第9話 四方八方彼方を抜け

 学園を駆け抜けていく。

 ひたすらに想像の上をいく混沌に包まれた、学園を丸ごと使った贅沢な迷路。そんな場所に俺はいた。


「うわっ、また行き止まり。勘弁してくれ」


 長い長い階段を登ったにも関わらず、着いた先は虚無の壁。

 先程から様々な場所を探索しているが、そのどれもが無秩序なものだった。

 教室の扉を開いたかと思えば中には上下左右の階段しかない部屋だったり、便所に開いた穴を潜ったら中庭に続いていたり、幾重もの扉を開いた先によくわらない銅像があったり、一つとしてまともな理解などできないことばかり。むしろ、理解できるものならしてみろとこちらを嘲笑っているかのようだ。


「混沌や無秩序は迷路として当たり前なんどろうけど……けど!」


 こうも脱出の扉の手掛かりが掴めないとフラストレーションが溜まってしまう。

 階段の上り下りを繰り返し、暗がりの道を進んだ先に光が見えてくる。

 いつもならそのまま出ていくところだが、光の先に違和感を感じ取ったので手前で歩みを止めた。

 曲がり角の陰に潜み、違和感の正体を探る。


「あれは人?いや、訓練用の魔術人形か」


 光の先は廊下のようだった。

 そしてその廊下の真ん中に二体の人形が陣取っている。

 遠くにいるので見えにくいが、あれは確か魔力を秘めた特別な素材で作られた魔術訓練用の人形だ。俺も師匠との修行中に何体も戦ったが、眼前のものは人形の意匠から判断するに、修行時より強い人形だろう。


 さて、どうしよう。戦うか否か……。


 試験が始まって初の会敵。魔力を温存するのならば、ここは来た道を戻って別のルートを探すべきだろう。おそらくこの人形は学園中にいるだろうから、いちいち相手をしていたらキリがない。

 しかし、だからと言って戦うメリットが全くないわけでない。実際に戦うことで相手の力量がわかればこの先の判断に役立つ。

 そして何より、俺は自分自身の実力を確かめたかった。この一ヶ月の修行で自分がどこまでやれるのかを。

 十秒足らずの思考の末、答えは出た。


「『イエロー・ライズ』」


 陰に潜み身体強化の魔術を唱える。黄色の光が体を包み、手足が軽くなっていく。

 それなりの大きさの声で詠唱したので廊下の方にも音が伝わっているが人形が動く気配はない。人形は頭部にある一つ目の部分で一定距離の魔力を感知しているので音には反応しないのだ。

 彼我の距離を確認し飛び出すタイミングを図る。角に隠れて魔術を撃ち合うという選択肢もあったが、魔力の消費が多くなるし、覚えている魔術のレパートリーが少ないので上位の魔術を使われた場合撃ち負ける可能性がある。

 何より遠距離からの撃ち合いは俺の趣味じゃない。


「行くぞっ」


 角から勢いよく飛び出し、人形目掛けて突撃する。

 そして、距離が五十メートルを切ったあたりで相手が俺を認識する。


「「ガガッ。魔力ヲ感知。対処カイシ」」


「「術式、キドウ」」


 人形はこちらに気づくないなや、即座にこちらに手を向け、魔術の詠唱を開始した。

 一連の素早い動きと対応はさすが試験用の人形といったところか。

 俺は相手の攻撃を見切るため、向けられた手に意識を集中させた。


「「『グリーン・スパーダ』」」


 術式名を聞いて即座に頭の中の辞書を探る。

 『グリーン・スパーダ』。風で作られた半円形の刃を水平に射出する緑色の初歩魔術。そこまで速くなく、集まった風は魔力を帯びて薄い緑色になっているので、その魔術を知っていれば避けるのは難しくない。

