第13話 衝撃が食らう
最初は見捨てるつもりだった。他人を助けることを心情にしていたそれまでの自分を捨てるべきだと考えていたからだ。
父親の教えに反発し、地方の人が少ない集落から中央都市の魔術学園ゼスティアに出て行こうと思った時、そう決意した。
だから、まず見た目を変えた。都会の奴らに舐められないように、それまでの地味な格好をやめて派手な格好に変えた。
それと同時に派手な見た目に合うように性格も変えようと思った。
都会は騙されやすいから、自分のお人好しなところや正義感の強いところは利用されてしまうだろう。利用されるくらいなら捨てた方がマシだ。常に明るく、不真面目に、まるで軽々と生きているような適当な性格であろう。
しかし、十数年同じだったものをすぐに変えるなど無理な話だった。
罪人と呼ばれ大勢に追い詰められている彼の姿を見た時、頭の片隅に疑問符が浮かんだ。
善きものを愛し、悪しきを嫌う自分にとって、相手を見ればそれが善か悪かはだいたい見分けられる。だからこそ、彼が罪を犯すような人間とはとても思えなかった。
だが、その疑問符を消し、すぐにその場から立ち去ろうとした。
ここで助けたら今までの自分と変わらない。
それに、今は試験を優先すべきだった。試験に合格しなければ、あの家から出てきた意味がなくなってしまう。
合理的な理由で自分を納得させ、足を動かそうとした。しかし、根のようにこびり付いた今までの自分がそれを邪魔する。
新しい自分と今までの自分、二つが頭の中で喧嘩を始めて混乱を呼ぶ。それが頂点に達した時、憂さ晴らしのつもりで地面をぶん殴り、爆発させた。
期せずして彼を助けた形となり、後に引けなくなったので彼を助けることにしたのだ。
「俺を知りたいなら、戦いを見るのが一番手っ取り早いぜ」
大きく息を吐き、体内の魔力を循環させる。
今から使う魔術は父から教えられた。一般的な魔術から外れた田舎の魔術だそうだ。
父に反発して自分を変えると言っておきながら、父から教えられた魔術を使うしかないというのはなんとも皮肉な話だった。
「『
自分の中の争いはいったん置いておく。今はただ、目の前に広がる悪しきものを倒す、それだけに専念すればいい。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「日本語、いや和言葉か。あの魔術は」
先の魔術の詠唱は従来の英語を基にしたものとは明らかに別物だ。名前を聞いたときにもしかしてとは思ってはいたがやはり間違いない。無道は師匠が言っていた漢字の名前を持つ人間だ。
この世界の歴史や文明についてはまださっぱりわからないが、彼の魔術と漢字の名前の人間に関連があるのは間違い無いだろう。
無道の魔術の詠唱が終わり、その効力が表れ始めた。
赤い火のような魔力が彼の手と脚に纏わり付く。その魔力の動きは生きているかのような躍動を見せており、他の魔術とは異なることを一層感じさせる。
手前に二人の追跡者が迫る。武器を抜き、お互いの間合いに入った。
「はっ——!」
無道の姿がその場から消え、火柱が散った。
一瞬だ。気がついたときには彼は一人目の懐に飛び込み、正拳突きの構えを取っていたのだ。
追跡者は何が起こったか分からないという顔をしていた。そして、その顔のまま鳩尾に正拳を叩き込まれ、意識も体も地に落ちた。
「……ぇ……!あっ——」
次の追跡者は地に伏した一人目を認識し、ようやく自分達が攻撃されていることに気がついたが、それはあまりにも遅かった。声を上げようとした矢先に顎に飛び膝蹴りをくらい、一人目と同じように沈黙する。
速い、けどそれだけじゃないなあの動きは。
彼が使ったは強化魔術の類だろうが、それだけではあの速さに説明がつかない。発動時に感じた魔力からして、そこまで強力な術というわけでもない。
