第25話 凌駕する才能

 両腕を上斜め前に構えてドラゴンに狙いをつける。

 学園に入って勉強と修練を積み重ねることにより、使える魔術は格段に増加していた。

 もう初級魔術と近接しかなかった以前の俺とは違う。今の俺の前には無数の選択肢がある。そこから正しい選択をするのがイェーリ・ドージの新しい戦い方だ。


「『グリーン・キュライサー』!」


 入学試験時に使った『グリーン・デュライサー』の強化版の中級魔術だ。

 チャクラムサイズだったデュライサーと違い、一つ一つの直径が二メートル近くあり数も二枚から四枚になっている。それでいて、魔力操作によって自由自在に動かせるところは変わらない。

 魔力によって生成された風の刃は自分の周囲を円転し、敵を切り裂く時を今か今かと待ち侘びる。

 それと同時にドラゴンも再び範囲魔術の攻撃態勢に入り、口から炎を溢れさせる。刹那の間を経て、お互いが相手に向けて魔術を放った。


「グガァァアァァァァァァァァァァァァァ!」


「行けぇ!!」


 四枚の刃がドラゴンに向かったのを確認すると、すぐさまその場を離れる。

 空から真っ赤に燃える岩石が降り注ぐ。俺は先程と同じように攻撃を回避しつつ、魔力操作を途切れることなく続けなければならない。

 ドラゴンも俺の魔術に気づいたらしく、雄々しい翼を翻して刃を躱しつつ、合間に攻撃を差し込んでくる。


「ぐうぅ……。キツいなこれは!」


 熱と質量の塊が大地にいくつものクレーターを開けていく。しかし、決して魔術は解除しない。

 この二週間ただ使える魔術を増やしていただけではない。人知れず、『魔力操作』の才能に磨きをかけてきた。そのおかげで前まではできなかった、攻撃を回避しつつ魔力操作をする、という器用なことが可能になっている。


 そうだ、もっと集中しろ。才能をもっと引き出すんだ!


 二グループに分けて飛ばしていた、さらに刃を四グループに分けた。

 それぞれに複雑な動きを施してドラゴンを翻弄する。

 一枚目で敵を追い。

 二枚目で正面から攻撃し相手の勢いを止め。

 三枚目で周囲を牽制しつつ、わざと一つだけ逃げ道を作り。

 四枚目で逃げたドラゴンの翼を削ぐ。


「グギィ!?」


「ん、浅いな。少し逸れたか」


 翼に当たりはしたものの、位置がズレたため飛行能力を奪うまでには至らなかった。

 しかし、失敗したというのに俺の集中力は乱れない。それどころか感覚がより深く繊細になっていく。


 不思議な感覚だ。自らの世界が広がっていく。才能が開花していくのが手にとるように分かる。そしてそれが何より楽しいと、そう感じている……!


 刃の動きはより早く複雑になっていく。曲芸の如き動きを見せるドラゴンも段々と刃の軌道を追えなくなってきている。立場が逆転しここからは俺が追い詰める側だと、そう確信した。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



「そらっ『創成遊世そうせいゆうせ』。行っておいで」


「「「「ガァァァァ!」」」」


 ローブの下のポケットから小さな聖魔翡翠を大量に握りしめて仮面魔術師が詠唱を唱えた途端、握った手のひらから様々な魔獣が現れ、ミリアーチェに襲いかかる。


「僕はさ、縛られるの嫌いなんだよね。和を乱すなとか規律がどうとか、ほんと面白くない。ゲロだよゲロ」


 仮面魔術師は複数の魔獣を相手にしているミリアーチェに対してそう語った。


「こっちは君の出した魔獣の相手で忙しいのだけれど。話したいならお仲間と喋っててくれないかな」


「無理なんだなぁそれが。どいつもこいつも好き勝手行動するな、無闇に正体を晒すな、って叱ってばっかり。殺しちゃおうかとも思ったけどあいつら僕より強いからなぁ」


 戦闘が始まってからミリアーチェは仮面魔術師が出した魔獣を倒し続けていた。本人は前に出てこず、後ろでただ見ているだけだった。

 魔獣はどれもC +以下の低ランクの個体ばかりで彼女にとっては造作もない相手だったが、術の発動から魔獣の生成までが非常に早いため攻めあぐねていた。


 やはり仮面魔術師は魔晶に属する者だ。最近の魔獣の急増の原因がこいつだとしたらここで倒しておかなくてはまずいかも知れない。でなければ被害が増え続けてしまう……!


