第6話 才が踊り、策が為す

 山の中を疾走する二人の影。

 一人は逃げ、一人はそれを追う。

 鬼ごっこのようだが、二人の表情は遊戯に興じるそれではない。

 これは鬼ごっこなどではなく、訓練の一環なのだから。


「どうした!それでは捕まえられないぞ。もっと相手の動きを予測しろ!」


 前を走る男、シェスタが追うものに対して発破をかける。


「くっ。早いな師匠。あれで魔術使ってないのか!?」


 追うもの、家入がシェスタの速さに驚嘆する。



 訓練開始から20日が経過しようとしていた。

 家入の肉体は過酷な訓練を潜り抜け、初期とは比べようもないほど成長している。

 肉体だけではない。

 毎日、シェスタとメーレムからこれでもかというほど、魔術の知識を詰め込まれた彼は色彩魔術の初歩魔術をほとんど習得し、実戦で使えるまでになっていた。

 入学試験まであと10日。訓練は実戦形式を交えた最終段階に入っている。

 今、行われているのはその一つで、山を逃げ回るシェスタを追跡し、一撃を入れるという訓練だ。

 草や木々が生い茂り、まともに歩くのすら困難な山の斜面。

 そこを駆ける二人の速さたるや、獣と見間違うほどであった。


「仕方ない。ここで仕掛けるか」


 先ほどから差が全く縮まらない。その答えが、シェスタの身体能力が高すぎることなのは明白だった。

 魔術で強化しているわけでもないのに、彼の身体能力はアスリートを優に超えている。

 木々の間を速度を落とすことなく走り抜けていく。

 このままでは追いつけないと判断した家入は魔術を使うことを決断した。


「『イエロー・ライズ』!」


 黄色の初歩魔術。使用者の身体能力を向上させる強化魔術の一種。

 強化魔術は一般的に腕を突き出す必要はなく、術名を唱えるだけでいい。術式が自動で必要な分の魔力を消費し、体全体に影響を与えるのだ。

 体が一瞬黄色の光に包まれ、彼の動作が目に見えて早くなっていく。

 身体能力が向上したことにより、少しずつシェスタとの距離が詰まっていた。

 雑草を飛び越え、木を伝う。そうして彼の真後ろまで迫る。

 家入は距離を保ちつつ、後ろ腰から木剣を引き抜た。

 狙いを定め、不意をくようにして、木の側面を蹴って襲いかかる。

 加速して繰り出された一振りは彼の背中に迫っていき——


「甘い甘い」


「——っ——」


 直撃寸前、彼が身を翻し、家入の下を潜った。

 奇襲は失敗した、だがこれで終わりではない。

 家入はすぐさま地面に着地し、二撃目、三撃目を繰り出す。

 シェスタはそれを躱しつつ、逃走の隙を探る。


「いいね。でも、もっとできるだろ」


「当たり前っ!です!」


 攻撃のスピードを早めていく。

 緩急をつけつつ、様々な角度から打ち込んでいく。逃げる隙を与えず、逆に隙を見つけるように。

 踏み込んで水平斬りを放つ。

 それを避けるため後ろに飛んだ時——


「——今!」


 家入がさらに踏み込む。

 シェスタが地面に着地する隙を狙ったのだ。

 避けにくいよう体の中心を狙って突きを繰り出した。

 だがシェスタも、そして家入も、この一撃が当たるとは思っていない。


「っと。危ない」


「やっと抜きましたか」


 シェスタは着地する前に抜いたおいた木剣で突きをガードしていたのだ。

 家入も木剣の存在を知っていたから、どこかで使用するのはわかっていた。

 戦いは剣戟へと移行し、二振りの木剣がぶつかり合う。

 乾いた音が響き、次第にそのリズムは高鳴っていく。曲がサビに入り盛り上がっていくように。


「ここで限界か。もう上は目指せそうにないか!」


「ぐう。まだ……まだ」


 盛り上がるシェスタに対して、家入はついていくのがやっとだった。

 撃ち込まれる剣撃に対応仕切れない影響が端々に出始める。

 姿勢が崩れて防御が疎かになっていく。腕に疲労が溜まり攻撃にキレがなくなる。

 打開策を考えようにも思考は剣戟の対応で精一杯だった。今、他のことを考えれば、決定系な隙を生む。

 剣がぶつかり合うたびに体が全体に衝撃が伝わり、綻びが生ずる。


「——っらぁ!」


「あっ」


 シェスタの一撃を受け止めきれず、家入が大きく吹き飛ばされた。

 どうにか意地を見せ転倒する事だけは避けた家入だったが、体勢を立て直した時にはシェスタは距離を取り始めている。

 シェスタが再び逃走を始めたことに家入は焦燥を覚えた。

 体力が限界に近かったのだ。魔術による身体能力の補助があるとはいえ、それも時間が経てば切れてしまう。

 ここで逃したら、追いつくのは不可能だと家入は理解していた。


「逃すか。まだ最後の策がある」


 シェスタと家入の距離はまだそれほど開いていなかった。

 家入は腕を構え、遠ざかるシェスタの背中に狙いをつける。

 体の魔力を腕に集中。イメージを思い浮かべて、


「追え!『レッド・フレアシュート』」


 火球を放った。

 豪速球を連想させるそれは、必ず当てんとする彼のを乗せて飛ぶ。

 しかし、一筋縄ではいかない。

 シェスタは火球が近づくと、大きく右に飛んだ。

 通常、初歩の攻撃魔術の軌道は基本的に直線に進む。横に動けば躱すのは容易い。

 そう


「曲がれっ!」


 火球に意識を集中し、曲がるイメージを想像する。

 すると、ただの火の塊がまるで意思もったよう直角に曲がり、シェスタを追いかけた。

 これが20日間の訓練で家入が見つけた彼自身の才能。


 内外の魔力を操作する『魔力操作』の才能。


 魔力の操作は誰にでもできるものだが、家入のそれは別格であった。

 先の魔術『レッド・フレアシュート』は魔力操作で軌道を変えることが可能だが、曲げる角度が大きいほど難度が上がる。優れた魔術師とて直角に曲げることができるものはそうはいない。

