第26話 人魔奇策入り乱れて その1

「うーん。音からしてもっと左、いや、仕掛けるとしたらここか?」


「無道、できれば早くしてほしいよ。強くないとはいえ僕一人で相手をするのは流石に疲れる」


 先刻から魔獣の相手をシュシュルに任せ、無道はずっと壁に耳を当てて向こうの様子を探り続けていた。


「……戦闘音が聞こえる。なら左でいいな」


「決まったの?壁に穴を開ける場所は……?」


 『いい考え』それは、この無道の拳によって岩壁を破壊して穴を開け、それによって黒幕の不意をついてその隙に子供達を救出してしまおうというものだった。

 シュシュルはそのシンプルかつ大胆な作戦に賛成したが、同時に一抹の不安を感じていた。


 確かに、まさか魔獣の相手をしているはずの僕達が壁を壊して侵入してくるなんて黒幕は夢にも思わないだろう。でも、相手が相手なだけにちょっと不安だな……そうだ!


「ねぇ無道。不意をつくなら僕の透明化の魔術『ブラック・ドルシャスルー』が使えると思う、どうかな?」


「あれが使えるのか!透明化は上級魔術、しかも消費魔力が馬鹿にならないと聞いたが」


「補助系の魔術は学園に入る前から覚えてたからね。それに僕、魔力量だけはちょっとだけすごいから」


 ちょっと、か。よく言うぜ。俺の故郷にお前レベルの魔力量を持った魔術師は一人もいなかったよ。


 シュシュルは謙遜しているが無道は彼の魔力量が比類なきものだと知っていた。今は依頼中だから口には出さないが後でそれとなく褒めよう、そう思いながら無道はシュシュルの案を許諾する。


「俺は三人運ぶ。強化魔術かけるんだったら五人いけるがいいのか?」


「うん、二人は僕が箒に乗せて運ぶよ。すぐその場を離れるようにしなきゃいけないからね」


 イェーリが補習と自習をしている裏で、シュシュルも密かに箒を扱えるように練習していた。そのおかげで『ボイド』のような限られた空間でも自由に飛ぶことができるようになっていた。


「しかし、よくこんな壁を拳で打ち抜けるよね。上級魔術使っても厳しいと思うよこれ」


 確かに音こそ響くが、目の前に鎮座する岩壁は並の威力の攻撃では穴すら開けられないのではないかとシュシュルは考えていた。


「これくらい、鍛えた拳と魔術を使えば楽々よ。本気を出せばボイドの層だってぶち抜けるぜ!」


「えぇ……。無道は故郷でどんな修行をしてた……やっぱなんでもない」


 故郷のことについて尋ねた途端、無道の顔が明らかに不機嫌になったのでシュシュルは詳細を尋ねるのをやめる。

 無道が故郷のことについて聞かれるのを嫌がるのは今に始まった話ではなかった。


 こういう繊細なところは友達として触れるべきじゃない……よね?僕だって家の事情とか聞かれるのは好きじゃないし、うん、やめておこう。


 そのまま二人は周囲の魔獣の討伐と術の準備を進めつつ、仕掛けるのにベストなタイミングを待った。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



「ゴアァ!」


「キシャァ!」


 戦闘開始から約三分が経過した。

 仮面魔術師は二体の魔獣を前衛に押し出してその影に隠れつつ、隙があらばこちらの急所を的確に狙ってくる。

 二体の内、片方はゴリラ型の魔獣。ミリアが相手にした個体よりもさらに体格が一回り大きい。パワーもさることながら、フェイントやカウンターなどを多用する技巧派だ。

 もう一方は鳥型の魔獣。直接攻撃してくることはほとんどないが、攻撃魔術はもちろんデバフ効果のある黒色魔術を駆使してくる。距離の測り方が絶妙でこちらの拳が届かず、魔術も避けられる位置取りが嫌らしい。

 だが、こちらとてやらればかりではない——。


「『イエロー・セヴィアバインド』」


 後方から飛んできた黄色の輝きが輪の形となり、一時的に魔獣二体を拘束する。

 俺が近接で三体を相手取り、ミリアが後方で援護しつつ場合によっては両前衛で叩く。初めてながら連携はうまく取れていた。


「見つけたぞっ!!」


「ははっ!」


 案の定、ゴリラの影に隠れていた仮面魔術師に一気に詰め寄り、得意の近接に持ち込んだ。

 相手はこちらの拳や脚に対して慌てることなく防御してくる。それまでとは違う部位を狙っても、当たる前に受けの体勢を取られる。しかし、反撃は鋭くない。その時点で近接では間違いなく俺に分があると確信した。


