第27話 人魔奇策入り乱れて その2

「僕の個式魔術『創成遊世』は小さな聖魔翡翠で弱い魔獣しか創り出すことしかできなかったんだよねぇ最初は」


 仮面魔術師は大きな歩幅で音を立てながらゆっくり歩く。一見、無防備そうに見えてその実隙らしい隙が見当たらず俺とミリアは動けなかった。


「使っていくうちに、生き物の形と僕の想像力とを結びつけるクセがだんだんと分かってきて、いろんな魔獣を創り出せるようになったんだ」


 大っぴらに両手を広げて笑う。周りを気にせず、自分の世界だけが全てだと思い込んでいる——俺が嫌いなタイプだ。


「でも、時々思うんだ僕の術式は創り出す以外にももっと楽しいことができるんじゃないかってね」


 部活をしていたこともあって、元の世界での交友関係は広いほうだったが、もしこいつが俺と同じクラスだったとしても、友達には絶対になれないだろうな。


「だから試すよ、覚醒した今の僕ならできる……」


 その言葉と共に仮面魔術師は地に伏した二体の魔獣に手を伸ばす。どちらもほとんど瀕死の重傷で戦うことなどできるはずもない。上級の回復魔術なら治すことも可能だろうが、魔力の消費に対して釣り合うとも思えない。

 不可解な行動に困惑していると、仮面魔術師が突然、魔獣の体に自らの手を突っ込んだ。肉が抉れ、吹き出した血が地面を赤く染める。


「『創成遊世そうせいゆうせ混癖こんへき』!!!」


「「!?」」


 さっきまでの術とは明らかに違う。二体の魔獣が肉塊となって空中で混ざり合っている。

 仮面魔術師は自らの魔術を生命の神秘と言った。だが、目の前で行われている光景を生命の神秘というにはあまりに歪、生命の理に反していると現した方がまだ納得がいく。

 肉と肉が不快な音を立てながら混ざり合い、新たな一つの生命として改造される。

 そうして、ここに新たな怪物が生まれた——。


「ヴェ……ガギァ……」


 二つの魔獣が合体されたは不完全という言葉が最も適切だった。

 肉体はゴリラベースのようだが手足が細くどちらかというと人間のようになっている。体の半分は普通の獣としての毛や爪があるが、もう半分は皮膚の内側がむき出しになったように赤黒い。同じように背中に生えた四枚の翼も半分は綺麗だがもう半分は所々に肉片がくっついている。頭に至っては一秒ごとに変化しているため、ゴリラとも鳥ともいえぬ不定形の顔になっていた。


「気持ち悪い……」


「悪趣味な……!」


「ひどいなぁ。僕だってカッコよく創ろうとしたのに、失敗作だ」

 

 っ!?こんなものを創っておいて……まともな反応じゃねぇ、イカれてやがる。


 悪である、というより倫理などどうでもいいと思っているのだろう。大事などは自分がどう楽しむか、それだけが仮面魔術師が持つ唯一の動機。


「まぁいいか、見た目は後から変えれば。そら、君の力を見せてくれ」


「ヴェ…………ヴェヴェァァァァァァァァァァ!!!」


「こいつは俺が相手をする!ミリアは仮面の方を——」


 言い切る前に合体魔獣が接近してきた。速い、ゴリラ型よりずっと。

 人より一回り大きかったゴリラと比べて、サイズは小さくなっている。しかし、威圧感はこちらの方がはるかに上だ。


「わざわざ俺の間合いに入ってくるのかよ!」


 近づいてくれば、当然、近接戦が始まる。

 しばらく攻防を繰り返す。こちらが読み負けているのか相手の攻撃がよく当たる。しかし、ゴリラ型と違いパワーはそこまでないためダメージは低かった。

 俺は読み合いを放棄し、勝っている膂力で戦おうと判断する。


 急所以外の攻撃は無視。その分一撃の威力を高めて、ダメージレースで勝てばいい!


 一旦離れて強化魔術をかけ直し再度距離を詰める。

 さっきまでのバランスを保った戦い方ではない。相手の攻撃に怯まず、筋力で無茶を押し通す。


「せいっ!」


 近距離からさらに一歩、左足を魔獣の股の内側に踏み出した。

 魔獣の拳が体を叩くが俺は止まらない。しっかりと足に踏ん張りを効かせ、心臓を狙った正拳突きを放つ。すんでの所で防御されるが勢いは止まらない。


「ヴェア!?」


 俺の拳が防御した魔獣の左腕をへし折った。

 このまま押し切るためさらに足を踏み込んで追撃を狙う。

 

 反撃などさせるか。さっさと片付けてミリアに加勢に行かせてもらう!


「ギシャァァァァ!」


「っ体が——」


 追撃が入る一歩手前で、自分の体が鉛をつけたかのように重くなった。即座に黒色系統のデバフ付与の魔術だと理解する。

 どうにかカウンターをもらう前に後ろへバックして体勢を立て直す。


「そうか、お前、鳥と合体してたんだな。なら、魔術も強くなってて当然だよな」


 不定形な魔獣の顔がニヤリと笑う。

 想像以上に厄介な相手だ。大きな隙でもなければ退けるのは難しい。

 ちらりとミリアの方を見るが、彼女も苦戦しているようだった。

 いつ他の魔獣が現れるかわからない以上、長期戦は得策ではない。


 なにかないのか、この状況を一転させる良い手は……。


 そんな時だった。何度目かわからぬ轟音が響いたのは。人も魔獣も音のした方向を見る。

 そこには大きな岩壁があったはずだが、今は大穴が空いている。予想だにしない出来事に全員が呆気にとられ動きが止まった。


「…………」


 壁に穴が開いた、つまり何者かが壁を破壊したということだ。

 しかし、開いた穴には人影がない。岩が崩れ落ちる音だけが静かに響いている。


 誰だ——新たな敵?——警戒——いや違う——味方?——これだけのことができる——無道——理解した。


 一番最初に事態を認識し、動き出したのは俺だった。

 未だ意識が壁に向けられている合体魔獣の横腹に渾身の蹴りを叩き込む。


「吹っ飛べ!」


「ヴェ——」


 不意打ちをくらって吹き飛んだ魔獣はそのまま湖へと落ちていく。

 そのまま仮面魔術師の元へと全力ダッシュ。叫びを上げて全力で意識をに集中させる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「何だぁ!?」


