第10話 アウトスカーツの金色少年
「あぁ、すみません。このような愚かな者ですみません」
男の名前はシュシュル・エルデラード。風に靡く金髪、淡麗な容姿、そして名の知れた魔術の家系という恵まれた環境におかれた一人の受験者である。
「やっぱり僕なんかが試験を受けるべきじゃ、でもゼスティアに入らなきゃ家名に傷が。でも、しかし……」
ぶつぶつと独り言を続ける彼は足を引っ掛けて何もないところでつまづいた。
「ぎゃっ」
そのまま地面に倒れ込み顔を打つ。
自分の鈍臭さに心底うんざりしていた彼はゆっくりと起き上がり、大きなため息をついた。
男の名前はシュシュル・エルデラード。平均未満の身長、ボロボロの運動センス、そして背負いきれない家名という無惨な実態を持った一人の魔術師である。
彼は自己承認というものを持ち合わせておらず、自らを褒めることも誇ることもない。常に他人の目を伺い続け機嫌を損ねないように振る舞うことを何よりも大事に置く人間だった。
優秀な家系の子供が優秀とは限らない。エルデラードという名だけでも彼が背負うには重すぎた。それだけならまだしも、家名と共に受け継がれた魔術が彼の体に負担をかけていた。それ故に、彼は色彩魔術を覚えるのがとても遅く、それをカバーする身体能力もない。『家』という存在に押しつぶされた人物、それがシュシュル・エルデラードだった。
「このままでも仕方ない……箒に乗ろう」
手に持った箒に跨って魔力を込める。すると箒が宙に浮き、少しずつ加速していく。
しかし——
「やばやばっ!速くしすぎたぁぁ。怖いぃぃぃぃぃ」
この箒、扱い方がとんでもなく難しい上にやたら消費魔力が多い為、魔術師の間では不人気の代物だった。
そんなものを運動神経ゼロのシュシュルが使いこなせる訳が、
「あがギギギギギギぎぎぃぃぃぃぃーーーー!!!!」
なかった。
一発の暴走ミサイルと化したシュシュルは止まらない。
教室の扉を突き破り。
大穴を超え階段を越え。
戦闘中の受験者の間をすり抜け。
そして——
「よててえぇぇぇ。よけぇえぇえええくださいぃぃぃぃ」
「えっ、何だ。お前もて——」
襟足の結び方が独特な黒髪男に衝突事故を起こした。
「お前は……おまえ……おま……うっ」
「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
シェシェルの謝罪が甲高く学園に響いた。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「だからもういいって。頭下げすぎだ」
俺が目の前の男との事故から目覚めて十分が経過している。
その間、その男はずっと頭を下げ続けていた。他人に頭を下げるのは慣れているのか姿勢が妙に綺麗だ。
「それよりそろそろあんたの名前を教えて欲しいんだけど」
目の前の男は俺を追っている受験者ではないだろう。もし、彼が俺を狙っているのなら気絶している間にどうとでもできたはずだ。
「えっと……僕の名前はシュシュル・エルデラードです。ほんとにごめんなさい」
「シュシュルか。わかったよ。試験中だけど今は休戦ってことでいい?」
「あっはい。それでいいです。僕なんか戦ったって誰にも勝てませんし」
しかし、どうにも見た目と言動が合わない男だ。
低めの身長に肩まで垂らした金髪、白い肌と手。風貌だけならどこかの国の王子と勘違いしそうになるのに、おどおどしていたり、周りを極端に警戒していたり、風貌からは考えられないほど臆病だ。
「あの……名前を聞いても」
「ああごめん、名乗るのを忘れていた。俺はイェーリ・ドージ、よろしく」
初めてこの名前で人に名乗った。
サラッと声に出せたが内心では少しドキドキしている。
不自然な名前ではないはずだが。
「いや……僕の名前……やっぱりなんでもないです」
「?まあいいや、俺はもういくよ」
正直、魔術世界の自分と近い年の人と話したいと思わないでもなかったが、今は試験の真っ只中、離れた方がお互いのためであろう。
「待ってください!迷惑をかけたお詫びをしてません。怪我をさせてしまったのですからそれ相応の代償を払わなければ!」
「いや代償って大袈裟な、怪我もそこまでのものじゃないし」
怪我らしい怪我といえば後頭部に衝突した時のタンコブくらいだ。少し腫れているし痛みもあるが支障が出るほどのものではない。
しかし、彼は代償を払うといって聞かない。俺がいくら良いといっても納得する気配はないから、こちらが折れるしかなかった。
「お願いします。どうか……どうか」
「分かった。じゃあ一回だけどこかで俺を助けてくれ。それでいいだろ」
「あぁ……ありがとうございます。誠心誠意お助けします」
そうして、俺は変わった魔術師と共に学園を探索することとなった。
そうして、移動中に幾つかの戦闘をこなしたが一つだけ分かったことがある。
弱い。
まだ魔術師は数えるほどしか見たことないが彼は戦闘に向いていないんじゃないかと何度も思ったことだろうか。
一言で表せば要領が悪い。一つ一つの動作に無駄が多いし、近接戦闘が全くできない。おそらく大元の原因は緊張のしすぎなのでそれを治せばいいのだろうが、度合い的に簡単には行かないだろう。
しかし、悪いところだけではなかった。
彼は覚えている魔術の種類がとても多く、戦闘中に様々なサポートをしてくれた。そして、魔術を多く使うにもかかわらず疲弊している様子を一切見せない。おそらく、魔力量がとても多いからだろう。
今はまだ弱いが磨けば光る、そんな人物だった。
「そういえばあんたっていくつなんだ?」
「歳ですか、十七です」
「えっ!マジ!?」
俺より二つも年上なのかよ。これで!?
