第17.5話 宴、そして舞台は移りゆく

「ではっ!イェーリ君の入学試験合格を祝って!乾杯!!!」


「「「「「「乾杯っ!!!」」」」」」


「えっと……乾杯」


 入学試験が終わったその日の夜、師匠は部下の人たちを集めて俺の合格を祝ってくれていた。

 細長いテーブルに様々な料理が所狭しと並ぶ。こんなに大人数での食事会の経験は元の世界でもなかった。

 宴の盛り上がりは凄まじかった。困惑する今日の主役を置き去りに、全員テンションマックスそのものだ。

 師匠も普段では考えられないほど豪快に酒を飲んでいた。酒を飲むと人が変わるらしく、いつもの落ち着いた口調から訓練の時のようなスパルタの口調に変わっている。


「しかし、メレスザードが仕組んでいたとはなぁ」


「やはり私達と彼とでは、どうやっても和解できそうにありませんね」


 試験での一件を話すと師匠たちは一様に難しい顔をした。

 異世界人の扱いは魔術師の間でも意見が分かれているのだろう。

 もし、転移直後に異世界人を快く思わない人に捕まっていたらどうなっていたか、考えただけでも身震いがする。


「だがぁ!僕の弟子はそんな策略を打ち破り!見事!試験に合格したぁー!」


「師匠、飲み過ぎですよ」


 酒は人を変えるというがこれは変わりすぎだろ。


 顔もすっかり赤くなり酔っているのは確実だろう。

 だが、そんな楽しい雰囲気に俺も絆され、いつも以上に料理を口に運び、果実の絞り汁らしき飲み物を流し込む。

 訓練を手伝ってくれた部下の人達にお礼を言いつつ、談笑をしていると師匠がとんでもない事実を話し始めた。


「しかし、君ともしばらくお別れだぁ〜悲しいなぁ」


「ん?なんのことですか?」


「言ってなかったっけ。ゼスティアに入学した生徒は皆、学園に住むことになってるんだ」


「ぶっ——!」


 いきなりの事実に思わず飲んでいた水を吹き出しそうになった。


 いや、元の世界にも全寮制の学校はあった。あれだけの広さを誇る城なら二千人以上が住むことも可能だろう。


 そんな的外れなことを考えていた。しかし、すぐに問題はそこでないことに気づく。


「もしかして部屋の広さを気にしてるのかぁ。大丈夫大丈夫。一人一人に高級ホテルもびっくりするほどの広い部屋が」


「そういうことじゃなくて!俺を監視するって話は?」


 元々、俺がここに住まわせてもらっていたのは監視対象だからという理由があった。だから、学園に通うことになってもこの家に住みながら登校する形になるだろうと考えていたのだ。

 学園に住むことになり離れ離れになったら監視など出来なくなる。


「ああ、その話か。……実は我々も君をずっと監視するだけの余裕がないんだ」


 師匠はコップ一杯の水を飲み干し、体を落ち着かせてから落ち着いたトーンで話し始める。酔いのせいで顔は真っ赤だったが表情は真剣だ。


「詳しくは学園で習うだろうから今は話さないが、僕達の組織『国家魔術連』は人々の平穏のために各地のボイドで出没する魔晶を討伐している。時間の大部分はそこに割かなくてはならないから、とてもじゃないが君を監視し続けることはできない」


「あちこちに出没する魔晶に対して、魔術師の数が圧倒的に足りてないんです」


 おそらくその『国家魔術連』という組織が自衛隊のように人々を守る役目を果たしているのだろう。

 メーレムさんの補足を聞いて、訓練の時に師匠が見せてくれた地上とボイドの構造を表した地図を思い出す。ボイドの場所ごとに一から六までの数字が割り振られ、その構造は複雑を極めていた。

 ボイドを根城にしている魔晶は人間を襲う際に、その複雑な構造を利用し地上のあらゆる場所を繋ぐルートを作っているのだ。

 魔術師の数が多ければ各地に現れてもその地域の魔術師が対応すればいいだけなのだが、人数が少ない現状では中央の魔術師をあちこちに派遣することでカバーするしかないらしい。


