第19話 この学園の生徒になるということ
「皆さん、ご入学おめでとうございます。学園長として君達の入学を祝福させていただきます」
「さて——」
「賛辞はこれで終わりです」
「ここからはこの学園で生活する君達に忠告のようなものをしたいと思います」
「まず、君達はこの魔術学園ゼスティアを学園である前に
「この学園はいつでも戦場になりえます。一年で後も一ヶ月後でも一日後でも一時間後でも一分後でも一秒後でも」
「だからこそ、強くなってください。自分の身を自分で守れるくらいに……」
「そのため協力を私や教師は惜しみません」
「いきなりこのような話をされて君達は困惑していると思います」
「理解するのは後でいいです。ですがこれだけは記憶してください」
「この学園は死と隣り合わせだということを——」
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「変わった話だったな、学園長の話」
異様な雰囲気だった入学式が終わった。その後、それぞれのクラスに分けられ教師との顔合わせや自己紹介などを済ませ、今は三人で俺の部屋に集まって談笑をしている。
ちなみにクラスは二十五人ずつ計八クラスに分けられたが、奇跡的に三人とも同じクラスだった。
「そうだな。学園であり戦場でもあるって、この学園はそんなに物騒なのか」
「聞いたことがあります。一般的に町は『国家魔術連』という組織が人々から魔晶を守るため毎日のように巡回をしてくれています。それ故に町に住む人たちは魔晶による被害が極めて少ないのです」
なるほど『国家魔術連』なる組織は警察のようなものか。
魔晶が人々を害さないように毎日目を光らせているからこそ、この世界は平和を保てているのだろう。
「しかし、魔術師の数に限りがあるため、どうしてもこの世界全てを監視するのは不可能です。地方や僻地は魔術師の目が行き届いていないところがあるため、少なくはありますが魔晶の被害が出ているそうです」
「確かにな。俺が住んでた田舎でも度々魔晶が人を襲ってきたことがあるぜ。返り討ちにしてやったけどな」
魔術師の数が足りないというのは師匠の話で知っていた。
足りない魔術師の数、この学園は戦場、魔術を学ぶ学園——。
「もしかして、この学園が魔晶に襲われても、魔術連の魔術師は助けてくれないのか?」
「えぇ、おそらくそうでしょう。僕も父から聞いただけなのではっきりとは知りませんので、すみません」
そういうことか。
魔術師の数が足りず、守る場所を減らさなければいけない。
魔術師として戦う力を持っている俺達と一般市民、どちらを優先して守るべきかなど言うまでもない。
「魔術師になるための学園に通っているのだから魔晶は自分たちの力でどうにかしろということか」
「いやー予想以上に危険な学園みたいだな。都会に抱いていた幻想が崩れそうだぜ」
無道は事の重大さを理解しているかしていないのか、間の抜けた声で話すものだから、俺も考えるのが馬鹿らしくなり、話題を半ば強引に打ち切る。
「まぁ、まだ入学式なのに気張ってたってあまり意味はないだろ。注意は必要だがそれが四六時中ずっとというのは無理があるし。今日はさ、何も考えずに遊ぼうぜ」
学園に入ってから考えるべきことが一気に増えた。どれも、重要なことばかりだが焦りすぎるのもよくない。今は一つずつ、しっかりと考えていくのが賢明だろう。
どうせ入学したのだからこの広大な学園を探索しようと二人に提案し、俺たちは学園へと繰り出した。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「おー。んー。この石板どうやって動いてんだ?魔導具であることは間違いないが、誰が魔力を注いんでんのかさっぱりだ」
最初は無道があの『Class』の人数を表示している石板をよく見たいと言ったので中庭に来た。
相変わらず、石板はクラスごとの人数を示し続けている。クラスが上がったりしたらここの数字も変化するのだろうか。
そんなことを考えていると、無道が割とデリカシーのない質問をした。
「そういえば、二人は『Class』はどうだったんだ」
「えっ」
「お前、少し遠慮というものを」
制服を貰った時の説明を聞いてなかったのか?
