第22話 急転
村に戻りって村長に討伐の完了を報告し、謝辞と報酬を貰っていた矢先、家の扉が勢いよく開き、主婦のような格好をした女性が息を切らしながら入ってきた。
あまりに唐突だったので、茶の入ったカップを危うく落としそうになった。
「魔術師様!どうかお願いしますっ!息子を!息子を助けてくださりませんかっ!」
「これっ!ミレイナ!魔術師様に失礼だぞ!」
その母親らしき女性は目に涙を浮かべて俺達に訴えかけてきた。さすがにただ事ではないと感じ、ことの詳細を尋ねる。
「あの、息子とはどういうことですか?」
「昨日、この村の子供達があの魔獣に拐われているのです」
「えっ!でも奴らがいた山には子供の姿なんて一人も……」
あの魔獣の群れが複数に分かれる際、行動を観察したが子供を何処かに捕らえているような素振りは全くなかった。
血の跡がなかったことから既に殺されたという可能性もないだろう。
そもそも、そんな重大なことなら初めに教えるだろうに。どうして知らされなかったのだろうか。
母親がなおも話そうとしたところを村長が制した。
「ここからは私が。昨日、子供が拐われたことに気づいた我々は魔獣に挑んで取り返そうと奴らの後を追いました」
「そんな無茶な……」
「えぇ、おっしゃる通り、無謀でした。魔獣の跡を追い、そこで見たのです。奴らが子供達を『ボイド』の中へと連れ去っていくのを」
「「「——っ!『ボイド』!」」」
とんでもない話に飛躍してきた。まさか『ボイド』が関わってくることになるとは。
広大な地下世界であるボイドの入り口は確認しているだけでも30を超える。本来、それらの入り口には結界魔術が張られていたが、ここ数十年でその効力が失われつつあるのだと授業で習った。
「すみません。本当ならすぐにでも助けに行きたいのですが……俺達は……」
「皆まで言わないでください。我々もボイドに入る
子供が拐われた以上、事態は急を要する。当然、そんなことを見過ごすわけにはいかない。しかし、『ボイド』に入るにはある条件が存在する。
それは『Class A -』以上の魔術師がいること。俺たちの中でその条件を満たしているものはいないので、入りたくても入れないのだ。
「こちらは別件として既にゼスティアに依頼しましたが……来てくれるでしょうか?」
「それは難しいと言わざるおえないぜ村長。今、A -以上は何人くらいだったドージ?」
「A +、A 、A -、全員合わせて24人しかいない」
現在、学園のわずか13%、さらに今すぐ来てくれるような魔術師となるともっと少ないだろう。
全ての生徒がタスクを受けているわけではない。金に困っていないもの、街で遊びたいもの、単にめんどくさいものなどはボイドの依頼を受けないらしい。
俺もタスクを実践練習や小遣い稼ぎのように思っていたので、こんな大事になるとは完全に予想外だった。
項垂れて絶望しかけていたその時、鐘が鳴るような音が室内に響く。その発生源はシュシュルがポケットから取り出した掌サイズの魔導具だった。
「シュシュル、何それ」
「二人とも忘れたの。タスクを受けるときに受付の人がくれた連絡用の魔導具だよ。今、どうにかできないか連絡してるところ」
シュシュルに言われてようやく思い出した。依頼の報告やトラブルの対応など、離れていても連絡を円滑にするために持たされた魔導具だ。
受付の人に相談したらどうにかしてくれるかもしれない、と一縷の望みをかけて連絡する。
彼がその魔導具を掌で持ち、俺達に見えるように前に出す。しばらくすると鐘の音が止んで、魔術によって受付の人の姿が空中に投影された。
SF映画で見るホログラムの投影みたいだな。
「こちら受付です。どうされましたか」
「それが——」
事のあらましを説明すると険しい顔をしてタスクを調べ始めたが、すぐに何をパッと笑顔になった。少なくとも悪い知らせではなさそうだ。
「なるほど。その依頼であればさっき引き受けてくれた『Class A -』の生徒が一人向かってくれています」
「本当ですかな、それは!」
村長と母親が希望に満ちた声で受付人に呼びかける。
「ですが安心はできません。『ボイド』では想定外のことが起こるのが常ですから。ですので、あなた達3人も『ボイド』に入ってその生徒のアシストをしてくれませんか」
「俺達もですか!」
「えぇ、その生徒に話は通しておきます。『Class A -』の魔術師なので大丈夫だとは思いますが、事が事ですので。引き受けてくれますか」
「「「もちろん!」」」
不謹慎かもしれないが『ボイド』に入れることに俺は少し興奮を感じていた。
元の世界に帰る手がかりが見つかるかもしれない場所——『ボイド』。そこにこんなに早く入ることができるのは俺にとって嬉しい誤算だ。
「魔術師様。どうか、どうか息子をお願いします……」
「わかりました。最善を尽くします」
俺達は装備を整え、再び魔獣の住んでいた山へ向かった。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「さて、山に戻ってきたわけだが、シュシュル、大丈夫か?」
「えっ僕!大丈夫大丈夫だよ……。ほら、だいじょうぶ」
そう答えるシュシュルは全く大丈夫そうには見えなかった。声音は無理して明るくしているように感じるし、手足が震えてしまっている。
