第11話 シンエントトビラを垣間見る
バンジージャンプやスカイダイビングといったものを俺は経験したことがない。その時に体験する浮遊感はきっと今のような感覚なのだろうと俺は思った。
まあ、今は命綱もパラシュートもないわけだが。
「おわぁぁぁぁっぁ落ちぃぃぃぃぃるぅぅぅ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
現在、俺、家入瞳時改めイェーリ・ドージはたまたま試験で一緒になったシュシュル・エルデラードと共に穴の中を絶賛落下中だ。
追手から逃げるためとはいえ、ここまで深い穴だったとは流石に予想だにしていなかった。階段や迷路もそうだが、この学園は普通ということを知らないらしい。
それはさておき、今はこの状況を何とかしなければならないだろう。
お礼に俺を助けてくれるというのなら、遠慮なくここで彼を頼ることにする。
「シュシュル、箒で飛んでくれ!準備はしただろう!」
「はいぃ分かりましたぁ」
良かった。パニックになりやすい彼のことだから、このまま上手くいかず二人揃って投身自殺なんてことも考えていたが、事前に伝えていただけあってそれは免れそうだ。
シュシュルが箒に魔力を込めると少しずつ彼の落下速度が落ちていき、上にいる俺に近づいていった。
「シュシュル、頼むっ」
「ドージ、手を!」
伸ばされた二人の手が何度かのすれ違いを経てしっかりと結ばれる。
俺はそのまま箒の後ろ側に跨り、黒い大穴を進んでいく。
「このまま下まで降りていくぞっ」
「この深さだと学園の最下部に行っちゃうけどいいの?」
「今戻っても奴らがまだいるかしれない、それに学園の最下部だったらまだ誰も扉を探してない可能性が高い」
「分かった、じゃあこのまま突っ切るよ」
段々と差し込む日の光は薄くなっていき、代わりに穴の奥からいくつもの青緑の光が俺達を照らしている。さらに潜ると穴の周りにその輝きを放つものの正体が目に入った。
それは闇の中で道しるべのように光るのは透明な石だった。中心から放たれる光はどこかただならぬ雰囲気を持っている。
「これは
「何だそれ、特別な石なのか」
「うん、魔力を通す鉱石の一種で魔導具の素材として使われているんだ。でも、これは普通ボイドにしか発生しないしないはずなんだけど」
『ボイド』、俺が目指している場所の一つだ。地下深くに何層にも連なっており、俺が探している世界転移の魔術が存在すると言われている。しかしボイドを探索するには一定以上の『Class』が必要なので、今は立ち入ることができないのだ。
聖魔翡翠の光の中を進み出口にたどり着く。狭い穴の向こうには大きな空間が広がっていた。
ドーム状の構造で周りにいくつもの道が存在する。翡翠の光が届いているものの、全体的に薄暗い雰囲気を纏っている。
「なんだろう、ここ。不思議な感じがするけど、何をする部屋なのかな」
「さあな。ここにも扉はないようだし、あそこの階段から上に——」
言葉が途中で途切れ、獣くさい匂いが鼻腔に届く。
即座に匂いの方向に注意を向け、戦闘態勢に入る。
「何か来る。それも魔力を持った何かが」
道の奥から小さな足音とともに近づいてくる何か。足音のリズムが止まったと思った途端、その何かは影の奥から強襲してきた。
「なっ!狼、いや化物!」
光に照らされその全体像が明らかになる。
狼ほどの大きさの獣だ。耳と牙と四本足、そこだけなら普通の狼と変わらない。しかし、頭が左右に二つ存在し、その間の谷間には歯が円状に並んだグロテスクな大口が開いている。
「キモいんだよ……なぁ!」
飛びかかる化け物の大口に蹴りを喰らわせて吹っ飛ばす。
すぐさま、シュシュルに声をかけようと振り向いたところで、いつの間に近づいたのか、もう一匹の獣がすぐそこまで迫っていた。
「頼む!イッ、『イエロー・プロテクション』!」
防御の構えを取ろうとしたところでシュシュルの魔術が間に合い、防壁が二体目の獣も吹っ飛ばす。
「もしかしてあれが『魔晶』か。人々に害をなすっていうあの」
「そうだよ。でもなんでこんなところに。もしかして試験の一つぅ!」
『魔性』。ボイドに存在する魔術世界に害を振りまく存在の総称。
魔晶にも種類があり、こいつは普通の獣がボイドで変質し人々を殺すようになった『魔獣』だ。修行の時に師匠から話は聞いていたがまさか入学試験で会うことになるとは。
「シュシュル!こいつら殺していいんだよな」
「当たり前だよ!抵抗しなきゃ奴らの餌になる」
「そういう話なら加減はなしだ!」
この世界の魔術というのはとても殺傷性が高く、初級の魔術でも生身で直撃したら大怪我を負うような危険な代物だ。だからこそ、人と戦うときは魔力を調整して威力を抑えたり、身体能力を強化して耐えられるようにしたりと対策をしなければならないのだが、害獣にそんなことは関係ない。
「気をつけて、あいつら魔術を使うから」
「避ければ問題ない!」
駆け出すと同時にシュシュルによる魔術で身体能力が大幅に強化される。
いつも以上に体が素早く動き、気分はさながら超人だ。
彼の使った身体強化の魔術が優れた中級クラスのものだからだろう。これまでの戦闘でも彼の魔術のサポート面において非常に優れていた。
弱いと思ってたこと謝らないとな。