「『ブルー・ノーブ・ディザフリーズ』!」


 青色氷雪系の上級魔術。ミリアーチェを中心に伸びた氷柱が地面を凍りつかせながら仮面魔術師に迫った。

 今までにはなかった大規模な魔術によって、魔獣たちは氷に飲まれ、仮面魔術師も上空への回避を余儀なくされる。


「大胆だなぁ。って近づいてきてる!?」


「ここで流れを変えなきゃ……」


 無理な回避で空中に隙を晒している仮面魔術師に向かってミリアーチェは接近する。ようやく訪れた本体を叩く機会を彼女が見逃すはずもない。

 空中で対処しようと足掻くローブの姿を見定め、ミリアーチェは大出力の一撃を放った。


「『イエロー雷閃の鶴サンクライズシュート』」


 放出された無数の雷が軌道上で一本の線へと束ねられていく。数ある上級魔術の中でも指折りの威力と速度を持ち、生半可な防御魔術を容易に貫通するその一撃は、耳をつんざく様な音を響かせながら仮面魔術師に迫った。

 

「一か八か!『創成遊——」


 その言葉の続きがミリアーチェの耳に届く前に雷が直撃した。爆風と轟音を引き起こされ、一時的に相手の姿が見えなくなる。彼女は落下地点を予測し、すぐさま長物を構えて距離を詰めた。


 倒せてなくても致命傷にはなっているはず……畳み掛ける!


 煙の中を疾走するミリアーチェ。だが、不審な音が耳に届き彼女は足を止めた。

 水気と粘り気が混じった物体が地面に落ちる時特有の音。それがあちこちから聞こえるのだ。

 初めは魔術の反動によって湖の水が跳ねただけだと思っていた彼女だったが、それにしては響く音があまりにも不気味だった。


 べちゃり……。


 が目の前に落ちてきた時、ようやくミリアーチェは音の正体が魔獣の肉片であると気づいた。

 その瞬間、煙の向こうに人影が見え、彼女は咄嗟に後ろへ飛んだ。


「あぁー痛っつぅ。お腹焼けちゃったじゃん」


「っ!?嘘……でしょう……」


 攻撃は当たっていた、ダメージも与えていた。だが、致命傷にはあまりにも遠かった。


 どうして、なぜ。何らかの耐性、それとも特別な肉体——人間ではなかった!?いや違う、そうじゃない。考えて、何が起きた。魔術は当たった。傷は浅かった。相手が取った行動、飛び散った肉片……


「まさか、当たる前に術式で魔獣を作り出して防御したのか……」


「大正解。直前に魔力を大量に込めたデカい魔獣を作って盾にした。まぁ、威力高すぎて少し貫通したけど」


 何が起きたかは分かった。だけどあの時、手には聖魔翡翠を持っていなかったはず。いや、そうか——。


「発動には聖魔翡翠が必要だと思っていた。だが実際には自分の魔力でも術式を発動させることができるんだね」


 聖魔翡翠がないと発動できないと見せかけてこちらの不意をついた、そうミリアーチェは結論づけ、落ち着きを取り戻す。

 しかし、仮面魔術師が発した言葉はそんな納得したミリアーチェを再び驚かせるものだった。


「いいや。前まではあの石がないと『創成遊世』は使えなかったんだ」


「……それはどういう?」


「だから、——」


 ミリアーチェの思考は約五秒、停止した。

 言葉の意味は理解していたが、脳がその事実を拒む。受け入れてしまったら、認めるざるおえないからだ。

 自分が恐ろしい怪物を相手にしていることに——。


 成長したんだ。だけど、これは努力や積み重ねとかそういう類のものじゃない……。


 多くの魔術師にとって成長は修練や経験によるものである。

 しかし、才能を持つ魔術師にはある日、きっかけ一つでそれまでとは一線を画すような急激な成長をすることがある。それこそ『覚醒』と表現するに相応しい、魔術師としてのランクを一つ上げる成長。