俺はその姿を情けないとは思わない、むしろ正常な反応だろう。俺は『ボイド』に入れることを嬉しく思っていたが、『ボイド』は危険な場所。本来なら、シュシュルのように怖がるのが普通なのだ。
「怖いのはわかるけどよ。そんなんじゃ、実力が出せないから逆に危険だぞ。『ボイド』の一層や二層はそこまで強い魔晶はいないって先生言ってたろ」
無道の言う通り、ボイドの深さは1から10の層に分けられている。潜れば潜るほど魔晶の強さは上がるが、一層や二層なら俺達三人でも倒せるだろう。
「それに『Class A -』の魔術師までついてきてくれるんだぜ。お前が恐れてることはおきねーよ」
「うん、そうなんだけど。悪い想像が頭の中から出ていかなくて……」
恐怖に震えるその姿はよく知っている、俺自身がそうだったから。
異世界に来た時、ただ逃げることしかできなかった。初めて接触した人間が殺意を持っていたから、この世界に誰も味方などいないのではないかと心の中で恐怖していた。師匠や部下の人達が助けてくれた時、本当に涙が出るほど嬉しかったのを覚えている。
今度は俺が人を助ける番だ——。
「シュシュル、お前は一人じゃない。俺たちがいる」
「……うん」
真正面に立って、しっかりと彼の顔を見据えて話す。この気持ちが本物だと伝えるために。
「俺は一緒に戦うし、お前を決して見捨てない。無道だってそうだ」
「当たり前だ。シュシュルに攻撃が飛んできても、俺が体で受け止めてやらぁ」
「無道、ドージィ……」
「俺達はシュシュルを助ける。だからシュシュルも俺達を助けてくれ。頼む」
「うん、わかった」
恐怖を感じるのは悪いことではない。脅威をしっかりと感じている証だ。
俺はその点において俺は認識が薄かったと言える。『ボイド』に入ることばかりに夢中になっていて、状況を正しく捉えていなかった。何が起こるかわからないと受付の人が言っていたのだからもっと危機感を持つべきなのだ。
「もう大丈夫。ありがとう二人とも」
「おう、じゃあ行くか。確かその魔術師はボイドの入り口で待ってるんだったよな」
村の人から教えてもらった目印を頼りに山の中を進んでいく。しばらくすると視界が開け、洞窟の入り口のようなものが見えてきた。
入り口には人間の手で作られた扉がある。石を削って作られており、表面には魔術の紋章らしきものがびっしりと刻まれている。おそらくあれが、張られている結界の魔術なのだろう。
そして、その扉の手前に一人の人間がいる。ゼスティアの制服を着ているから、任務に来た『Class A -』の魔術師で間違いない。驚いたことにその制服はひらひらのスカートのついた軍服ワンピースのようなデザイン——つまり、女性だ。
「えぇっと、あなたが依頼で来てくれた『Class A -』の魔術師ですよね。受付の人から話は聞いていると思いますが僕達は共に依頼に当たるように言われたんですけどぉ」
「うん、聞いてる。初めまして——って言いたいところだけど、そっちの人は初めてじゃないよね。久しぶり」
近づいて顔を確認してすぐに気づいた。
肩まで垂らした黒髪と透明感のある白い目はよく覚えている。初めて司書室に行った時に出会った綺麗な女性。その後、司書室には何度も行ったが彼女とであることはなかったのだが、こんなところで再開することになろうとは。
「すごく、綺麗な人だね。制服がよく似合ってる。ドージ、知り合いなの?」
「おい、ドージ誰だよ。いつの間にあんな可愛い人と知り合いになってよぉ」
二人が小声で茶化すが、俺は彼女に見入っているせいで聞こえていなかった。
改めて見ると本当に綺麗で可愛い。しっとりとした黒髪に丸い目、そして汚れ一つない頬、それらにゴスロリチックな制服が合わさり、ビスクドールのような調和を見せている。
「ひ、久しぶり。えっとー」
「ミリアーチェ ・エンスライ、それが私の名前。ミリアでいいよ、皆そう呼んでる」
「じゃあそうする。ミリア……」
さん、とつけそうになって口を閉じる。相手がそう呼んでいいと言っているのだから、過度な遠慮は返って失礼になる。一緒に戦う仲間なのだから早く慣れなければ。
俺達も名を名乗り、挨拶を済ませてボイドに入ろうと扉に手をかけたところで彼女に止められた。
「それじゃあ早速ボイドへ、って言いたいところだけど、まずは魔導具の設置を手伝って欲しいんだ」
ミリアに手渡されたのはカーペットほどの大きさの布型魔導具だった。薄い砂色の布の真ん中に魔法陣が描かれている。
それを入り口の手前に敷き端を杭で止め、彼女が魔力を流すと魔法陣が一瞬強く光った。
「もしもの時はこれを使えって、依頼に行く前に先生に渡されたんだ」
魔導具について尋ねると彼女はそう答えた。当然と言えば当然だが、事態は学園側も認知しているらしい。
魔法陣に込められた魔術はだいたい見当がつくが、今は深く考える必要はない。
きっとこれを使うのは異常事態の時だろうからな……。
「それじゃあ、改めて『ボイド』に入ろうか」
ミリアが静かに、ゆっくりと扉を開いていく。扉の隙間から流れる冷たい風が足元を抜けていき、土の匂いが鼻腔をくすぐる。
学園生活が始まって二週間、異世界に来て一月ちょっと、俺は『ボイド』に足を踏み入れたのだった。
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