恋な話の切れ端語り

陰陽由実

あなたは特別な人

今日は、バレンタイン。

登校中の私の手には、手作りのマカロンをラッピングした小さな袋をいくつか入れた紙袋を下げている。

「ちょっと緊張するなぁ……」

実はこの中の一つを、私の好きな人である安倍君にあげようと思っているのだ。

本命ではない。なぜならまだ自分の気持ちに自信が持てないからだ……というのは建前であって、本当は単に本命を渡せる度胸がなかったということを自覚している。

あああ私のばかばかなんでいっつも肝心(?)なところで行動に移せないかなああああっ……!?

そんなことを内心叫んでも覚悟が出来るはずもなく、せめて、せめて男子にあげるのは安倍君だけにしよう、と決めるだけで精一杯だった。

「よし、頑張ろ!」

一人呟いて校門をくぐった。


  ◇◇◇


「自分が……憎い……」

現在放課後。渡すタイミングがうまく掴めず、1日を終わらせようとしている綺麗な夕焼けと、あたかも自分を貶めているように鳴くカラスを横目に、私は教室の端っこの自分の席に座っていた。

なんとはなしにカサッと小さな音を立てて紙袋を覗く。

友達からもらったお菓子の数々。その上に一つだけ私の作ったマカロンが混じっている。安倍君に渡すはずだったマカロン。

「安倍君……今更あげても迷惑かな……」

後悔が押し寄せてきて泣きそうになった。いや、泣きたいというのが正しいのか。

「帰ろ……」

教室を出て、うつむいて廊下をとぼとぼ歩いていると向かいから声が聞こえた。

「あれ、森林?」

びっくりして顔を上げた。

「安倍君」

「こんな時間までどうしたの?」

「あ……ちょっとぼーっとしてた……」

「え、なにそれ大丈夫?」

「まあ……安倍君はどうしたの?」

「忘れ物して……なんでだろうな、普段あんまりしないのに」

笑う安倍君に、私はうだうだしていた気分をすっかり忘れてしまった。

こんなタイミングで安倍君に会えるなんて思ってもみなかった。

「そうだ安倍君、これあげる」

すんなりと手が動き、気づけば最後のマカロンを差し出していた。

「お、まじで?やった」

そしてすんなりと受け取ってくれた。

「これ森林が作ったのか?」

「うん」

「へぇーすげぇな。サンキュ」

「いえいえ。じゃあまた明日ね」

「おう、気をつけてなー」

ひらひらと手を振って別れた私に、安倍君のその表情が見えなかったのはもちろん、小さく紡がれた声も聞こえていなかった。

「……今日、ずっと期待しててよかった」


  ◇◇◇


夜。

私は自分のベットで抱きまくらを抱えてバッタンバッタンのたうちまわっていた。

「ああああ私渡せたよ安倍君に渡せたよ最後の最後で渡せたよ!ああよかったあそこで安倍君に会えてなかったらマカロン1個残って1人寂しく私が食べてたよ!!もう渡せただけで嬉しいよ目見れなかったけどもうとにかく嬉しひゃああっ!?」

偶然耳に近い位置にあったスマホが着信音を盛大に鳴らしたので驚いてしまった。

「あーびっくりした一体だれえええっ!?」

画面を見てまたびっくりしたから語尾がおかしくなった。

安倍君からだった。

『マカロンありがとう(^^)』

まさかお礼が送られてくるとは。

いろんな意味で心臓はおかしな鼓動を繰り広げ、指先はバイブレーションをしながら踊っているが、気持ちを沈めながらどうにか返信を打った。

『どういたしまして 美味しく食べて〜』

打ってからスマホを放り出し、突っ伏した。

わざわざお礼を送ってくれるなんて、なんて誠実なんだろう。マカロンのもつ、あの意味のお菓子を選んでよかった。……安倍君にばれてるかな?まあいいや。

「明日熱出そう……明日も安倍君に会いたいよぅ……」

ぼそっと呟いて大きく息を吐き出した。


はまだ遠い、恋のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る