第21話 初めてのタスク

「イェーリ・ドージ、無道拳一、両者前へ!」


 学園生活が始まって二週間が過ぎた。環境や授業に少しずつ慣れ始め、生活に習慣がつく頃だ。

 俺はほぼ毎日先生の補習と司書室での自主学習を欠かさず、知識を学んだおかげで基礎的な質問なら授業で答えられるようになっていた。一般レベルにはまだまだ遠いがこの習慣による積み重ねを続けていけば、一ヶ月経つ頃には追いつけるだろう。


「イェーリと無道がまた戦うんだって!」


「本当か。見ようぜ見ようぜ!」


 授業にも様々な種類があり、雑学系の授業は肩身が狭いのだが、魔術の実践授業や今行われいる近接戦闘訓練の授業などは水を得た魚のように生き生きとしだす。


「待ってたぜドージ。またお前と戦える日をな」


「それは俺もだ無道。初めて戦った時のようにはいかないぞ」


 この近接戦闘訓練で俺と無道は互いにしのぎを削っていた。

 初めて彼と戦ったときは訓練だということを忘れて全力でやりあったため、先生に叱られたのをよく覚えている。

 近接戦闘において彼は、やはり俺の上をいっていた。実際に対峙してその強さを実感し、悔しさと嬉しさを感じたものだ。


「二人共、強化魔術を」


「「『イエロー・ライズ』」」


 お互いの体が黄色い光で包まれ準備が完了する。近接戦闘訓練では使用する強化魔術はこの初級魔術に限定される。これ以上のものを使えば周囲に被害が出かねないし、かといって魔術なしで戦ったら当人達が怪我をしてしまう。ちょうどいい塩梅なのがこの魔術だ。

 しかし、目の前の男に関しては話が異なる。

 加減をしていても強化魔術の入った無道の拳はまともに受ければ青痣ができる。鍛えている俺でさえ、前回脇腹に拳を受けたときには大きな痣ができた。

 したがって無道と戦う時はいかに攻撃を避けるかに勝敗がかかっている。


「前回は本当にすまなかったなドージ」


「回復魔術ですぐに治ったから別にいいさ。気にせず、今回も手加減なしでやってくれよ」


「二人共、これは訓練ですからね!くれぐれも無茶はしないように!」


 お互いに体を構える。観戦するクラスの生徒も俺達の動きを学ばんとするため目を見張っている。


「では、始めっ!」


 先生の合図で俺達は地面を蹴った。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



「また負けたぁぁぁぁぁぁ!」


 授業後の休み時間、俺は教室で無道に二度目の敗北を喫したことを嘆いていた。


「そんな顔するなよ。クラスで二番目じゃ不満か?」


「順位の問題じゃねぇ……。同じ相手に同じような負け方したことが問題なんだ」


 確かに、近接戦闘訓練の成績において無道は主席、俺は次席についている。良い成績を取れているのは嬉しいことだが、それ以上に無道に勝てない悔しさの方が大きい。


「ドージは魔術の実習の方でもいい成績だけど、俺にはこれしかねぇんだぞ。主席の座は絶対に渡さねーよ」


「くっそ〜」


「まあまあ。他の人から見たら二人とも凄い事に変わりはないよ。普通の人はまだ護身術を学んでる最中なのに二人はもう実戦までこなしちゃうんだから」


 そんなことを話しているせいか、話題は実力に関することに偏る。

 もうそろそろ実力を伸ばしたいと考えていた頃だった。二週間が経ち、それなりに知識を覚えたことでムルド先生の補習も減っている。

 空いた時間で何か修行ができないかと考えていた矢先、それならいいものがあるとシュシュルが口を開いた。


「それなら『アウト・タスク』を三人でやりに行こうよ、放課後!」


「アウト……タスク?名前だけは聞いたことあるけど何なんだそれ?」


 シュシュル曰く、『アウト・タスク』——通称タスクというのは、学生が引き受けることのできるバイトのようなものらしい。市民が依頼する魔術関連の困り事を解決して報酬をもらう、というものだそうだ。

 依頼内容は、魔術で運搬を手伝うものや魔導具の材料を採ってくるものなど多種多様だが、今回シュシュルが提案したのは都市周辺に出没する魔晶を討伐するというものだ。


「これなら修行にもってこいだし、報酬ももらえるし、人助けもできるしで一石三鳥だよ!」


「なるほど。確かにそりゃ面白そうだな!行くぜ俺は」


「俺もだ。それに、金も稼ぎたいと思っていたところだしな」


 意見は一致し、三人で『アウト・タスク』の一階の受付をしているところへ行く。

 一階のタスクの受付場所には俺たち以外にも生徒の姿が見られ、ほとんどが複数人で挑むようだった。

 受付の人の説明によると、タスクは難易度毎に『Class』が振り分けられており、受ける際には最低でもそのランクと同等の魔術師でなければならないそうだ。しかし、複数人で挑む場合は一人でも同等の魔術師がいれば良いらしく、他の魔術師のランクがそのタスクより低くても問題ないらしい。

 今回受けるタスク『都市周辺の村の畑を荒らす魔獣の討伐』の難易度は『Class B -』。この場合だと『Class C』のシュシュル一人では受けることはできないが、『Class B』の俺と無道が一緒なら受けることが可能だ。

