第24話 大いなる地下の浅瀬にて
光が見える。おそらく開けた場所に出るのだろう。
こっちが当たりかどうかは分からないがどちらにせよ、二手に別れてからここまで会敵がなかったことを考えると、この先に魔獣がいるのはほぼ確実と見ていい。
「出るよっ!」
「了解!」
飛び出した先にあったのは予想通り広い場所だ。それも、ここまで探索した中で一番大きい。
周囲を覆う円型の湖の上に巨大な岩盤が乗っており、4つの出入り口を橋がつないでいる状態だった。その地面の面積もさることながら、高さが凄まじい。目を注視してようやく天井が見えるほどだ。
「ミリア!あそこに子供たちが!」
「確かに。いなくなった五人、全員いるね」
反対側の出入り口の側に5人の子供たちが横たわっていた。
実際に近づいて確かめないと分からないが体に目立った外傷は見られないので、ただ単に気を失っているだけだろう。
幸い、周囲に魔獣の姿は見当たらなかった。今なら、子供たちを背負って脱出することが可能だ。
「魔獣が出てこないうちにさっさと運ぼう」
「それは困るね、君たちぃ——」
「っ!?誰だ!」
声が響く。テレビでよく聞く犯罪者の声をぼかすための電子音のような声だ。
「子供は君ら魔術師を釣り上げるための餌だ。餌だけ持ち帰ろうっていうのはちょっと太々しいんじゃないかぁ」
子供たちがいる通路の奥の影から奇妙な仮面をつけた者が現れた。
ローブを被っているが姿形は人間と同じだ。だが、醸し出す雰囲気は魔晶のそれに近い。
「俺?名乗りたいところだけど、生憎今はダメって
「だから、そんなふざけた声と仮面をしてるのか?はっきり言って気色悪いぞ」
「気色悪いとは失礼だなぁ。ファッションというものを知らないのかい?」
体強ばり、頬に冷や汗が垂れる。
煽って強がっているものの、俺の警戒は最大限まで高められていた。
ふざけた格好だがこいつは間違いなくやばい。下手したら隣いるミリア以上の実力だ。
視線は常に外さず、相手の一挙一動を見逃さないようにする。相手はお喋りのようだが、急に話を切り上げて攻撃してきてもおかしくない不気味さがある。
「それが似合ってるかどうかは置いといて、聞きたいのだけれど。もしかして君は話に聞く魔晶に与する魔術師かな」
ミリア探りを入れる。人間——かどうかは不明だが、こんな事件を引き起こす可能性があるとすればそれが一番高い。
魔術師の中には人間を裏切り魔晶側につくものが少数だが存在すると先生は言っていた。魔術師の全てが国家魔術連のように人々を守ろうという人格者ばかりではなく、魔術の深淵を覗くためならば道徳や倫理など簡単に捨ててしまう人間が一定数いるそうだ。
「ん〜半分正解かな。どうして半分なのかは自分たちで考えろ〜」
「ドージ君。こいつムカつくんだけど……」
「あぁ、俺も同感だ。どうせ戦うしかないんだからな。ビビっても仕方がない」
仮面魔術師はこちら神経を逆撫でするような奇妙極まる話し方をする。だが、それによって怒りが湧き出たことで恐怖が中和された。
仮に奴がミリアより強かろうと、二人で戦えば倒せるはずだ。
「うーん。そっちは二人だからこっちも増やしちゃお!」
しかし、そんな甘い考えを敵が許すはずもなかった。
仮面魔術師は懐から大きな聖魔翡翠を握りしめると、静かにそれでいてとても楽しそうに唱えた。
「個式魔術『
「「!?」」
その光景はまるで生命の成長を早送りにしたようだった。
ただの魔力を秘めただけのはずの聖魔翡翠から肉が溢れ出てくるのだ。豚や牛のような赤みを帯びた肉ではない。人間の肌色と同じものが驚異的な勢いで膨れ上がっていく。そして、肉は段々と黒色と灰色に変色していき、ドラゴンの姿を形作った。
「なんだ、なんなんだこれはっ!?」
「どうだい、僕の魔術は?生命の神秘を間近で見た感想を聞かせてくれないか」
後ろに下がりそうになる足を必死に押さえつける。ここで引いてしまったら薄らいだ恐怖が戻ってきてしまう。
今、俺が驚いている理由、それは自分が理解を超えた出来事が起きているからだ。
だが、それがどうした。ここは異世界だ、常識の範囲で生活できていた元の世界とは違う。自分の小さな常識を超えることなどいくらでも起きるではないか。
そうだ、闘争心を燃やせイェーリ・ドージ。お前がすべきことは呆然と立ち尽くすことではない。仮面魔術師を退けて子供達を助けることだろ!
