第21話 大好きな友達

「美味しかった!」

 鈴子の声が青空を抜ける。

 昼食は無難なファミリーレストランで取った。武とたくさん話したし、武と純子も楽しそうに話していた。肉も美味しかった。

「夜は何食べるかな。スーパーにでも寄ってく?」

「そうね。寄りたいかな」

 今しがた満腹になったはずなのに、武はもう次の食事だ。確かに夕飯が何かを考えるのは楽しい。食べるという行為は大好きだ。

 スーパーに足を向かわせながら、メニューを浮かべる。げっぷが出た。鈴子に汚いと怒られ、武は愉快そうに笑う。繋いだ左手が持ち上げられ、武は人差し指だけ動かして頬を撫でてきた。見上げると強張りを見せる武の顔が視界に映る。

「とう……」

「なあ、みんなで一緒に暮らさないか?」

 思わず足を止めかける。武が進むのでなんとか足を前に出す。

「……どういうこと?」

「外国も悪くないよ」

「……みんなで……」

 武と純子の会話が聞こえる。鈴子も凜太も口を挟まない。否、挟めない。

 みんなで一緒に暮らすということは、毎日武と一緒にいられるということだ。もう次に会う日を待たなくていいし、純子の態度に怯えるばかりでもなくなる。新しい土地で、知らない土地で、のびのび暮らせる。

「鈴子と凜太はどうだ?」

 武が順に顔を見てくる。きっと外国に行けば、幼稚園にも通えるんだろう。きっと今できないことが何でもできる。

「オレ、やだよ」

「凜太……」

 気づけば首を横に振っていた。大好きな顔が頭を離れない。ぼさぼさした焦げ茶の髪に、そばかすを散らした優しい顔。武との生活は魅力的なのに、それ以上にマゴラの姿が離れないのだ。大好きな高台だって、そこから見るマゴラの顔だって、スサインの風景だって、離れない。

「あたしも……」

「鈴子も?」

 まさか拒否されるとは思わなかったのか、武は目を見開いている。

「どうして……」

 雰囲気を切り裂くように武のスマートフォンが着信音を鳴らし始める。繋いでいた手が離されて、その手が尻ポケットに伸びる。

「はい、並木です。えっ? そんな……」

 電話に出た武の表情がすぐ曇る。すぐ向かわないといけませんかとかせめて明日にとか、なんとか時間を伸ばそうとしているところからして、帰らなければならなくなったのだろう。相手と数回、言葉を交わして、武は通話を終えた。

「……ごめん」

「仕方ないわよ」

「ありがとうな」

 純子は慣れっこなのか、特に淋しそうでもなく言った。でもその笑顔は取り繕っているようだった。武も同じことに気づいたようで心苦しそうな笑顔を浮かべる。小さく「ごめん」と呟き、軽く首を振った。そして鈴子や凜太の目線に合わせてしゃがむ。

「ごめんな。お父さん、今すぐ帰ることになった」

「うん。お仕事、頑張ってね」

「また会えるの楽しみにしてる」

「……ありがとう。俺も楽しみだよ」

 武の方がよっぽど淋しそうだった。心配させるから笑顔を見せているのに、それが悲しいのだろうか。どうしたら武の表情が晴れるのか考えていたら、ぎゅっと抱きしめられた。

 父親の首に腕を回す。鈴子の腕と凜太の腕が重なった。

 なんだか触覚が鋭敏だ。

「……なるべく早く会えるように頑張るよ」

 長い時間をかけて抱擁をし、とうとう腕が離れていく。背中を風が撫でていく。

「凜太。鈴子を頼むな」

 武は鈴子と凜太の頭を撫でながら、小さく言った。じわりと背中に熱が戻ってくる。しっかりと頷く。武は満足げに笑んだ。

 そしてタクシーで空港に向かっていった。その日、スーパーには寄らずに帰った。




 明くる日。

「鈴ちゃん!」

「うん!」

 昼食の皿を綺麗に片づけたら、すぐに玄関に向かう。本来なら武と一緒だったはずの時間。そう思うと少し淋しさはある。

 けれどマゴラには会える。だから辛くない。

 大好きな人のもとへ向かって、凜太と鈴子は駆けだした。

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