第二章 「中心」の学園
第18話 再会の入学式
……白くて眩しい。
窓から差し込む光が瞼を照らし、眠った意識を覚まさせる。
瞼を開けると眩い朝日が起きたばかりの目に入り込むものだから、細めを開けては閉じるの繰り返しで少しずつ慣らしていく。
今、俺がいるのは魔術学園ゼスティアの城内にある部屋の一つだ。
師匠の言う通り、二百人もいるのに一人一室、キッチン、浴場、その他一人暮らしに必要なものを全て完備、そしてそれらのスペースを引いてもなお広々とした空間、これだけのものを生徒は無料で使うことが出来る。うまい話とはまさにこのことだ。
睡眠から目覚めた俺はパジャマ姿のまま顔を洗い、朝食をとる。右手に新聞を持ち、左手でパンを食べ、ミルクを飲む落ち着いた朝。
それらを終えたら事前に用意されたこの学園の制服を着る。
制服は元の世界の軍服と童話の魔法使いの衣装を掛け合わせたようなものだった。胴のあたりは金色のボタンによって整えられているのに対し、襟元や袖、ズボンの裾などはゆったりとしており、手足は動かしやすい。
そして、最後に背中にこの学園の紋章の刺繍があしらわれたローブを着て完成だ。
「馬子にも衣装なんじゃないか、これは」
制服が予想以上にしっかりした出来だからか鏡の前で何度も確認してしまう。
聞いた話によると、制服には多くのバリエーションがあり、服の種類はもちろん、色や刺繍、アクセサリーなど細かいところまでカスタマイズできるらしい。
俺は最初に提示されたいくつかのパターンから選んだだけだが、オシャレがしたい高校生の年頃にとってはたまらないだろう。
「やっぱり元の世界と似てるとこあるよなーこの世界」
前に魔力が電気の代わりを果たしていると思ったことがあったが、やはりこの世界は元の世界と似通っているところが多い。
魔力と電気では勝手が違うので一概に比較はできないが、俺が衣食住を違和感なく元の世界と同じような生活をしていられるのを考えると、この世界の文明レベルは元の世界に匹敵するのではないだろうか。
建物は煉瓦や石、木など様々な素材で作られていて、写真で絵見たフランスやイタリアとかの街並みに似ている。
「やっぱり、詳しく調べる必要があるな。元の世界に帰るヒントになるかもしれない」
ここが学園なら図書室があるに違いない。
そこには当然、年代ごとに起こった出来事を示す歴史書があるはずだ。
「異世界人が起こした戦争についても詳しく知りたいし、暇ができたら図書室に行こう」
色々と考えることはあるが、それは一先ず置いておく。
今日は、魔術学園ゼスティアの入学式だ。
この学園は三年ごとに生徒が全員入れ替わるため、年齢に差はあっても全員同学年という扱いになるらしい。
しかし、学年による差はなくとも、
この学園は入学試験での成績に応じて、魔術師の位階を示す『Class』が刻まれたプレートを入学式の日に渡すのだと師匠は言っていた。
学園側は試験中の全生徒を何らかの魔術で監視していて、試験での活躍から個人個人の力を見極めて『Class』を判別しているのだろう。
「果たして今の俺の実力ならどのランクになるのか」
学生に授けられる魔術師の『Class』はA+〜C−まで。
試験で数多くの戦闘をこなした俺はどのように評価されたのか。
「確かめに行くか。それじゃあ、出るか」
通学用の鞄を片手に部屋を出る。
緊張と胸の高鳴りを抑えながら、学内を歩いて行った。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
部屋を出てから約十分ほどで目的地に到着する。
そこは入学試験の時に見た中庭だ。
「やっぱ、すっげぇーなぁーこの学園」
あの時は少し目に入った程度だったが実際に出てみると、広々とした空間が広がっていた。
花が咲き乱れるのは庭の外側の部分で、中心には学園内部へと続く道が整えられている。