 薄緑の刃が俺の眼前まで迫る。避けるタイミングが早すぎると相手が次の術式詠唱に入ってしまう。

 直撃ギリギリのタイミングを見切ってスライディング。

 さっきまで俺がいた場所を刃が通り抜けていくのを確認したら、スライディングの勢いで体を起こし再び距離を詰めていく。

 人形が次の魔術の詠唱に入ろうとするが、それより俺の攻撃の方が一歩早い。

 体内の魔力を操作して魔術発動の準備をしておく。

 手前にいる個体を先に片付けるべく接近。

 すでに詰まっていた距離がさらに詰まり、俺の間合いに入った。

 こちらに向けられた腕を潜り抜け懐に飛び込む。

 人形の腹部に赤い光を帯びた右手を突き出し——


「『レッド・インパルス』!!!」


 魔術を発動した。

 戦車の主砲のような轟音が響き、手の中で発生した炎の衝撃が人形の腹に大穴を開ける。

 この魔術は近距離でしか使えない。その代わり、初歩魔術にも関わらず高い威力を持っていて消費も少ない。近接戦を好む俺の戦い方にぴったりの魔術だった。


「ガガッ。術式——」


 一体目を倒したのも束の間、二体目の術式が発動しようとした。

 当然、そんなことは想定内だ。対策の術式もすでに用意済み。

 体を二体目に向けつつ、今度は左手を突き出し頭の中でイメージする。


「キドウ。『レッド・フレアシュート』」


「『イエロー・シェルシールド』!」


 突き出した手の前に黄色の魔力が集まっていき、盾の形となって相手の攻撃を防ぐ。

 各色に存在する防御魔術の一つ。その中でも黄色のシールドはクセがなく扱いやすい。


「お、うぉおおおおお!」


 盾で攻撃を防ぎつつ、左腰の鞘に手を掛ける。

 そして頃合いを見て地面を蹴った。

 瞬きの間に俺と人形は近いていき、同時にお互いの魔術が終了する。

 そのタイミングで俺は姿勢を屈めつつ回転しながら反撃に移っていく。

 回転の途中で鞘から木剣を抜刀。

 魔力を込めると術式が反応し、木剣に光が宿る。

 そして——一閃。


「せいっ!」


 放たれた斬撃は見事に中心にクリーンヒットし、人形を大きく吹き飛ばす。

 人形はそのまま廊下の壁に激突してバラバラに崩れていった。


「終わった……な。ふぅ」


 二体の人形が完全に沈黙したことを確認した俺は安堵の息を漏らした。

 この世界で初の実戦を終えたのだ。訓練ではない戦い。


「まずまず、と言ったとことろかな」


 戦闘は自分のペースで運ぶことができたし、相手の術式にもしっかり対処できていた。この1ヶ月の成果はしっかりと出ていたと判断して問題ないだろう。

 人形もそこまで強くはない、というのが俺の印象だった。術式は基本のものだったし、近接戦闘に対応し切れていない。楽勝というわけではないが、場合によっては戦闘という選択肢をとっても大丈夫なレベルだ。


「まあ、油断大敵だな」


 思い上がらないように自分を戒める。むしろ本番はこれからだ。

 これより上位の人形が存在する可能性は十分にあるし、受験者と争うことになるかもしれない。

 入学までの道のりはまだ遠い。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※ 



 試験が始まってから一時間ほど経過した。

 俺は学園の内部へと探索を進めていく。だんだんと窓の数が減っていき、ただでさえ入り組んだ構造が一層複雑になっている。

 もういくつ目かもわからぬ扉を開きの中に足を踏み入れる。


「おぉ、すげえキレー。本当に学園かよこれ……」


 中の部屋はまるで絵本の中の大広間をそのまま持ってきたかのような豪勢な部屋だった。

 壁やインテリアは白色と金色で包まれており、気品というものが自然と感じられる。天井はとても高く吹き抜けの構造になっており、大きなシャンデリアから溢れる光が部屋全体を照らしていた。

 今は試験中なので緊張感を保っておくべきなのだが、こうも立派な部屋を見せられては見惚れるのも仕方のないことだろう。もっと全体を見渡すべく部屋の中心へと無遠慮に歩いていく。


「——けたアイツだ。アイツを——せば、——で——」


 コツコツという子気味よい足音と周囲の美しさを満喫していた俺は、完全に警戒を怠っており遠方の声にほとんど気づかなかった。というより、その声はもともと届かせる気のない声なのだから気づかないのは当然か。恥ずべきはどこだろうと戦場となり得るこの学園で呑気に物見遊山をしていたという事実だ。


「『ブルー・スピアツヴァイ』」


 魔術によって作られた巨大な氷の槍が上空から俺を狙っている。

 その事実に気づいた時には、槍が俺のすぐ側まで迫っていた。


「おわぁっ。——っ」


 間一髪、身を翻しその場から飛び退くことによって槍を避けることができた。

 しかし、無茶な姿勢でかわしたところに槍と地面の激突から発生した暴風が吹き、俺を壁の側まで吹き飛ばす。

 どうにか姿勢を保ち、周囲に目を光らせる。

 襲ってきた槍の方向から考えて、魔術を撃った居場所は階段を上がった二階のどこか。そして姿を隠していることから相手は十中八九同じ受験者。残りの一、二は上位の人形という線。しかし、俺は相手は人間だとなぜか直感していた。

 どちらにせよ、さっきの人形より強いことには間違い無いだろう。


「誰だっ!姿を現せ!」


 声に反応はない……


「隠れてるなら見つけてやる——」


 攻撃のこない今のうちに距離を詰めるのが最適解。

 その場からを即座に走り出し、二階へと続く階段を登っていく。

 身体強化の魔術を使うことも考えたが今はまだ魔力を温存しておくべきだと判断した。今はまだ相手の実力を探る段階なのだ。相手の実力が未知数である以上、逃亡という選択肢を取れるようにしておきたい。強化の魔術の効力は一定時間で消える。いざ、逃亡の時になって魔術が切れるなんてことは避けなくてはならない。

 二階に登ったら一旦停止して警戒の糸を張り巡らせる。外周に数十個の支柱が立ち並ぶこの場所では相手がどこに隠れているかわからない。

 しかし、今なら相手の詠唱が耳に入る距離にいる。詠唱の声は小さすぎると術式が起動しないため、唱える際に距離が近いと相手に感知されてしまう。俺は相手が術式を唱えた瞬間に声の方向に向かえばいい——