おそらく、彼が長年培ってきた武術の技法があの動きを可能にしているのだろう。
中国拳法や日本の柔道など、武術には距離を詰めるための特殊な足運びが存在すると聞いたことがある。意識の隙間をつく特殊な歩法や人間の目では捉えられない独特の動き、無道が使う武術にはそれらの技術と似たようなものが組み込まれている。それに身体能力の強化が合わさり、一筋縄ではいかない動きになっているのだ。
そんなことを考えている合間にも、無道は敵をばったばったとなぎ倒していく。
並大抵の魔術師では彼の姿を捉えることは不可能だろう。眼を凝らしてもそこに彼の姿はなく、ただ火花が散るのみ。
「近接戦だけなら、間違いなく俺より強いな」
格闘一辺倒で戦っているので、魔術の撃ち合いがどれほどなのかが分からない。
もう少し観察していたかったが、ずっと無道ばかり見ているわけにもいかない。こちらに向かってくる敵の数も増えてきている。
相対する敵と戦っていると、今まで考えてこなかった可能性が頭の中に浮かんできた。
この騒動には、今この場にいない黒幕のような存在がいるのではないだろうか。
異世界に来て一月ほどの——しかもその間ずっと山奥にいた——俺が周囲に存在を知られているなど、本来あり得ないのだ。だとすれば、俺のことを周囲に広め、襲うように仕向けた黒幕が必ず存在する。
そして、その黒幕は試験を受けるまでの1ヶ月で俺に接触した人間。そうなると必然的に修行をつけてくれたシェスタ師匠やその手助けをしてくれた隊員の人達も容疑者となってしまう。
しかし、俺は彼らを疑うようなことはしたくなかった。
彼らは異世界に来て不安だった俺に真摯に接してくれた、魔術師と生きるために1ヶ月で精一杯のことを教えてくれた。無道のような人をみる目があるわけではないが、師匠達が異世界人である俺を心配してくれたのは嘘ではないと断言できる。
そうなると容疑者は一人に絞られる。異世界に来て早々に俺を殺そうとした男、アネス・デラ・メレスザード。現状、奴が黒幕である可能性が最も高い。
ちょうどいい、答え合わせをするか。
「なあ、そこの人。俺の存在を教えた張本人を教えてくれないか大体見当はついてるんだ」
「……言うことはない。罪人が口を開くな」
手近な敵に木剣で応戦しつつ質問するも、他と同じくだんまりを決め込んでいる。
だが——
「俺は、
「——っえ!?」
なんと分かりやすい反応だろう、驚きすぎて魔術の詠唱が失敗している。
その反応で確信した。やはり黒幕はメレスザードだ。
しかし、黒幕がわかったからと言って俺の目的——扉を見つけて入学試験に合格——は変わらない。扉を見つけて外に出てしまえば学園の中にいる奴らは手出しできないし、その後は師匠と相談して対策を立てればいい。
それだけの話……のはずだ、多分……。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
男は魔術で映し出される映像を無言で見つめていた。
そこには、標的が追跡者達を次々と打ち倒す姿が映し出されている。
不快だ。男は計画が狂ったことに怒りを感じていた。
本来ならば、あいつはここで呆気なく倒されるはずだったのだ。そのために有象無象共を誘導して奴が抜け出せない状況を作ったと言うのに。
その状況に予想外のイレギュラーが割って入り、場をかき乱したせいで包囲網は完全に崩壊。バラけたところを各個撃破され、逃亡するものまで現れる始末。
この顔の罪人を捕らえたもの、及びそれに協力したものに扉の場所を教える。
この条件によって、多くの受験者で手駒として使えるようになったのは良いが、手柄の奪い合いになってしまったのは失策だった。そうならない様に、協力したもの、の一文を付け加えたが標的が一人だけだった時点でこうなることは避けられなかったか。
「扉を探す努力もせず、楽に合格したい奴らに頼ったのが元より間違いだったな」