『Class』に関する質問はどうあっても空気が悪くなる。隠したい人だっているだろうに。
「プレートを見れば分かるだろう」
「ん、あぁ。『Class B』か俺と同じだな」
「お前なぁ、少しはデリカシーを覚えろ。知られたくない人だっているんだぞ。シュシュル、言いたくなければ言わなくていいからな」
「ううん。僕もプレートは見えるところにつけてるから、ほら右胸のところ」
胸に付けられたプレートを見ると『Class C』と彫られているのが確認できた。
受験での彼のサポート能力を見る限りもっと上でも良いと思うのだが、それは身内の贔屓目だろうか。
「うん。有名な魔術の家の出と言っても僕は面汚しだよ。やっぱり……」
俺自身、クラスがBだったことに少なからずショックを受けたが、この世界が甘くないことは知っていたのですぐに前を向くことができた。
それに、何も悲観することはない。永久にそのクラス止まりということはなだろう。
なぜなら——
「そんなこの世の終わりみたいな顔するなって。『Class』が低いならあげリャいいだけの話だろ。俺達はそのために学園に来たんだ」
「無道……」
「面汚しだなんて決めつけるなよ。卒業時に上のクラスにいりゃあ問題ないだろ。これからなんだよ、シュシュルはさぁ!」
言いたいことを全て無道が言ってくれた。
シュシュルを笑顔で励ます彼の姿を見たら、さっきのことを怒るに怒れなくなってしまう。そういう奴なのだと納得させられてしまう。
「そう……だよね。僕も頑張ってみるよ」
「おう!それでいいんだ!俺も上のクラス目指して頑張るか!」
「無道、頑張るのはいいが声が大きい。ここ広場だ」
まだ太陽も真上に位置している時間帯に公共の場で大声を出すのはよろしくない。
たまたま俺たち以外の人がいないから許容していた。
しかし、大講堂の方から生徒が歩いてきたので静かにさせる。
「あははーすみませんねー。——っ!」
適当に謝ってスルーしようとしたが、歩いてきた人物の一人が誰か分かった瞬間、心臓が跳ねた。
「ニーグ……メレスザード……」
無意識に小声で呟く。
一度見たら忘れるはずもない。入学試験で異世界人である俺の殺害を企んだ男。
強敵ではあったがギリギリで勝利し、気絶させたので試験は不合格だろうと考えていたのだが、どうやらあの後目覚めて用意していたであろう扉から脱出したらしい。
二人がいる手前、不自然に体を構えることはしないが、攻撃してきたらいつでも避けられるように心の準備をしておく。
「————」
「……ふんっ……」
予想に反し、ニーグは鼻を鳴らして俺を一瞥しただけで、何もせずにその場を去って行った。
最後の俺の宣言を信じたのか?それとも、入学して生徒となった俺には仕掛けられない規則があるのか……。
どちらにせよ穏便に済んだことには変わりなく、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、すれ違いざまに見えた左襟のプレートには『Class B+』の文字が刻まれていた。上位の魔術を使いこなし、近接戦もあれだけこなせれば当然か。改めて、『魔力操作』の才能がなければ勝てなかった相手であることを自覚する。
「どうしたのドージ。ただならぬ雰囲気を出してたけど。あの人、知ってるの」
「いや、なんでもないよ。他人の空似だったみたいだ」
ニーグとのいざこざに二人は関係ない。
わざわざ気を使わせるのも申し訳ないのでどうにか誤魔化す。
その後は三人で学園内の様々な場所を巡った。
図書館や修練場、植物園に展望台。昼頃から日が暮れるまで回ったが、これでも全体の五分の一も見れていないだろう。
迷子になる前に探索は打ち切り、最後に食堂で夕食を取ることにした。
「おぉ、うめぇ!」
「お、美味しいぃ」
「本当に美味しいなこれは……」
食堂というが食事はレストランと遜色ないほど豪華なものだった。
しかも食堂はこれだけではないらしい。これだけの広さ故か、学内には一般的な食堂はもちろん、ここのようなレストランやくつろげるカフェなど様々な形式の場所があるのだそうだ。
そしてこれらの施設も生徒なら当然無料で利用できる。魔術師は優遇される世界だとはいえ、ここまで来るとすごいを通り越して怖くなってくる。
「ひはひあふのふひょうほもたのひひだな」
「無道、喋るか食べるかのどっちかにしてくれ」
リスかお前は……。
美味しい上に量も多いから頬張りたくなる気持ちは分かるが、流石に詰め込みすぎだ。
「いや、明日から始まる授業も楽しみだなって」
「授業か。そうだ、早速明日からだったな」
中学生だった頃は授業など好きでも嫌いでもなかったが、明日の授業にはワクワクしている。
魔術の学園に入ったのだから、魔術の知識や練習の授業があるだろう。他にも、この世界の政治や歴史について学ぶのも面白そうだ。異世界の学園なのだから、授業も元の世界とは違ったものに違いない。
「ワクワクしますよね。なんて言ってもゼスティアですから。魔術の教育は最高峰のものを受けられるなんて感激です!」
「俺もだよ、シュシュル。明日が楽しみだ」
しかし、この時の俺はまだ気付いていなかった。
元の世界とは全く別のものといえど、これは勉強だということを。
異世界人の俺がこの世界の知識を学ぶというのどう言うことなのかを。
そして、明日が新たなる波乱の幕開けになるということを。
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