「本当。この魔術は楽しいったらないよ。とっても自由で素晴らしい」


 まずい、こいつは本当に危険だ。一刻も早く倒さなきゃ取り返しのつかないことになる。


「時々、頭の中にとても明るい光が舞い降りて思考が鮮明になるんだ。その度にやれることが増えて、俺の想像力をより具現化できるようになる」


 仮面魔術師の言っていることがミリアーチェには理解できる。彼女もからだ。

 だからこそ、『覚醒』を何回も体験したことの異常さを理解している。このまま成長を続ければより一層脅威になることも。


「だから僕はもっと強くなる!もっと自由になる!」


 倒さなきゃ……倒さなきゃ……。


「そして今日、僕はまた一歩自由になれた……ありがとう」


「————」


 倒せる…… の、私に……。


 緩やかに、確実に、絶望がミリアーチェの背中に這い寄る。

 刺し違えてでも敵を倒すべき、実力差を認めて逃げるべき、この二つの間で彼女の思考は揺らいでいた。


 そうだ、本来の目的は子供たちの救助だ、こいつを倒すことじゃない。だけど、ここで逃したらもっと多くの人が……。


「さぁ、続きをしようか。今度は少し強いやつを作ろう。『創成遊世そうせいゆうせ』」


 仮面魔術師は成長の証を見せびらかすように腕を突き出しながら掌を握り、自身の魔力で新たに魔獣を生成する。

 魔獣は二体だけだったが先程の有象無象とは強さが違うことをミリアーチェは肌で感じた。


「加えて今からは僕も戦うよ。強くなったのに試さないのはもったいないからね」


 っ今本体が来るのは求めてない……!二体の魔獣だけでも厄介なのにその上、『覚醒』した術師本人まで相手にするのは厳しすぎる。どうすれば……。


 その時だった。先の轟音に負けず劣らずの地響きがミリアーチェの耳に届いた。予測していなかった事態に二人はその場に静止する。

 先に何が起こったのかを理解し、行動したのは仮面魔術師。ミリアーチェは未だ思考が揺らいだままだったので判断が遅れたのだ。彼女が理解したのは音の方向に振り向き、飛んでいたはずのドラゴンが地面に横たわった姿を認識した数秒後だった。


 ドージ君がドラゴンを倒したんだ……!そうか、だから……あぁ私はなんて馬鹿な……!


 ミリアーチェが仮面魔術師を止めようとした時にはすでに二体の魔獣をイェーリの方へ向かわせた後だった。

 先に倒した方が子供達を救い出す、そう決めたのはミリアーチェ自身だった。にも関わらず相手に狙いを暴かれ、あまつさえ足止めにも失敗する始末。


「——っやっぱりか!ぐぅ」


「ドージ君!」


 やはり、作戦通り、仮面魔術師を無視して子供達を助けようとしたイェーリは魔獣の不意打ちを受けていた。

 ミリアーチェは急いでイェーリの元へ駆けつけ声を掛ける。


「ごめんね。私が抑えとくべきだったのに……」


「ミリアの所為じゃない、あの仮面野郎が一枚上手だっただけだ。あいつを出し抜くにはもっと他の手がいる」


 すぐさまイェーリに回復魔術をかけて傷を癒やす。ドラゴンの攻撃によって制服はボロボロになっていたものの傷自体は浅いものばかりだった。


「そうだ、せっかくのゲームなんだからさ、せこい真似なんかせず君も参加してくれよ」


「遊び気分なのはお前だけだよ。こっちは大真面目なんだ色々とな」


 子供達がいる道へ続く橋から少し離れたエリアで双方は対峙する。イェーリとミリアーチェは最後の確認をしていた。


「さっきは冷静じゃなかった、取り乱してた。もう大丈夫だから」


「——作戦は?」


「仮面魔術師を倒し子供達を救出する、以上」


「了解……!」


 仮面魔術師と魔獣、イェーリとミリアーチェ、それぞれが戦闘態勢に入り場の空気が緊迫する。

 戦いが更に激化していくのは、言うまでもないことだった。

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