第31話 曇る学園

 朝。いつもより早く起きたので、椅子に座り昨日のことを振り返る。


「ミリアと二人きりで出かけたり魔導具店でトラブルがあったりしたが、とりあえず魔導具は手に入れることができたな」


 腰に吊るした刀を手に持ち鞘から引き抜く。日に当てられて輝く銀色の美しい刀身が目に飛び込んできた。

 昨日、悩みに悩んで選んだ俺の主武器、Class Bの刀型魔導具『迫鋭刀』。

 目を凝らすと刀身に薄らと紋章が刻まれているのが分かる。これがこの魔導具に付与された魔術だ。確か効果はシンプルな強化系の術式。店で試させてもらったが中々の切れ味で、その気になれば相手の防御魔術を貫通できる。


「…………カッコいいじゃん」


 冷静っぽく振る舞ってはいるが内心は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように興奮していた。

 無論、これはおもちゃではなく戦うための武器で、はしゃぎすぎてはいけないのも分かってはいるが、やはり新しい力にワクワクするのは止められない。


「それに、運よく先生の時間が空いたからなぁ。流れが来ている」


 ムルド先生の予定は詰まっていて忙しいと思われていたが、偶然にも一つ空きが出たらしく、『個式魔術』について話す時間をとってくれたのだ。

 このところ落ち込むことが多かったが、久しぶりにいいことが続いているため、少しくらい上機嫌になってもいいだろう。

 朝の身支度が終わり、朝食を食べに食堂へ向かう。


「んぐ。おお来たかドージ。先食べてるぞ」


「おはようドージ。今日はいつもより顔色がいいね」


「おはよう二人とも」

 

 席に座り、朝食を食べながらいつものように二人と雑談する。

 成長の具合はどうだとか、どんなタスクを受けたとか、話題は色々だ。

 近頃は三人一緒でいることも少なくなってきた。仲が悪くなったわけじゃない。魔晶の話を聞いて、強くなろうとそれぞれの方法で頑張っているのだ。


「そういえば聞いたぞシュシュル。無道に武術習ってるんだってな」


「うん。僕は体格が小さいし、運動も全然だからね。今まではそれでいいと思ってたけど、先生の話聞いてそれじゃだめだって思ったんだよ」


 シュシュルはちょっと照れ臭そうに笑った。

 友達が頑張っている姿を見ると嬉しくなる。


「まだ体捌きと筋力鍛錬くらいの基礎しか教えてないけどな。それでも、前よりずっとマシになったと思うぜ」

 

「ありがとうね。貴重な時間を僕に割いてくれて……」


「礼はいいって。俺も基本を振り返りたいところだったしちょうど良かったよ。もっと頑張っていこうぜ」


 二人も力をつけてきている。侵略の脅威は未知数だがこの調子なら二人は大丈夫だな。


「と、こ、ろ、で〜。その腰に下げてるかっこいい刀について、教えて欲しいよな〜ドージ」


「僕も気になってた。魔導具でしょ!それ!」


「分かった分かった。ちゃんと教えるからそんなに身を乗り出すなよ」


 興奮する二人につられつつ、俺も自慢げに魔導具ことを話す。

 そうして、朝食はいつもよりとても賑やかだった。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



「今、配った資料に載っているのは、過去に侵略でこのゼスティアを襲った魔人や魔獣の記録です」


 いつも以上に硬い声でムルド先生が話す。

 今日はいつもと違い、特に魔晶について話してくれるらしい。

 単純に魔晶についての知識を学ばせたいのもあるが、それ以上にこれを通して生徒に危機感を持ってほしいのだろう。


「まず、君たちに覚えて欲しいのはClass B +以下の魔獣数十種類の生態です。魔獣がどのような性質を持ち、どんな攻撃をしてくるのかを頭の中に叩き込んでください」


 配られた厚めの資料を捲ると、魔獣の情報がこと細やかに記述されていた。

 

「魔晶の侵略は最低でも半日、長ければ二日に及びます。奴らはボイドに存在する『失われた旧時代の魔術』を使って、ボイド貞操に張り巡らされた結界を突破してきます。なので、侵略はほぼ突発的に起こるものと考えてください」


