第9話 温かな手と罪

「そんな……」

 マゴラはピープレットの横に落ちている、否、寝転んでいる双子を手に乗せた。その大きさはかなり小さい。二人が手の上に並んでしまうほど。恐る恐る手を顔に近づけて呼吸を確かめる。仄かな息を頬に感じた。二人とも爆発の衝撃で気絶してしまっただけらしい。

 生きていることがわかってよかった。だがどうすればよいのだろう。地球人を外へ連れ出してしまった。しかもこんな小さな姿で。これではただの人間だと言っても通用するわけがない。

 ふるりと唇が震える。

 これは犯罪だ。誘拐か、それとも窃盗にでもなるのだろうか。わからない。けれど犯罪であることは確かだ。早々に地球の中に戻さなければならない。双子が眠っている間なら、地球人側にも影響はないはずだ。

 マゴラはピープレットを拾い、地球に近づこうとした。

「マゴラ!」

 その時、頭上から大きな音と声が聞こえる。声はサゴンのものだ。明らかに動揺と心配がにじんでいる。マゴラは咄嗟に上着のポケットに双子を入れ、壁の方へ身を寄せた。首飾りを握り、息を詰める。

 安心感よりも見つかる恐怖が勝った。

 サゴンの足音が聞こえる。平たい靴底が忙しなく動いている。

「マゴラどこだ! いたら返事してくれ!」

 サゴンはマゴラが地球ゾーンにいるものと思っているらしく、通路に沿って行ったり来たりしているようだ。その予想はまさしく当てはまっているのだが、今ばかりはありがたくない。爆音を聞いて駆けつけたのだろうから、下を覗く可能性も否めない。

 どうすればいい。どうすれば。ここから逃げる方法はないのか。

 焦るほど脳は混濁していくし、焦りや恐怖、安心といった感情から涙まで出てくる。助けてほしいのに見つかってはいけない。そんな矛盾が心臓を締め付けてくる。

 そうこうしているうちにサゴンが柵の近くまでやってきた。マゴラは上を見る。人影のようなものが柵から身を乗り出しているのがかろうじて見えるような気がする。その顔は左右を見回したあと、こちらを見た。

「……そこにいるのはマゴラ、か?」

 サゴンは恐ろしく目がいい。五感全てが常に研ぎ澄まされている。

「サゴンさん……」

 そうとわかっているのに、考えるより先に口が動いてしまった。すぐそばに大きな安心があるのに、掴まない選択肢などマゴラには選べないのだ。

「マゴラだな! 怪我ないか?」

「だ、大丈夫、です……!」

「そうか! すぐ梯子下ろすからな!」

 サゴンがバタバタと梯子のところまで行く。電子音が聞こえたかと思うと、金属のきしむ音が聞こえ始める。全自動の梯子が下りてくる音だ。耳障りなその音は長い間梯子が稼働しなかったことを物語っている。しかしさすがの技術というべきか、音以外は正常に下りてきた。最後にガタンと音を立て、梯子は地面に接した。マゴラは深呼吸すると梯子につかまる。

「つかまったか?」

「……はい!」

 また電子音がして梯子が動き始める。そこまで速くないので振り落とされる心配はなさそうだ。だが心臓は早鐘を打ったままだ。永遠に梯子が止まらなければいいのに。そう思いたくなる。

 無論上に辿り着かないはずはなく、マゴラは数分間の後、無事に着いてしまった。最後の数段は自力で登って、通路に立つ。近くなった天井の光が眩しい。

「怪我ないよな?」

 何を言おうか考えようとした瞬間に、サゴンの大きな手が頬に触れた。骨ばったそれはマゴラの顔を動かし、次にマゴラの腕を持ち上げ、傷を確認していく。

「……ああ、大丈夫そうだな。とりあえず無事でよかった」

 そして最後に手が向かったのはマゴラの頭。優しく頭を撫でられ、気づけばぼろぼろと涙をこぼしていた。

 掌の温かさが全身に染みていく。安心するのに辛い。感情がちぐはぐだ。こんな心配をしてくれるサゴンを裏切るような真似をしてしまった。

「出た、泣き虫マゴラ。一人で怖かったよな」

「……ごめんなさい」

「なんで謝るんだよ。どうせ夢中になっちまったんだろ。下の方ここからじゃ見えにくいもんなぁ」

「ごめんなさい……」

 手で目を擦っているからサゴンの顔は見えない。けれどきっと困ったように笑っているのだと思う。それでも優しく撫でる手はそのままだった。

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