「逃さねぇ」


「——っ、この距離はキツイなぁ」


 攻撃の速度をさらに上げる。目まぐるしくお互いの手足が動き、攻防が繰り返される。そして変化はすぐに訪れた。

 当てた時の感触が明らかに変わった。防御の上からある程度、感触だ。

 そして、相手の姿勢が低くなり足が後ずさる。


「逃げよぉっと!」


 ペースを握られるのを嫌ったのか、後ろにジャンプして立て直そうとする仮面魔術師。

 だが、その動きを読んでいた俺は即座に右腕に魔力を回す。相手が着地した瞬間を狙い、『色彩操作』で即座に魔術を発動させた。


「創成——っ!ぶっ!?」


 色彩操作による詠唱なしの『レッド・インパルス』。

 相手が魔術を詠唱して発動するよりも早く掌からショットガンの如き火花の衝撃が放たれる。

 距離が離れているため、衝撃は相手の上半身を退け反らせるだけに留まったが逆にそれが良い。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ガラ空きの胴体に蹴りを叩き込む。ど真ん中のクリーンヒットだ。

 二度の衝撃で仮面魔術師は大きく吹き飛ばされる。追撃をかけるには絶好のチャンスだが、このタイミングで魔獣を縛っていた光の輪が消えた。


 ——ドージ君追撃待った!アイツが戻ってくる前に、この二体を片付けた方がいい——


 ミリアの思念が魔術によって頭の中に伝わる。

 方向転換して魔獣の方に向き直り、俺とミリアが魔獣を挟む形となるように調整。


「『ブルー・スピアツヴァイ』!」


「『レッド・フレアエンブレイズ』!」


 両方から魔術を撃って二体を一箇所に留めておきつつ、再び距離を詰めていく。

 お互いが近接で攻めることによって厄介な鳥型魔獣が逃げる隙を与えない。

 ゴリラ型の攻撃も俺とミリアの両方に注意を割かなくてはならないため、攻撃の精細さが欠けてきている。


 鳥は俺より長物を持ってるミリアを警戒している。ここだ……色彩操作!


 『グリーン・デュライサー』によって二枚の風の刃を鳥型魔獣に放つ。

 直前で気づいた鳥はギリギリで回避するが、もっと素早いドラゴンを相手にしていた俺がそれ未満の動きの獲物を捉えられないわけがない。

 刃が放物線を描いて再び迫った。


「ギイィ!?」

 

 鋭利な一撃が魔獣の翼を両断する。しかし、相手もただでは終わらなかった。落下途中にも関らずこちらに狙いを定めて魔術を発動しようとしている。

 おまけにゴリラ型の方もこちらに拳を振り上げており、どう対処したものか迷っていると、張り上げたミリアの声が耳に届き体が勝手に動いた。


「ドージ君、ジャンプ!そしてぇ、パス!」


「え!?」


 咄嗟に真上に飛んで声の方を見るとミリアが投擲の姿勢で棒を構えて一直線に飛ばしてきた。

 パスにしてはあまりに勢い付いた棒は軌道上にいた魔術発動直前の鳥の体に大穴を開ける。勢いが落ちたそれを受け取り、下のゴリラ目掛けて思いっきり振り下ろした。


「長物あんま使ったことないんだけど——なぁ!!」


「ゴォ!?」


 見事に面を打ち抜かれたゴリラ型魔獣はその場に倒れ込んだ、しばらくは動けないだろう。

 俺は棒をミリアに返しつつ、ハイタッチを交わした。


「いいね。カッコよかったよ」


「それはどーも。けど俺が長物使えなかったらどうするつもりだったんだ……」


「君ならできるって、私の勘が告げてた。結果的にうまく行ったから問題無しってことで」


 そう言いながらミリアは悪戯っぽく微笑んだ。

 合流した時は落ち込んでようだが、この様子ならもう大丈夫だろう。


「いやぁ〜僕が飛ばされてる間にどっちもやられてるとは……。やっぱり相手は強い方が燃えるなぁ!」


 蹴り飛ばした仮面魔術師が戻ってきた。強化魔術の入った俺の蹴りをまともに受けたにも関らずピンピンしている。


「さあ、第二ゲームだ。もっと楽しもう」


 好奇心いっぱい、いや好奇心しかない子供が発するような一音一音が弾む声。

 あのふざけた仮面の下で満面の笑みを浮かべているであろうことは容易に想像できる。

 だからこそ、俺は一層気を引き締めた。


 

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