第15話 竜虎相搏つ その1

「もう一度言ってやる。貴様はここで死ね異世界人」


 入り口に立った男は暴言を当たり前のように繰り返した。

 だが、その言葉を理解するほど俺の心に余裕はない。俺を散々追い回した黒幕が現れたこと、その黒幕に脱出を邪魔されたこと、この二つの事実が怒りのボルテージを引き上げていた。

 怒りを抑えようとする時特有の野太い息が口から漏れ、瞳孔が細動で震える。


「フゥゥうぅぅぅ。ふうううぅ。ふう……」


 どうにか理性で怒りを抑え込むことに成功した。

 しかし、いつまた爆発するとも分からない。

 一度沸騰した水はすぐには収まらない。次また逆鱗を撫でられるようなことがあれば抑えきれそうにないだろう。


「それで、お前が黒幕なのか」


「その通り。私は誇り高き魔術師アネス・デラ・メレスザードの息子、ニーグ・デラ・メレスザード。お前は、この名を脳髄に刻み付けて地獄へ行け」


 確かに、紫がかった髪と鋭い目つきは俺を襲ったあの男ととてもよく似ている。そして、異世界人を殺そうとする過激な思想も父親と同じだ。

 入り口にはニーグが立ち、出口は氷に閉ざされた。まさに、進退窮まるといったところか。

 しかし、こうなった以上、選択肢は一つ。この男を倒して扉の前にかけられた氷の魔術を解除する。

 出来れば黒幕とは接触せずに学園から脱出したかった。その理由は単純、奴が俺より明らかに強いからだ。

 追跡者と戦っていた時に放たれた巨大な魔術。知識がなくともわかる。あれは並の魔術師が使えるような代物ではないことを。そしてそれだけの魔術で魔力を消費したにも関わらず、俺の眼前で当たり前のように立っている。それらの事実がニーグ・デラ・メレスザードという男が口先だけではないことを証明していた。

 だが、それでも勝たねばならない。相手が自分より強かろうと、魔力と体力を消耗していようと。人生を歩むからには必ず訪れる——戦わねばならない時——が来ているのだ。

 

「「『イエロー・ライズ』」」


 お互いに身体強化の魔術をかける。

 外面では平静を装っていたが、内心では動揺していた。

 俺が身体強化の魔術を使ったのは接近戦を仕掛けるためだ。ニーグと俺では魔術のレベルに天と地ほどの差がある。下手に魔術の撃ち合いなど始めようものなら、上級の魔術を連発され初級魔術しかない俺はまず撃ち負ける。だからこそ、唯一こちらの得意分野である接近戦に持ち込もうとしたのだ。

 しかし、もしニーグが俺に近しいレベルの接近戦をこなせる魔術師だとしたら得意分野が通用しない俺に勝ち目はない。

 聖堂の真ん中で対峙するお互いの間に緊張が走る。腰の木剣に手を掛け魔力を流した瞬間、仕掛けた。


「——シッ」


 右上段からの袈裟斬り。当れば岩をも砕く魔導具の一撃。

 それを彼は難なく躱す。そこから俺とニーグの攻撃の応酬が始まった。

 俺の剣術に対してニーグは合気道に似た武術で対応する。

 迫る木剣をそつの無い足運びで躱していく。冷静で隙のない動き、故に攻めあぐねる。痺れを切らして踏み込もうものなら即座に技の餌食となるだろう。

 お互いに微妙な距離感を保ちつつ戦闘が続く。


「殺す、殺すぞ異世界人。この世界の異物め!」


「なぜ、そうまでして異世界人を殺そうとする!答えろっ!」


 戦いの最中、静寂を破り響く声。

 無視するかどうか迷ったが、俺は問いかけることを選んだ。

 この世界における異世界人への憎悪がどういうものかを知っておきたかった。


「三十年前に異世界人が戦争を起こした。だからこの世界の人々は異世界人を恐れる、それは理解できる。だけど、だからといって殺そうとするのはやりすぎだろうが!」


「やりすぎ、だと……」


「そうだっ!それに異世界人は今までこの世界の魔術の発展に尽力したのに、それを一つの戦争で掌を返してっ——」


 失言だ——そう思い、即座に口をつぐんだ。

 この世界に来てから受けた痛みや数あれど、言葉は選ぶべきだったのだ。俺はまだこの世界についてほとんど知らないというのに。


「……お前は……お前は私達がただ一度の失敗で異世界人を見限った薄情者だと……そう言うのか?」


「………………」


 沈黙するしかない。言葉を震わせ、細かった目を完全に見開いた奴を見れば、今更弁明したところで納得するとはとても思えない。それに、あの言葉に俺の本音が混ざっていたことは否定できないからだ。