都会に初めて訪れた田舎者のように呆けていたが気を取り直して、生徒たちが集まっている何かの文字が書かれた大きな石板の前へ歩いていく。
パッと見ではその石板に書いてあることが分からなかったが、すぐに何が書いてあるか理解し、確認のためにそばにいる教師らしき人に話しかけた。
「あの、これって入学者の『Class』人数を表しているんですか?」
「はい、そうですよ。入学時時点の『Class』毎の人数です。生徒の競争意欲を刺激するためにこうして見やすい場所に置いています」
A+が2人。Aが7人。A−が15人。A帯は合計24人。
B+が20人。Bが33人。B−が29人。B帯は合計82人。
C+が45人。Cが30人。C−が19人。C帯は合計94人。
「これが今の『Class』毎の人数……。入学したばかりなのにもうAがいるのか」
特にA+などあのアネス・デラ・メレスザードに匹敵する実力者ではないか。
ゼスティアが他の五つの学園とは別格といった師匠の言葉は誇張ではないようだ。
石板を眺めるのも程々にして、教師の誘導に従い入り口の手前に設けられた受付に向かう。
「ご入学、おめでとうございます。お名前をどうぞ」
「イェーリ・ドージです」
「イェーリ・ドージ様ですね。少々お待ちください」
受付の職員にこの世界での名前を告げ、魔術の教科書や学園の地図などの必要な道具を受け取っていく。
「最後にこちらをお渡しします」
それらを鞄に詰め込み終えたところで、職員が一枚のプレートを渡してきた。
銀色に輝くそれを見間違うはずもない、人や魔導具に付けられる『Class』のプレート。
『ClassB』
手に取ったプレートにはそう刻まれていた。
これが俺の今の実力。同じ実力を持つものは33人。俺より上の者は44人。
複雑な思いが頭の中を巡るが、悩むのは後にしなければならない。
「プレートを制服に付けてください。見せるように指示された場合にすぐ見せることができる場所ならどこでも構いません」
「捲れば見せられる裾やポケットの内側でも?」
「はい。しかし、スカートの裏やズボンの裏など非常識な部分はおやめください」
「分かりました。じゃあ、襟に」
裾の内側が許可されているのは他人に自らの『Class』を見せたくないものへの配慮だろう。
隠すことも考えたが、そんなことをしても特に何か変わるとも思えなかったので、素直に左襟に付けることにした。
「付け終わりましたら、この先の大講堂で式の開始までお待ちください」
そのまま奥へ進み、大きめの扉を抜け大講堂に入る。
舞台を中心に半円状に広がる席は二層の構造になっておりどこに座るか迷ったが、席が400席以上あるため人が少ないところに座ることにした。
その結果たどり着いたのは上層の左エリアだった。
適当な席に座り、式が始まるまで居眠りをするべく目を閉じる。
「あ」
しかし、すぐ隣から声が聞こえ目を開いて確認すると、すでに先客がいたことに気付いた。
講堂内はすでに薄暗くなっており、舞台を照らす照明以外は足元を照らす小さな光しかないので隣に人がいることに気づかなかった。
他に空いている席がたくさんあるのにわざわざ隣に座られたらあまり快くは思わないだろう。
「すいません。すぐ他に移りますんで……って」
謝るべく相手の顔を見て言葉が止まった。
隣にいたその生徒の低身長と金髪、そして女と見間違うほどの綺麗な容姿には見覚えがあったからだ。
「ドージ、ドージだよね」
「シュシュル……!」
シュシュル・エルデラード。
試験で俺と共に戦った男の一人だ。合格したのは知っていたからどこかで再開するだろうとは考えていたが思いの外早かった。
「わー良かったー!知ってる人がいてー!嬉しいなぁ、入学してすぐにドージと会えるんだから!一人ぼっちで不安だったんだー」
「はは、俺も嬉しいよ。けど何も抱きつくことはないだろ」
年齢はシュシュルが二つ上のはずだが、金髪の低身長という身体的特徴と弱気で純粋な性格が合わさり子供にしか見えない。