「と、ここまではお前もわかってるよなぁ」


 相手に挑発を込めて言葉を発してみる。

 返事は当然ない。相手側も自分の居場所をばらしたくないのだろう。

 だがこれでは膠着状態だ。向こうが何らかのアクションを起こさない限りこちらは動きようがない。

 試験は扉を見つけることであり同じ試験者を打ち倒すことではないのだから、相手も時間を惜しんですぐに動いてくると思ったのだが何もない。

 

 妙だな、俺のような受験者に時間を掛けるメリットなんてないのに……


 とにかく、このまま時間を無駄にするわけにはいかない。

 多少危険だが、こちらから隙を見せて相手の魔術を誘発する。


「さっきからお前は何もしないなー。時間の無駄だからもう行くわ、じゃあな!」


 呆れた口調で言い放った俺はゆっくりと階段の方へと歩いていく。

 だが、実際には今まで以上に感覚を鋭敏にして周囲を警戒していた。

 階段を一段、また一段と足音を立てて降りていく。ゆっくりと相手の感情を逆撫でするように。

 七段目の階段を下りた時、響いたのは足音ではなく声だった——。


「『イエロー・Lプラズマ』!」


 男!後方!雷が来る!

 咄嗟にその場で背面飛びをして空中に退避する。

 直後、ライン状の電撃が元いた場所を焼く。

 俺はそのまま空中で一回転して二階の手すりにいったん着地、すぐさま襲撃者のいる柱の陰へと向かう。


「なっ!クソッ、聞いてないっ」


 そこから飛び出した男は壁沿いの通路の方へと走っていったため俺も追跡する。

 速力は俺の方に分があり、距離はすぐに縮まっていく。

 そのことを悟ったのか、男はこちらに振り向き腕を突き出した。


 まずい、この狭い通路では……


 防御魔術を使ったとしてもタイミング的に一定時間足が止まる。そうなれば、相手に魔術を撃つ時間を与えてしまう。そうなれば、こっちが一方的に打ち続けられるのは必至。


 ならばこそ、跳ぶ


 縁の手すりから跳んで空中に、そして即座に魔術を唱える。

 タイミングはほぼ同時。


「『イエロー・Lプラズマ』っ!」


「『グリーン・アトカルスフィア』!」


 体の周りを薄緑の光が弾け、周囲の風が球状になって俺を包む。

 その風が身動きの取れない空中で少しばかりの自由を与えてくれる。

 姿勢を操作し雷を回避、そのまま男の正面目掛けて急降下。


「くっ、この野郎がぁ」


 相手が再び腕を向けて魔術を使おうとする。しかし、この近距離においてそれは許さない。

 着地と同時に左の掌で相手の腕を突き上げる。

 体勢が崩れ、生まれた隙を俺が逃すはずもない。


「少し、荒いが」


 勢いを付け、回し蹴りを放つ。

 綺麗な弧を描いた蹴りはがら空きの脇腹に直撃。その勢いで男を通路から叩き出す。

 飛べない人間を空中に放り出したらどうなるか——考えなくなくてもわかる。


「がぁ、あぁぁあぁぁぁぁ」


 鈍い音と共に床に激突した男はあまりの痛みにのたうち回っていた。

 そこまで高さはないとはいえ、魔術の強化もない生身で受けたらひとたまりもない。

 これでしばらくは動けないはずだ。


「俺の勝ちでいいかな。あんたに聞きたいことがある」


 下に降りて、苦痛に悶えている男に語りかける。

 こいつにはいくつか質問したいことがあった。


「…………」


「だんまり……なら勝手に話す。お前なんで俺を狙った?」


 偶然出会ったにしては違和感が過ぎた戦いだった。

 試験に挑む受験者を戦闘不能にしてライバルを減らすのは理解できる。しかし、それは自分より格下の相手にしか通用しない手だ。自分と同じ実力と戦っても消耗が激しいだけで得られるメリットはほぼない。

 逃げるタイミングがあったにも関わらず、この男は戦いをやめなかった。何らかの目的があったとしか考えられない。


「…………」


「なあ、口がついてるんだからせめて喋ってくれよ」


「……だまれ」


「ん?」


「黙れめ」


 罪人?

 かすれ声で発せられた言葉を俺は聞き逃さなかった。


「何だよ罪人って。人のこといきなり変な呼び方して。どういう意味だ」


「そのままの……意味だ。お前さえ……お前さえ——」


 続く言葉は扉を開く大きな音にかき消された。


「いたぞ!アイツだ、捕えろ!」


「何だ!?」


 三人の受験者がいきなり部屋に入ってきた。

 しかも俺を指差して、捕らえるなどと言っている。

 全くもって理解できないがここは一先ず逃げるしかない。


「『イエロー・ライズ』!!」


「逃すな、追え!」


 反対側の出口から飛び出し入り組んだ廊下を全速力で駆けていく。

 頭の中は困惑で埋め尽くされていた。


 俺が罪人、どういうことだ。それに、何でどいつもこいつも俺を狙う?


 わからないことだらけだったがまともに考えることができる状況ではない。

 今は、謎からも敵からも逃げるしかなかった。


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