 資料には、実際にその魔術を解析して同じ手段では入れないよう対策をしていると書いてある。

 それでも侵略が防げないのは、魔晶が次から次へ手段を変えているからなのだろう。破られて対策してまた破られて、イタチごっこになっているのだ。


「侵略が起きた際に一番に心配して欲しいの自分の命です。自分より強い敵とは戦わず、Class A -以上の生徒か先生を呼ぶように」


 茶化せないほどに真面目な話をするムルド先生の姿は、災害の危険性を力説する中学校の担任の先生ととてもよく似ていた。

 やはり、侵略は正真正銘の戦争なのだと感じさせられる。


「次のページを見てください。これは私達が確認している魔人の情報です」


 次のページには、さっきまでの魔獣とは明らかに違う姿が描かれていた。

 人間のような手足を持っていても、口が裂けていたり、体躯が大きかったり、目や耳がなかったり等、その有り様は人間と全く違うものであると分かる姿をしている。


「魔人は最低でもClass A -の実力を持っています。例え同等の実力がある生徒でも一人で戦うことはしないでください」


 単なる絵にも関わらず、魔人が一筋縄ではいかない存在であることがひしひしと伝わってくる。絵だけでこの迫力なのだから、実際に対峙したらどんな印象を受けるか想像もつかない。


「そして、その魔人の中でも特に注意すべき存在が次のページに描かれている十体の魔神です」


 そこに描かれていたのは、それまでの魔人よりもさらに歪な姿を持った魔人だった。一眼見ただけで背中が凍りつくような不気味さがある。


「これらのは『十戴天じゅったいてん』と名乗るClass A +の力を持った最上位の魔人です。Class関係なく、生徒だけでは絶対に戦わないでください」


 見開きに居並ぶ十体の魔人を睨みつける。 

 魔晶の中でもボスにあたる連中がこの魔人達なのだろう。俺が世界転移の魔術を手に入れるためには、いつかは戦うことになるであろう相手だ。

 だが今の俺では間違いなく勝てない。運悪く対峙しないことを祈るしかないだろう。


「そして、侵略が起こった際の対応について——」


 それからも侵略対策の話は続いた。

 これで生徒の意識が変わってくれればいいのだが。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



「あっすいませーん。コレとコレ、一つずつくださーい」


 ——食事とは呑気なものだな。ここはもう地上だというのに——


 時間と場所は変わり、お昼頃の中央都市のとある一角。

 仮面魔術師とその目付けの魔人は街を平然と練り歩いていた。


 ——しかも、素顔も晒すとは……。貴様の情報はまだバレていないとはいえ迂闊すぎる——


「別にいいだろー少しくらい。あと魔術で姿を偽装しているとはいえ、人前で話しかけるのやめろよー」


 今、仮面魔術師は仮面を外していた。

 その仮面の下には少し幼げな容姿をした男の顔があり、癖のある髪を後ろでポニーテールのようにまとめていることも相まって、普通の青少年と変わらぬ雰囲気を漂わせていた。

 そして、もう一人の魔人は魔術によって姿を変えており、傍から見たら普通の男二人が歩いているようにしか見えていないのだ。


での食事も悪くないけどさ、なんかジャンルが偏ってんだよね。人間はね、色んなもの食べなきゃ健康に悪いんだよ、分かる?」


 ——知らぬ。私は魔人だ——


 男は人気の少ない路地裏に入り、手に持った料理を美味しそうに食する。

 それを横目で眺めながら、魔人はこれから行う策について問う。


 ——それで、貴様の狙いはゼスティアのどこだ。いい加減教えろ——


「ん。ああ、狙うのはゼスティアに保管されてる魔導具だよ魔導具」


 ——……なるほど、あれか。確かにゼスティアに保管されている高位の魔導具を奪えば、我らが有利に繋がる——


「ああ、知ってるだろ。『Class A -』以上の強力な魔導具のほとんどは国家魔術連やゼスティアなどの魔術学園で厳重に保管されている。僕の狙いのその中の一つさ」


 男は食事を終え、口周りの汚れをハンカチで拭いながら畏った口調で話す。


「どれを狙うかは実際に見てから決めるけど、あの忌まわしい結界を無効化できる魔導具がいいな。そうすれば、勝手に地上に出てきたことも帳消しにしてくれるだろう」


 ——なるほど、目的は理解した。で、私は何をすればいい?——


 路地裏のさらに奥へ二人は再び歩き出す。彼らが向かう先はもちろん、魔術学園ゼスティア。


「君には教師や生徒の目を惹きつけてもらうのともう一つ、調べて欲しいことがあるんだよねぇ〜」


 ——調べて欲しいこと?——


「そう。それは場合によっては人間と魔晶の戦いのキーになり得るかもしれない存在——異世界人だよ」


 ——いるのか、あの学園に異世界人が——


「半分疑惑、もう半分は勘。でもClass A +の力を持つ君なら多分見抜けるだろ」


 そして男は、魔人の恐ろしい名を明かした。


「期待してるよ『十戴天 シロテ=ベンカン』……」

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