「そのためにも、お前らはさっさと消えてもらう」
術式を発動させた木剣で魔獣を正面から叩き落とす。
その一撃に優しさはかけらもなく、叩き潰された死体の姿にも当然慈悲はない。
魔獣の野性的な動きも今の俺の動体視力なら捉えることは容易かった。遠くから打たれる魔術も身体能力とシュシュルの防御魔術で事足りる。
ものの五分程度で十数体の魔獣の始末は完了して、俺たちは胸を撫で下ろした。
「やったね、ドージ」
「ああ、それとごめんな。シュシュルのこと、心の中で弱いと思ってたんだ。追手から逃げることができたのも、戦いを楽にこなせたのも、シュシュルの力あってこそなのにな」
「えっ。いやいいってそんなこと、僕が弱いのは本当だし。元はと言えば迷惑かけた僕が悪いから。それに、褒められると顔がにやけちゃうんだ」
そうして俺とシュシュルは互いに握手を交わした。
もし、お互いに入学することができれば、その時は友達になりたいな。
「さて、これで約束は果たされた訳だがこれからどうする?ここに扉はなさそうだけど」
「いや、あるかもしれないよ。感じるんだ、他の場所とは違う何かを」
シュシュルはこの場所から異質なものを感じ取っているようだ。対照的に俺は何も感じないが。
おそらく、これはシュシュルの魔術的素質あってこそのものだろう。彼は俺にないものをもっているのは間違いない。
「この違和感の出どころは……ここだ!」
シュシュルは部屋の中央の床に座り込んで、手で何かを探っている。
しばらくして、彼が中央の少し窪んだ所に手を突っ込んだかと思うと、そこから六角形の細長い支柱を引き摺り出した。
「それが違和感の正体か」
「うん、これの使い方もわかる。少し離れててドージ、魔力を大量に注ぎ込むから」
俺が距離を取ったのを確認すると、シュシュルは支柱の真ん中に両手を当てて目を閉じた。
次の瞬間、彼の内部の大量の魔力が支柱に注ぎ込まれる。あまりの量に彼の周囲の空間が揺らぎ、俺の頬にピリッとした感触が走った。
すごいな。戦闘を複数の戦闘をした後にもかかわらずまだこれほどの魔力量を保持しているとは!
次第に、魔力を注がれた六角形の角から聖魔翡翠と同じ薄緑色の光が線状に伸びた。伸びた光は地面を伝って行くつにも枝分かれしいく。30秒ほどで光はドーム状の天井にまで届き、暗かった部屋が薄緑の輝きに満たされた。
「綺麗だ……」
「これだけじゃないよ、そろそろ
光の線が俺達の入って来た大穴まで届くと一際眩い輝きを放ち、中心に向かって太めの光が舞い降りて行く。
その光はまるで、勝者に送られるスポットライトのように眩く、照らされた部分とそれ以外をはっきりと隔てているようだった。
「見て、ドージ。扉だよ」
光が収まると、シュシュルの正面に一枚の扉が存在していた。そして、その意匠、見間違うはずもない。
コバルトブルーが一面に染められ、外縁とドアノブには金色があしらわれた両開きの扉。
この迷宮めいた学園から脱出するための——合格のための扉。
「魔術師としての力を見せよ、なるほどな」
扉がどのようにして現れるのか、そのヒントを掴んだ気がする。
見事扉を見つけたシュシュルに賛辞を贈ろうと駆け寄ったが、肝心の本人はどこか不安そうな面持ちだった。
「どうしたんだよ、もっと……こうヤッターって感じで喜ぶんじゃねーの?」
「だっていいのかな、僕なんかが。弱くて臆病だし」
「いいに決まってんじゃん。この扉だってお前だったから見つけられたんだぜ」
おそらく、俺の魔力量では扉を出現させることは不可能だった。この空間の違和感に気付いたのも、出現させる魔力量があったのも、みんなシュシュルの功績だ。
「シュシュルはさ、もっと自信を持ってもいいと思うぞ」
「そうかな、ずっと賞賛や信頼とは無縁の人生だったから。ありがとう、ドージ」
シュシュルが取っ手を握って扉を開くと太陽の光と共に学園の外の光景が目に入る。
今更ながら、扉が魔術によって空間を繋いだものだと気付いた。
そうだよな、彼の目の前に薄っぺらい扉が現れた時点でその可能性しかないよな。
よく国民的アニメでもこんな扉出て来たよなぁ、名前は確か……d——
「ドージ!!」
扉の前で立ち止まっていたシュシュルがいきなり大声を出すものだから、心臓が驚きで跳ねてしまった。
「君が合格できたら……僕と、僕と友達にっ……なってほしい!」
彼のその願いは意外なものだったが、友達になってほしいというのは俺にもとっても願ったり叶ったりだ。
その声は上擦っていて、辿々しい言葉だが、決して笑うべきではない言葉だ。俺も彼の心に真剣に答える。
「もちろん、合格するから楽しい学園生活送ろうぜ」
「っ!ありがとう!!!」
その言葉を残し、彼は扉の向こうへと走っていった。
一人しか通れないというのは本当らしく、役目を終えた扉は霧のように霧散する。これでまた、一から扉探しをしなければならない。
だが、
「ヒントは得た、理由も増えた、やる気を出すには十分すぎる」
階段を上り、再び激しい競走に身を投じる。
学園の窓から見える太陽はほぼ真上を向いていることから、時間はおそらく正午頃。
試験は中盤に差し掛かろうとしていた。
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