「そう言うのかと!聞いているんだっ!答えろ異世界人っ!」


 怒声に体がびくりと震え、一瞬の隙が生まれた。ニーグ後ろに大きく飛び、二人の間の距離が離れる。

 それ即ち、魔術の撃ち合いの始まり——。


「しまった」


「遅いっ!『ブラウン・ノーブライズ・ディザスター』!!!」


 すぐに距離を詰めようとしたが時すでに遅し。

 ニーグが地面に手をつけると巨大な魔法陣が現れた。それがあの炎の魔術に匹敵するほどの大きさだと分かった時、心臓を冷気が撫でた。

 石で出来た地面、壁、天井、全てが生き物のように蠢き始め槍のような鋭い突起となり、俺を目掛けて襲いかかってくる。

 驚異的なのはそのスピードと範囲だった。一撃目が攻撃した時には二撃目、三撃目が攻撃態勢に入っているため、次から次へと休む間もなく襲いかかってくる。さらに、全方位から攻撃が来るため、安全地帯が存在しない。強化魔術をかけていなければ間違いなく当たっていた、そう断言できるほどの苛烈な攻撃だ。


「っあぁ、痛っ。クソっ、反撃を——」


「そうだ滅びろ異世界人。貴様らは平和だったこの世界を地獄に変えたのだ!戦争は今も終わっていない!魔晶が、異世界人が、人々の心に残り続ける限りはなぁ!!」


 いくつもの鋭い槍先が皮膚を掠めていく。弱く、だが確かな痛みが体中から叫んでいる。

 今、ニーグは地面に手をつけ魔術を流し続けている。魔術には単発で終わるものと魔力を流し続ける限り持続し続けるものがあるが、この魔術は後者のようだ。

 どうにか彼に接近し、魔力の供給を中断させれば攻撃も止まる。

 だが、彼我がの距離が縮まるたびに複数の槍が連携して俺を阻むように動くため近づくのはほぼ不可能と言ってよかった。


「才能に奢った貴様ら異世界人の力など!所詮まやかしだと知れっ」


「——っ!それだ」


 瞬間、頭の中に閃く策。


 いや、接近できないなら他の選択肢があるだろ。奴の不意を衝く手段さいのうが俺にはある。


 相手の攻撃に押され、焦っていると正しい選択肢が見えなくなる。失言によって冷静さを取り戻していたからこそ出てきた手段。

 ニーグの力は本物だ。習得している魔術、魔力量においてはかなうべくも無く、近接戦においてもほとんど俺と同等の実力を持っている。彼のスペックはあらゆる面で俺を上回っている——だが、全てじゃない。

 一つでも二つでも相手に勝っている面があるのなら、それで勝負すればいいのだ。

 攻撃してきた槍に逆に飛び乗り上へと登っていく。当然、他の槍が狙ってくるがあえて単調な動きで誘導する。複数の槍をギリギリまで引きつけたところで上空にジャンプ。そして、数秒間だけ意識を槍から体内の魔力へと集中。


「『グリーン・デュライサー』っ!」


 前に掲げた両手に渦巻く二つの風の刃が現れ、そしてそれを勢いよくぶん投げる。

 この魔術は消費魔力は少ないがその分威力も低い。一見すると他の初級魔術と変わらないように見える。

 だが——


「曲がれ、双刃!」


 意識を集中させ、イメージを思い浮かべる。すると、刃はそのイメージ通りに弧を描き、術を防がんとする石槍を避けていく。

 この魔術は初級魔術の中で最も魔力操作の影響を受けやすい魔術だ。例えば火球の魔術は俺がどれだけ頑張っても九十度しか曲げることができない。しかし、この魔術を『魔力操作』の才能がある俺が使えば、刃の軌道を自由自在に操れることができる。

 ニーグが自分の周囲を石槍で囲むが、刃はわずかな隙さえあれば魔力操作によってどこまでも奴を追う。今、奴の注意は飛来する刃にのみ注がれている。

 徐々に接近している俺に気づきもしないで。


「っ貴様、いつの間に!」


「もっと周りを注意すべきだったっ……なっ!」


 周りを石槍で囲んだニーグが逃げるとすれば上空しかない。事前に位置取っていれば、向こうから近づいてきてくれる。しかも隙だらけというおまけ付きで。

 がら空きの背中に魔力を流した木剣を叩き込む。

 奴の背骨が軋む感触が剣を通して伝わってくる。いくら魔術で強化されているとはいえ、この一撃は相当堪えるだろう。

 

「がぁ!異世界人めぇ、よくも、よくもぉぉぉ」


「その異世界人っていう呼び方やめろよ……」


 床に叩きつけられ、奴の瞳の一層憎悪を増していく。

 だが、俺はその瞳から目を逸らさない。人々から憎まれてもそれでも俺は生きていく。


「今の俺にはイェーリ・ドージっていう名前がある」

 


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