 その難度を魔術を習って20日の初心者が成し遂げる。これを才能と呼ばずしてなんと呼ぶ。

 彼の才能を現した火球がシェスタに迫る。

 その着弾まであと、二メートル、一メートル——


「——『ブルー・アクアリプル』——」

 

 しかし、その火球は届かない。

 青の魔術によって、シェスタの側面に水の盾が出現した。

 それによって、家入の火球はあえなく防御され、四散したのだ。

 才能があるとしても、それだけで勝てるほどこの魔術世界は甘くなかった。

 魔力操作が優れていようと、肝心の魔術が効かなければ意味がない。

 この世界で求められるのは実力。魔力操作はそれを構成する要素の一つでしかなく、家入は他の要素がまだ未熟だった。魔術も知識も経験も、家入瞳時には足りないものだらけなのだ。それらはこれから学園で培われるものであり、今この場で得られるものでない。

 だが、それは何より家入瞳時自身が一番理解していることだ——だからこそ彼はここでは終わらない——。


「いい魔術だ。しかしまだだな。明日はもっと——」


 そこでシェスタは、周りに家入の姿がないことに気がついた。

 そして、そのことに気がついた時にはもう遅い。


「上か!」


 家入の上からの奇襲にシェスタは木剣を構えるが、やはり間に合わない。


「面っっ!!」


 気合の入った面打ちが中途半端な防御を破り、シェスタの頭部に直撃する。

 シェスタはこの時、家入の魔術が囮だったことを悟った。

 放たれた火球も、それを曲げたのも、全ては魔術へ意識を逸らし自身の接近を悟らせないようにするためだったのだと。しかし、魔術のタイミングと相互の距離から考えると、家入は火球を操作しつつ接近していなければならない。

 実戦において、魔術を使用する際は移動を交えた方が、隙も少なく次の行動につなげやすいのは事実なのだが、そのことをシェスタは家入にまだ伝えていなかった。家入は言われずともそのことを理解し、実行したのだ。


「やっぱ若者は成長が早いなぁ」


 シェスタは仰向けのまま、ぽつりとつぶやいた。


「なにおじさんみたいなこと言ってんですか師匠。まだ若いでしょ」


「いやぁ、感動してるんだよ。君の成長に。剣だってすぐ扱えるようになったしさ」


 家入に剣を使用するように勧めたのはシェスタだった。

 持ち物の中から竹刀を発見し、家入が剣道を習っていたことを知ったシェスタはこれを実践に取り入れることを閃いたのだ。実際に教えてみると、家入は経験者ということもあり、比較的早く剣術を覚えることができた。


「そういえば、この木剣なんですか。術式の紋様みたいなのがありますけど」


「もう日も暮れる頃だから、ひとまず帰ろう。それについては家でしっかり説明するよ」


 オレンジ色の空の下、二人は雑談をしながら山を降りた。



 ※※※※ ※※※※※※※※  ※※※※



「それじゃあ、魔導具について話そうか」


 夕食を終え、シェスタの入れてくれた茶を飲みながら、俺は魔導具の説明に聞き入った。


「魔導具。それって剣や盾のような武器なんですか」


「確かに武器もあるが、それだけじゃないよ。例えば、このポットとか」


 彼が見せてくれたポットの底面には魔術の紋様が描かれている。


「このポットは魔力を流すと、底に描かれた術式が反応して水を温める役割を持っている」


 彼がポットに魔力を流すと、底面が赤く光り、次第にポットの中の水が沸騰する音が聞こえ始める。


「君の世界でいうところの電気の役割と同じ感じだよ」


 なるほど。こちらの世界では魔力が電気の代わりを果たしているのか。

 魔導具は電化製品のような役割を担っているのだろう。電気のように設備を整える必要ななく、ただ魔力を流すだけでいい。場合によっては電化製品より便利かもしれない。


「魔導具にも『Class』が存在するポットの蓋を見てごらん」


「あっ、『Class D』のプレートがあります」


 蓋のところにプレートがつけられている。

 師匠のものと同じような大きさだ。『Class』のプレートは一律この大きさなのだろう。


「ポットとかランプのような日常て使う魔導具は全部Dだ。これが武器になってくるとAやBやCといった様々なランクに分けられる」


 自分の木剣を確認すると『Class C -』のプレートがつかの部分についている。


「その説明戦う前に教えて欲しかったです。普通の木剣みたいに使ってました」


「ははっ、ごめんごめん。その木剣には強化の術式がかけられていてね。魔力を流せばただの刀剣よりも強固なものになる。訓練でそんな物騒なものを使う必要なはいと思ったんだよ」


 確かに、実践訓練とはいえ怪我は避けるべきだ。うっかり重症でも負って入学試験に参加できなくなったりしたら本末転倒だからな。


「魔導具を扱うコツは体の一部と考えることだ。物としてではなく、体の器官の延長線上だと考えるとうまく扱える」


「分かりました、覚えておきます」


 体の器官の一つとして扱う。思った以上に難しそうだ。


「さあ、入学試験まであと少しだ。明日も頑張って行こう」


「はい!」


 入学試験まであと10日。

 俺は魔術師として着実に成長していた。


 

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