第8話 サゴンの仕事

 ぼーっと天井を眺める。足で軽く床を蹴ると椅子が後ろに滑っていく。口元を押さえることもせず、大あくびをした。口を閉じた瞬間にカウンターの小瓶が目に入る。中身はもう空だ。片手で取り、ごみ箱に投げ入れた。鈍い音とともに小瓶は中に落下する。

 サゴンはひたすらに暇だった。ここでは毎日そうだ。十年間変わらない。最初にこの仕事を任されたときは楽なものだと思ったし、一人での勤務に少し安心もした。しかしそのうちわかった。暇だとかえって辛いものがある。暇すぎて辛いことなど今までなかったから、過ごし方もわからない。

「早く早く!」

「慌てるな」

 その時騒がしい足音が聞こえ始める。マゴラと同い年くらいの少年三人組だ。大柄な者と細身で長身な者と小柄で華奢なリーダー格らしき者がいる。マゴラをいじめている集団だろう。

「でもよぉー」

「……大丈夫だ」

「エレスー!」

 大柄と細身がリーダー格を急かして受付前を走り去っていく。そのすぐ後ろをリーダー格が歩く。受付があることなど気にも留めていない。十年間で培われた反射か、無意識に手元の名簿を見る。最後の記入名は『マゴラ・ハット』だ。

「書いた方がいいですか?」

「うぉっ」

 いつの間にか目の前にリーダー格がいる。子供に似合わない達観していて冷めた瞳。無感情に見つめられて、思わず口角を上げる。

「面倒なら書かなくて平気だ。置いてかれちまうぞ」

「……そうですか」

 入場無料のこの施設に本来なら名簿など必要ない。だから書こうが書くまいが本当はどちらでもよい。サゴンは親指で先に行ってしまった二人を示す。リーダー格はそちらを一瞥してから名簿を見る。

「面倒ではないので、書きますね」

 そしてサゴンに向かって綺麗に笑った。すっと心臓が冷える。受付においてある鉛筆を一本取って名簿に書き込む様子を思わず見つめる。白く滑らかな手に骨が浮き出ている。その視線はマゴラの名前に向けられている。リーダー格が書き終えると同時に、パキッと音がした。

 不自然に伸びた最後の一筆。転がる黒鉛の欠片。

「……すみません。芯、折ってしまいました」

「いや、構わねぇよ」

「ありがとうございます」

 リーダー格は会釈をして去る。その後ろ姿は小さかった。

 折れた鉛筆をペン立てに戻して、名簿をひっくり返す。ご丁寧に三人分の名前が書かれていた。『エレス・ダン』『バゴウ・ヒューイ』『テンカン・ベス』と順に追っていく。綺麗に整った字だった。

「……エレス、ねぇ……」

 本当にそっくりで、それから哀れな子供。あんな小さな体に背負わされて。あの冷たい目の行く先を想像して些か同情する。だがサゴンにできるのは静観することだけだ。それで十分なはずだ。

 ため息を吐きかけたその時、どこからか大きな音が聞こえる。一瞬壁が震えた。ここだとそこまで大きい音ではないものの、発生源ではかなりの爆音だと予想がつく。サゴンは警戒爆発のスイッチを切る。次の瞬間には受付を飛び出していた。

 爆発が起こるのは初めてだ。この音からして傍にいる人間が被害を受けない保証はない。

 重たい体を懸命に動かした。足がもつれる。自分が思っているより体は衰えているらしい。それでも動かすことはやめなかった。

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