その後、試験であったことをシュシュルに話している最中、俺は試験で友達となったもう一人の男について話していた。
そして、噂をすればなんとやら、大柄な男が俺に話かけてきた。
「二人とも楽しそうな話をしているな。俺も仲間に入れてはくれないか?ドージ」
「おお、無道!お前も合格できていたか!」
無道拳一。
受験生に囲まれ絶体絶命だったところを助けてくれた、銀髪の長身にゴーグルというシュシュルとは別の意味で目立つであろう風貌をした男。
制服も試験の時のように半袖半ズボンにしており、尚且つ動きやすそうな薄い生地を選んでいた。
「当たり前だ。それで隣のあんたとは初めて会うよな。初めまして、俺の名前は無道拳一。ドージとは入学試験で共闘した時に知り合ったんだ」
「あっ、どうもご丁寧に。僕の名前はシュシュル・エルデラードです。僕も試験でドージと一緒に戦ったんです。どちらかと言うと助けて貰ったって言ったほうが適切かもしれないけど」
シュシュルはどうも人見知りのような気配があったので、無道のような見た目の刺激が強い人物とはコミュニケーションが取りにくいのではないかと危惧していたのだが、俺の知り合いだと知っているお陰かスムーズに交流できている。
「「よろしく」」
友達同士が仲良くなってくれるって嬉しいよなぁ〜
無道も隣に座ったので、彼と別れた後の試験の話をしようと思っていたが、意外にも最初に話したのはシュシュルからだった。
「二人はさ、僕の名前聞いても変に驚かないよね……」
「あー」
「?」
最初は言葉の意味がわからなかったが、すぐに、シュシュルが魔術で有名な家の子であるという答え浮かび、納得した。
強力な魔術を開発したり、『Class』の高い魔術師を複数輩出したりするような家は繁栄し衆望を集めるようになるのだそうだ。
おそらくシュシュルが今まであってきた人々は名前を聞くだけで驚かれたのだろう。だから、名前を聞いても何も反応しない俺たちを不思議に思ったのかもしれない。
「すまんな。田舎育ちだから都会の魔術師の事情などさっぱりなんだ」
「左に同じく。俺もそういうの全く知らないだ。もしかして、まずいか」
知らず知らずのうちに不敬罪にあたるようなことをしてしまったのだろうか。
不安げな俺に対して、シュシュルはスッキリした笑みを見せた。
「ううん。ありがとう。本当に……ありがとう!」
なんだかわからないがシュシュルが笑顔なので大丈夫だろう。
三人で雑談をしているうちに、入学式が始まり、お偉い人の挨拶や国歌斉唱など元の世界とほぼ同じ流れで式が進んでいく。
式の最中の三人の様子は三者三葉だった。
シュシュルは真面目に話を聞いていたが、所々、眠そうな顔を隠せていない。
俺は特に注目するような情報もなかったので、眠気があったこともあって半分ほど聞き流していた。
無道に至っては、式が始まった瞬間から眠り始めていた。話を聞く気がないのだろう。
しかし、そんな眠気もある人物が登場したことにより吹き飛ぶことになる。
「最後に、学園長から式辞を賜ります」
その言葉と共に空中に浮く椅子に乗った一人の老人が出てきたので驚いた。
魔導具という存在がある以上、浮く椅子には大して驚いていない。
驚いたのは、老人が出てきた途端、場の雰囲気ががらりと変わったことだった。
それは単に偉い人が出てきたから緊張したというタイプのものではない。客席と舞台の距離は離れているにも関わらず、老人の存在がすぐ隣にいるかのようにはっきりと感じられるのだ。
形容しがたい雰囲気に入学生は静まり返る。
そして、枯れ木のような見た目に反し、大木のような存在感を持った老人はゆっくりと口を開いた。
「初めまして、新入生の皆さん。私が魔術学園ゼスティアの学園長……」
「セントラル・R・クラインシュタインです」
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