部活をやっていた俺にとって歳上というのは頼り甲斐があったり尊敬できるイメージが強かった。無論、人は様々だからそれはあくまで俺が持っているイメージでしかないので偏見を持つのはいけないことなのだが、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
「えっと俺は十五歳だ。まあ、そのなんだ、歳上とは思ってなかったんでな」
「ああ、そうですよね。こんな情けないのが歳上だとは思いませんよね。すみません」
「いや……あの、その」
俺も内心で半分くらいはそう思っていたのでうまく取り繕うことができない。
元の世界でこういうタイプの人と接したことがないので、どうコミュニケーションをとったらいいのかわからないのだ。
「それはともかく、僕はあなたをなんて呼んだらいいですか。イェーリさん?イェーリ君?」
「いやドージでいいよ。イェーリ呼びは好きじゃないんだ」
イェーリと呼ばれると自分の存在が何処にあるのかわからなくなる。
こっちで考えたイェーリという偽名より、元の世界でも使われたドージというあだ名の方が好ましい。
「分かりました。私はシュシュルと呼んでください」
そこから俺とシュシュルは学園の内側へ探索を進め、中央から少しずつ下の階に降りて行った。
城の構造は上へ行けば行くほど一つの階が狭くなっていく。それは他の受験者と遭遇する可能性が大きくなることと同義だ。
上層階で下への階段を塞がれてしまうと上へ逃げるしかなくなる。そうなれば、最上階で追い詰められるのは必至。この入り組んだ構造を利用するには下の階の方が都合がいい。
「と思ってたんだけどなぁ」
「見つけたぞ罪人だ。追って捕らえろっ!」
運悪く角を曲がったところで受験者と鉢合わせてしまった。それも俺を追っている追跡者で複数。
「どうして脱出ゲームのはずなのに鬼ごっこ強いられているんだか」
「ドージ!罪人って何。君何か変なことしちゃたの!」
「そんなの俺が知りたいわ!」
英雄や勇者と呼ばれるならまだしも罪人呼びは気分が悪い。いい加減俺を狙う理由を聞き出したいところだが生憎人数が多いし、今はシュシュルが隣にいる。手伝ってくれるといっても、全く無関係の人間を荒事には巻き込めない。どうにか複雑な迷路を生かして撒くしかないだろう。
薄暗い教室を通り抜けようとした時、反対側の扉が開き新たに受験者が現れる。
「あいつだ。あいつさえ捕えれば!」
「ふふっ捕まれよ!」
無関係な受験者であることを望んだがそんな甘い出来事はなかった。
しかし、本格的にまずいことになってきた。
「どうしようドージ、挟まれちゃったよぉ」
「弱音を吐くな。奴らの狙いは俺だからお前は見逃してくれるはずだ」
「それはダメだ!まだドージを助けてない!」
さっきといい、今といいこいつは変なところで頑固な奴だな!
俺達はじりじりと教室の中央へと追いやられていく。
相手は十数人。実力は未知数。仮にこいつらが全員俺より弱かったとして魔力の消費は免れないだろう。まだ扉について何の手掛かりも得られていない今、魔力を大量に消費するのは愚策極まりない。
「大人しく捕まれば痛い目は見ないぞぉ。それとも気絶して無様に運ばれるのがお好みかぁ」
「生憎、どっちもごめん被りたいね」
強がってはいても後ろに下がるしかないのが悲しい現状だ。
頬に垂れる冷や汗を拭いながら後ずさり、踏み締めた床から軋んだ音が鳴る。
「ん、これは」
違和感を感じ、足で床を二、三度叩く。軽い音がやけに響いた。
間違いない、この床とても薄い。しかも音の響き方からして、床下には大穴が空いている。
瞬間、頭に閃く一つの作戦。
切羽詰った今、その作戦の是非を問う時間はなかった。
「シュシュル、俺が合図したら床に向かって攻撃しろ、それと箒の準備も頼む」
「分かったよドージ」
小声で作戦を伝えた俺は腰の木剣を引き抜き右手で構える。
相手が動く前に作戦を実行するぞ
「何だやるのかこの人数差でぇ。罪人が英雄気取りですかぁ」
「罪人でも英雄でもない。まぁ見てろって——シュシュルッ!!」
「はいっ!『ブラウン・ロック・バスター』っぁ!!」
シュシュルの攻撃と同時に俺も術式を発動した木剣を地面へと叩きつけた。
響く轟音、割れる木床、現れる大穴、呆然とする受験者達。
そんな中、恐怖と歓喜の声を上げる者が二人。
「シュシュルッ!落ちるぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「はいぃぃぃぃぃ!!」
穴に落ちているというのに、俺達は表情はまるでテーマパークのアトラクションに乗る子供のように無邪気だ。
俺はこの時、心の底から笑っていた。
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