「メレスザード様、それはどういう——がっ」
そばにいた受験生の首を締め上げる。家名を聞いて媚び諂い、他人のおこぼれで合格する様な三流魔術師はゼスティアには必要ない。このゼスティアは数ある学園の中で最も優秀な者のみが集まる場所なのだから。
「もういい。私が直接奴を殺す。忌々しい異世界人などこの世界には不要だっ!」
男は怒りを胸に標的の元へと向かう。大義の裏に私情を孕みそれでも大義を謳う、そんな怒りを抱いて。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「『
「『レッド・フレアシュート』!!」
俺と無道の魔術が敵の防御魔術を打ち破る。どちらが優勢かは日の目を見るよりも明らかになっていた。
残った敵は逃げるか戦うかで迷っているようだ。迷うくらいなら逃げればいいと思うが、メレスザードから余程良い報酬が用意されているのだろう。
「さて、どうするか」
向かってくるなら戦うし逃げるのならば追わない、そう決めているのだがどちらでもない奴らにどう対処したものかと思惑していた時、声が響いた。
「全員、罪人とその仲間を取り押さえろ。これは命令だ」
ひどく威圧的な声だった。侮蔑の声音と事務的なリズムが混ざった嫌な声。毎日聴いていたら、それだけで自然と自分の立場が下だと思い込んでしまいそうだ。
声の出所は無道が開けた天井の穴の上の教室からだった。遠くてはっきりとはしないが微かに人影のようなものが見える。
「まずいぞドージ!止まってた奴らが一斉に動き出した!」
「っ!よくもまあそんなホイホイ命令を聞けるものだなっ!」
迷っていた奴らが半狂乱になりながら俺たち二人に向かってきた。先ほどとは打って変わって、全員が傷つくことを恐れない特攻兵のように襲ってくる。まずい、この状況は想定していないかった。
俺と無道は捕まらないように動いたが如何せん数が多買った。そしてここまでの戦闘で集中力が切れかけていたのも災いし、手足を掴まれ数人がかりで地面に組み伏せられてしまう。
そして、地に伏し見上げた天井の光景に俺達は戦慄した。
「『
天井を覆い尽くすほど巨大な炎の球体が嵐のように輪転している。薄いオレンジ色の炎の中には真っ赤な炎が竜の形となって飛んでいた。
見たこともない現象、聞いたこともない術名、しかしこれだけは言える。
あれを喰らったら、死ぬ。
落下速度は一見ゆっくりに見えるがそれは球体が大きいからそう見えるだけで実際は普通の火球と変わらない速度で迫ってきている。
「メレスザード様……なぜ?」
受験者も自分達もろとも攻撃するとは思わなかったらしく、空を見上げて唖然としている。
「なぜって、そりゃあんたらを見限ったからに決まってるだろうが!このままじゃ全員死ぬぞ!」
力が弱まったのでするりと立ち上がり、茫然自失の体の受験者の胸ぐらを掴み怒号を上げる。
もはや球体の接触まで少しの猶予もない。たとえ俺の襲ってきた敵とはいえ同じ人間、見殺しにするのは気分が悪い。
「倒れている奴を背負って脱出しろっ。魔力を惜しむなぁ!」
魔術で身体能力を強化し、倒れているものを担いで出入口へと急ぐ。
背後にまで迫った球体からは尋常じゃないほどの熱気が発せられ、逃げる背中を熱風が仰いだ。
「熱っ!急げ、急げっ、急げえっっ!」
間一髪、部屋の外へと脱出して扉を閉める。安心も刹那——
「全員!床に伏っ——ぇ——」
無道の言葉は爆発音でかき消され、着弾の爆風によって扉が吹き飛んだ。
あらゆる破砕音が際限なく響き渡り、煙によって自分の腕すら見えなくなる。
俺はに地面に伏せて音と煙が止むのを待った。力の差に歯噛みし、怒りに身を震わせながら。
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