「それに、この一ヶ月で君がこの世界を害するような人でないことは十分以上に理解できたから、監視はもう必要ないと思ったんだ」


「……でも、俺不安です。自分が道を踏み外さないか……」


「そういう心配ができるなら大丈夫ですよ。それにずっと離れ離れというわけでもありません。私やみんなが、暇な時に会いに行きますよ」


 メーレムさんや部下の人達は俺に信頼の眼差しを向けてくれた。それが嬉しくて、同時に気恥ずかしかったので無理やり場を盛り上げようとした。


「っ!ささ、酒も食事もまだまだ残っています。もっと盛り上がりましょう!」


 酒の代わりに水を一気飲みして照れ隠しをする。

 こうなったら細かい不安は置いといて、俺もハメを外してしまおう。


「ドージ、試験についてもっと話してくれよ!武勇伝!武勇伝!」


「「「「おお、聞きたい!」」」」


「分りました!まず、最初にあったのはですねぇ——」



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



 宴も終わりほとんどの人が酔い潰れる中、俺は一人外に出て夜風に当たっていた。

 雲一つない満天の星空を眺めながら、手に持ったグラスを傾けて水を飲む。

 

「ここにいたのか、ドージ」


「師匠。酔いが覚めたんですか。あの状態から……」


 先程の酒気のたっぷりの赤い顔は何処へやら、微笑を浮かべて平然と立っていた。酔いっぷりを見るに師匠は早めに寝てしまうと予想していたのだが、その予想は見事に外れ、いつもの師匠に戻っている。


「酔いを覚ます魔術があるんだよ。あのまま酔い潰れるのもよかったけど、もうちょっと君と話をしたくてね」


「話?学園についてまだ言っていないことでも?」


「いや、そうもじゃないんだ。その、えっと、なんだ……」


 その話というのは言葉にし難いのだろうか。頬を指で掻きながら表情をコロコロと変え、話しかけては止まるといった動作を繰り返していた。


「この世界のこと……どう思っている?」

 

「どうって……それは……」


 師匠の質問は全く予想だにしないものだった。

 声や表情から察するに「どう思っている」とは俺がこの魔術世界に対してどのような印象を抱いているのかという意味だろう。

 はっきり言って、印象はあまり良くなかった。この世界は異世界人に対してとても厳しい。戦争を引き起こしたという理由がある以上それを責めることはできないが、だからといって殺されかけたり、憎悪を向けられることに対して納得することはできない。

 こんなことを言うべきではないと思っていた。しかし、師匠の顔にはどのような謗りでも受け止める覚悟があった。


「良くは……ありませんよ。殺されそうになったり、憎まれるような世界を好きだなんて俺には言えません」


「そうだ……その通りだ」


「でも——」


 そうだ、全てを伝える。

 この世界に来てから感じた悲しいこと、つらいこと、そして、嬉しかったこと。


「そんな中でも、優しさや強さ、救いをくれた人がいる世界を嫌いだとも言えません」


「瞳時……」


 星空の下、深呼吸をして澄んだ空気を味わう。

 一つの区切りがつき、心が楽になった。


「今は、こんな感じです……ダメですか?」


「いや、ありがとう」



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



 宴から数日後の朝、俺は学園に移り住むために荷造りを行っていた。

 荷造りとはいっても、生活に必要なものは学園が用意してくれるため、荷物は元の世界から持ってきた鞄や木刀くらいのものだと思っていた——のだが。


「ドージ、トランクは持ったか、中身は確認したか?」


「さっき見ました。それと、このトランクもしかして魔導具ですかって重たっ!」


 それらの代わりに持たされたのは大きめのトランクだった。

 収納用の魔導具らしく、明らかに容量以上の荷物が入ったり、トランクより大きいものが小さくなって中に入ったりしていた。

 とても重いという欠点を除けば、理想の鞄と言えるだろう。


「必要なものは学園にあるんでしょう?」


「必要なものだけではつまらないだろう。遊具用の魔導具やこの世界の貨幣、お菓子、その他諸々が入っている。たまには遊ぶことも大切だぞ」


「…………暇があったらで」


 呆れそうになるが、そんなところまで気遣ってくれる師匠には感謝だ。

 特に貨幣に関しては完全に失念していた。学園に入ってからも貨幣が入用になることはあるだろうから、師匠に頼ってばかりではなく、自分で稼ぐ方法も見つける必要がある。


「それじゃあ、しばらく会えないけど元気でね」


「えぇ、師匠もお元気で。行ってきます」


 師匠に別れを告げ、新たな場所に向けて歩き出す。

 草木を揺らす風が不思議と優しく思えた。

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