 その他、タスク中のトラブルや報酬などについての注意事項を聞き、俺達は城の外に出て依頼した村へと向かった。

 中央都市の周辺には小規模な村がいくつも存在し、牧畜や農業に勤しんでいるのだそうだ。


「あのーすみませーん。俺達依頼を受けてやってきたゼスティアの生徒なんですけどー」


「おぉ、来て下さりましたか。どうぞ中へ、事情を説明いたします」


 村の入り口で呼びかけると、村長らしき老人が俺達を迎え入れてくれた。

 出された茶を飲みながら、魔獣による作物の被害、出始めた時期、具体的な数など詳しい情報を教えてもらう。


「本当にありがとうございます。被害があるとはいえこの程度のことに『国家魔術連』の魔術師様を呼ぶのは抵抗がありまして」


「任せてください。すぐに魔獣を討伐してきますよ!」


「安心してくれ。そこまで強い魔獣でもなさそうだし、俺らがすぐにやっつけてきてやるよ」


「僕は弱いですが、その、頑張ります」


 村長の計らいで馬に乗せてもらい、魔獣が住み着いているという山の麓までやってきた。

 山は、まだ日が出ているにも関わらず鬱蒼とした葉が光を遮っており、薄暗い雰囲気を漂わせている。魔獣が根城にするのも納得だ。

 身を隠しながら、慎重に魔獣を探す。


「シュシュル、見えたか?」


「うん、7、8体……いや、さらに2体増えた!聞いてた数よりも多いよドージ」


 用意してきた小型の望遠鏡で魔獣の数と位置を確認する。報告よりも多い10体の狼型の魔獣が固まって行動していた。

 単純計算で自分達より数が七つ多い魔獣にどう戦っていくか三人で話し合う。


「ああいう群れで動く奴らは厄介だ。故郷で何回か戦ったことがあるが、一体一体はそれほどでもない。しかし、奴らは連携して俺らを追い詰めてくる」


「確かに10体全部を3人で相手取るのは難しそうだね。どうしよう無道」


「10体全部を相手する必要はない。奴らは常時1つのグループで行動するわけじゃねぇ、獲物を探すときは3体ずつに分かれて行動する。3体なら連携されたもそこまで脅威じゃない」


「よし、なら仕掛けるのは奴らが別れた跡だな」


 無道が魔獣退治に詳しいおかけで作戦はすぐに決まった。

 しかし、気を抜いてはいけない。相手は人間と違い言葉の通じない魔獣、おまけにこちらを本気で殺そうとしてくる。

 どれほど小さくとも死の危険があることを覚えておかなければならない。

 


 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



 作戦開始から40分が経過した。

 現在、俺達は3体ずつのグループ2つを屠り、最後の4体グループと対峙していた。


「ウルァ!『黒式・愚壊こくしき・ぐかい』!!」


 無道の手から放たれた波動が目の前の2体の魔獣の動きを止める。

 そしてそのまま止まった片方の個体に向かって強化魔術の入った拳を放つ。

 無防備な顔面に直撃が入った魔獣は後方に吹っ飛ばされ、気に激突して絶命した。


「シュシュルゥ!援護ォ!」


「了解。二人とも離れて!」


 シュシュルの合図を受け、俺と無道は魔術の射線から退き、別の2体を牽制する。

 戦闘のスタイルは無道は前衛で近接戦闘メイン、俺は中衛で牽制や魔術による攻撃を行いつつ場合によっては前衛になる。シュシュルは護衛で補助魔術によるサポートや強力な上級魔術による援護を行う。

 シュシュルだけでは上級魔術を活かすは難しいが、俺と無道が敵を引きつけタイミングを合わせることで噛み合うよう——このように。


「『レッド・ノーブライズ・キャノン』発射!」


 両掌の巨大な魔法陣から、それぞれが丸太ほどの太さを持った火柱が6本も放出され射線状にいたもう一体の魔獣を焼き尽くす。

 そして、俺と無道は残った二体の魔獣とそれぞれ相手をしていた。


「ガルルルルルルルルルルァ!」


「騒ぐんじゃねぇ、よっ!」


 狼型の魔獣は普通の獣よりもずっと早く、首筋を獰猛に狙ってくる。

 群れで行動する程度の知性があるから、人間の弱点が首であると理解しているのだろう。

 しかし、その知性が仇となる。


「おっ、おおっと」


 体当たりが直撃し、わざと体をよろめかせる。

 魔獣はその隙を逃さず、木を蹴って勢いをつけ首筋に噛みつこうとした。

 無論、わざとなので即座に体を逸らして回避する。今度は魔獣が隙を晒す番だ。


「ギャウッ!?」


「『グリーン・リッパー』」


 指をピンと伸ばしたその形は手刀に似ていたが、これは相手を気絶させるものではない。

 魔獣の胴目掛けて振り下ろすと、手から溢れた緑の魔力で作られた刃が硬い皮膚をものともせずに体を真っ二つにする。

 

「ははっお見事」


 無道もすでに一体を倒したようだ。

 俺達は互いにハイタッチを交わし、全ての魔獣の討伐が完了した喜びを分かち合う。


「よっしゃぁ。大成功!」


「うまくいったね、僕達の連携も!」


「そうだな。割と楽に勝てたんじゃないか」


 戦闘開始前にお互いにポジションを決めていたのがうまくいった。初めの3体グループのときは少しだけブレがあったが、それ以降は3人が邪魔し合うことなく、得意な距離で十全の力を出すことができた。


「よし、後は村長に報告して依頼は完了だな、この後どうする?」


「うしっ!じゃあ街に遊びに行こうぜ。実は俺まだ行ったことなくてよ」


「ドージがこの二週間ほとんど補習で時間なかったからね。街に行くなら3人一緒にっ、て二人で話してたんだ」


 その後の予定も決め、俺達は馬に乗って村まで戻った。

 この時、初めての任務がここで終わると俺達の誰もが信じて疑わなかった。

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