇◆


「森さん好きな人いる?」

「えっ!?」

放課後、部活で森さんに聞いてみた。

俺らは写真部で、撮った画像を整理していたときになんの前置きもなく聞いたから、森さんの手が一瞬止まった。

「いるの?」

初めて知ったかのように驚いて言ってみせた。

「えっと、まあ……うん」

「へぇー、なんか意外だな」

「ちょっとそれどういう意味」

むう、とした顔でちょっと睨まれた。ほんの少しだけ、そんな顔もかわいいな、と思う自分はだいぶ重症なのだろう。自覚症状があるのだから尚更だ。

「森さんって恋愛とか興味なさそうな感じだし」

「それ言ったら杉谷君こそ同じよ」

「え、まじ?」

「恋愛興味ありませんって顔してる」

「顔かよ」

ははっ、と笑う。本当は真逆なのにな。

「で、誰が好きなんだ?」

「うっ」

正直、秘密だと俺にも言われるかと思った。

でも違った。

「耳貸して」

なんだなんだと思って言われた通りにすると、かわいらしい小さな声が聞こえてきた。

「広瀬君」

短く言ったあと、森さんは顔を赤らめながらぱっと離れてふふっ、と恥じらうように笑った。

広瀬。今は違うが去年同じクラスだったからよく知っている。今は文化委員長をしているはずだ。森さんは副委員長をしているから、なにかと距離が近いのかもしれない。

「秘密ね。誰にも言わないでよ?」

「へぇー広瀬かー」

「ちょっと!言ったそばから大きな声で言わないで!」

そのあとは何をどうしたかよく覚えていないが、気がついたらいつも通りに整理された写真が目の前にあった。


  ◆◇◆


みなさんこんばんは。本日失恋しました杉谷です。今は自室のベットにうつ伏せて息の続く限りあーだのうーだの意味不明な小さな叫びを力なく呟いております。

はい失恋しました。言葉通りに。告白してもいないのに。

いや、告白して振られるよりも勝手に意気消沈する方が傷は浅いのか?知らんけど。

「明日からどんな顔して会えばいいんだ……」

しかしこれも自分の勝手な考えであって、何も知らない森さんからしたらいつも通りでいいじゃん、とか思われそうだ。

伝わらないアピールなんかでぐだぐだしてるよりも、もっと早く告白でもしていたらちょっとは俺のこと見てくれてたかな。

もっと分かりやすいアピールとか頻繁にしてたり、もっと話しかけてたらよかったのかな。

もう全部遅いけど。

俺は負けたから。これから慌てて告白とかしたところで彼女を混乱させてしまうだけだし、今の状態から気まずい雰囲気にはしたくない。

もう、諦めようか。

自分が引けば全て収まる。

自分が心に蓋をすれば。


願わくば。

君が幸せになりますように。

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