震える足に喝を入れ、しっかりと目の前の敵を見据える。
「ドージ君、私はあの仮面の相手をするから君はドラゴンをお願い。それとできたら左に行った二人に知らせておくのも」
「任せろ。ミリア、倒すより救う方を優先するよな」
「うん、だけどアイツらが隙を見せるかどうか。理想は私か君、早く倒したほうが子供達を確保してこの場から離脱することかな」
あのドラゴンは図体は大きいが仮面ほどの脅威は感じない。実際の実力は俺と同じか少し上回る程度だろう。
仮面魔術師の実力が未知数である以上、実質俺がドラゴンを倒して子供達を助けるしか道はないと言っていい。
いや、もう一つ方法があるかもしれない……無動とシュシュルの行動次第だが。
そして、作戦通りミリアは仮面魔術師と、俺はドラゴンと対峙した。獰猛な瞳で睨むドラゴンに対し、目を細めて睨み返す。
自分の体の何倍も大きく、鋭利な牙と爪の迫力はまさしくファンタジーの象徴であるドラゴンそのもの。それに立ち向かう俺は差し詰め勇者か。
「作戦会議は済んだかな。じゃあ、ゲームスタートだぁっ!」
仮面魔術師の声が響く。楽しむことしか考えていないようなその言葉は、人が放つものにしてはあまりに無邪気すぎた。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「クソッ、雑魚のくせに数だけはやたら多くてウゼェ!そっちは大丈夫か!」
「大丈夫!こいつらランク的には全部最低のC -レベルだ。本当に数だけだよ」
左の道を進んだ無道とシュシュルのペアは大量に湧き出した低ランクの魔獣の群れに手を焼いていた。
そんな時だった、イェーリが放った伝達魔術がシュシュルに届いたのは。
「っドージから伝達!『現在、黒幕と思しき魔術師と交戦中。二人は隙をついて子供達を救出してほしい』だって」
「当たりはあっちか!早く行きたいがこいつらが邪魔だ!」
来た道を引き返そうにも行手を魔獣の肉壁が阻むためいくら倒せども、突破口は見えない。
事実、この大量の魔獣は仮面魔術師が足止めをするために放ったものであった。
「落ち着いて無道。無限に湧くわけじゃないんから、倒していけば道は開ける」
「だけどっ!よっ!俺らに救援求めるってことはあの二人も苦戦してるってことだろ。早く行かねぇとやばいぜ!」
無道は決して短気な人間ではない。しかし、自分たちが取るに足らない雑魚魔獣に翻弄されている状況と仲間が窮地に追いやられているかもしれない可能性が彼の心に焦りを生んでいたのだ。
だが、この焦りが彼らに思わぬ活路を見出した。
「まとわりつくんじゃねぇ!『
腕に絡みついてきた爬虫類型の魔獣に怒りを覚えた無道は、魔術を使ってその魔獣を壁に叩きつけた。術によって体内に空気を送り込まれた魔獣は風船のように膨らみ、そのまま破裂した。
魔獣が打ちつけられた衝撃によって壁に音が響く。
そう、よく響くのだ。壁が薄いのではないかと二人に思わせるほどに。
「ん?まさか……」
無道は一旦退き、音が響いた右の壁に耳を当てる。
耳をすまさずともその音は聞こえてきた。地響きのような音と人同士の会話の声。いずれも詳細はわからないがすぐ近くで二人は戦っているのだと無道は確信した。
「やはりだ!この薄い壁の向こうに二人がいるぞ!」
「それは良い知らせ!だけど——っ『ブルー・ミリオブラスト』!」
広範囲の魔術によって複数の魔獣を倒すが、魔獣は何事もなかったかのようにまた群れで襲ってくる。
シュシュルはこの魔獣を対処が終わらなければ二人の元には行けないと考えていた。
「はぁはぁ……。こいつらをどうにかしないと」
「そんな必要はねぇよ。俺にいい考えがある!」
しかし、無道は違った。悪戯小僧の如き笑みを浮かべ、『いい考え』をシュシュルに話し始める。
全容を聞いたシュシュルは驚き、そして同時にこう思った。
こんな破天荒なことを思いつくのは父親に反発して田舎を飛び出す無道ならではだろうな、と。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
よし。これで二人への伝達は完了。後は——
「こいつをどうするかだよなぁ」
ドラゴンと対峙した俺がしたのは、色彩操作によって術名を言わずに伝達魔術を使って二人に知らせることだった。
これで二人があの仮面魔術師の意表をついて子供達を救出してくれば、こちらも撤退することができる。
最初は俺が迅速にドラゴンを倒してそのまま救出しようと考えていたが、奴との戦闘でそれは難しいと感じた。
なぜなら、
「アァァァァァァァオォォォォォォォォォォ!!!」
「クソが。ドラゴンだからってずっと飛び回りやがって」
ドラゴンは戦闘開始早々上空へ舞い上がり、そこから魔術によるブレスや火球で一方的な攻撃を仕掛けていた。
こっちも負けじと魔術で撃ち落とそうとするが相手は巨体のくせになかなか素早く、直線的な攻撃は全て避けられてしまっている。
上級強化魔術なら壁を走って空中で戦うことができるが、
学習に励むなかで習得した上級の強化魔術。それを使えば壁を駆け上り直接奴を叩くことができるのだが、まだ一度も使ったことがないという問題があった。
強化魔術は身体能力全般を向上させる便利な代物だが、使いこなすには一定の慣らしが必要だった。なぜなら、強化された肉体能力は、元々の肉体との差異が大きいため思考がついていかず暴走してしまうのだ。
初級の強化魔術ですら、少し走ったつもりが移動しすぎてしまい、木に激突してしまうことが使用当初には多々あった。
やめておこう。判断ミスで自滅しかねない。だとすると……。
「グアァァァァァァァアァァァァァァァ!」
「危ねぇ!」
ドラゴンによる火炎弾の範囲攻撃。隕石のごとく降り注ぐ攻撃の間をすり抜け、どうにか回避する。
搦め手のような術はないが、上空から範囲魔術を頻発してこちらをジリジリと消耗させる戦い方は十分に驚異だった。
「撃ち落とすしかないな、あのデカブツを」
降りてこないなら落とすしかない、実に単純な結論。
両腕を斜め上に向けて構えて、吸った域を大きく吐く。
その姿はドラゴン退治の勇者というより、獲物を狙う狩人に近かった。
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