 傍から見たら悪霊に取り憑かれたようにしか見えない行動。だがこれには確かな意味がある。

 接近するや否や、四肢を全力で稼働させて猛攻撃を仕掛ける。


「キツっ」


 仮面魔術師の反撃が無防備な腹を捉えた。胃液が逆流して吐きそうになるのを必死に我慢してなおも猛攻を続ける。


「『ブルー・スピアツヴァイ』!!」


 後方からミリアの援護が飛んでくる。どうやら彼女も理解したようだ。

 仮面魔術師がミリアに気を取られている隙に、奥にいる子供達の姿を確認するが未だに同じ場所で横たわっている。


 まだか、シュシュル、無道。そろそろ引きつけるのが限界になってくる——。


「がっついてくれるのは嬉しいけど、急じゃないかなぁ。『創成遊世そうせいゆうせ』」


 ——っ!デカい魔獣が視界を塞いで!?


 僅かに距離が開いた瞬間を狙って新たに巨大な魔獣を創り出される。

 図体だけの雑魚だったのですぐに倒したが、その間に仮面魔術師が察するだけの時間を与えてしまう。


「げぇ」


「あっ」


 無道とシュシュルは壁を壊した瞬間に透明化の魔術を使って、密かに子供達に接近していたのだ。

 俺達はそのことを悟られないよう注意をこちらに向けさせていた。

 そして、どうにか子供達の元へ辿りつき運び出そうとするところまでは順調だった。


「そうか、そうか透明化で。いい作戦だぁ……」


 しかし、間が悪いことにその瞬間を見られてしまった。

 一瞬で心臓の鼓動が跳ね上がり、腹の底から叫んだ。


「二人とも逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 仮面魔術師が二人のいる方へ向かって両腕を広げる。大量の魔獣を創って二人を止めるつもりだ。

 この作戦が失敗すればもう俺たちに子供達を救出する手立てはなくなる、その確信があった。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力。目に映るものの動きがゆっくりに感じる。さっきまで焦りはどこへやら、無駄のない動きで腕を構える。


「『創成——」


「『イエロ——」


 ミリアの詠唱、その一歩早く仮面魔術師の詠唱が始まる。

 だがそれより早く『色彩操作』によって俺の魔術の発動準備が整う。

 使うのは『イエロー・ラインプラズマ』。初級魔術の中で出が最速の魔術。しかし、その特性故、一直線にしか放てない。

 狙うのは左手。魔力を集中させている手を負傷させれば術式を中断せざる負えないはずだ。


「遊——」


「そこだ」


 『イエロー・ラインプラズマ』発動。

 掌から発せられたライン状の電撃が瞬きより速く宙を走り、見事左手の甲に命中した。


「——つぅッ!」

 

「・ラインプラズマ』」


 俺に続いてミリアの魔術が仮面魔術師を襲う。流石に二発目は予想していたのか、直前で体を逸らして躱される。

 だが、これで創成遊世の発動は完全に中断された。


 無道、シュシュル、子供達を頼んだぞ……!


 俺の視線を受けて二人は小さく頷いた。


「『光式・発』!」


「飛んで!」


 無道は背中に、シュシュルは箒に、それぞれ子供達を乗せて急いでこの場を去る。

 これで元々の目的である子供達の救出は達成したも同然。後はこの魔獣を創り出す危険な魔術師をここで倒すだけだ。


「いや〜やられたやられた。まぁ、魔術師を誘き出すための餌だからもうどうでもいいんだけど」


 仮面魔術師はあっけらかんとしていて、嘘をついているわけでも、負け惜しみを言っているわけでもない。子供達を誘拐したことに餌以外の目的は本当にないのだろう。


「それより君だよ君ぃ」


「……俺がどうした」


「さっきのあれ『色彩操作』だろう。よっぽど魔力操作が優れてなきゃできない芸当だ。もしかして君も才能があるのかなぁ」


「——っ……さあな」


 一瞬ドキリとした。異世界人であることが見抜かれたような気がしたからだ。

 この世界に来る異世界人には何かしらの魔術の才能がある。しかし、才能は何も異世界人だけのものではなく、魔術世界の人間も一部だが存在すると師匠が言っていた。

 だから、才能があると知られても異世界人だと断定されるわけではないのだが、どうしても不安になってしまう。


「おっ!子供がいなくなったら逃げちゃうかと思ったけど二人ともやる気みたいだね、嬉しいよ」


「こっちは嬉しくもなんとない。ゲーム気分ももうお終いだ」


 雑念を振り払いうように拳を構える。その時、自分の傷が目に入った。


 俺の魔力は残り六割くらい。体の方は打撲や擦過傷がほとんど。痛みはあるが動きに問題はなし、と。

 ミリアは……多分大丈夫だな。見た感じ傷はほとんどないし、魔力もまだまだ残している。さすが『Class A -』ってところか。


 各々が体を構え、魔力を高めていく。規模からして俺を含めて出し惜しみなしの本気だ。

 

「最終ラウンドといこう」


 

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