第4話 修行開始

 太陽が顔を出す前の時間。

 窓の外はまだ薄暗く、早朝前の薄い青色が広がっている。

 シェスタが用意してくれた服に着替え、手早く朝食を済ませ、彼の待つ森へ向かう。

 今日から入学試験に向けた魔術の訓練が始まるのだ。


「気合を入れろ、俺」


 顔を叩き、活を入れる。

 昨日の言葉を思い出し、心の中で反芻はんすうした。

 魔術師になる。

 この決意をゆめゆめ忘れてはならない。


「おーい、こっちだ、家入君」


 森の中の開けたところに彼は立っていた。

 その周囲には魔術に関係するであろう様々な道具も用意されている。


「今日から、君が魔術師になるための訓練を開始する」


「はい!」


「今日が3の月の16日。入学試験が4の月の15日、約一ヶ月後だ」


 こっちの月日は向こうの世界と同じようだった。

 時間の流れは向こうとこっちで同じなのだろうか。

 魔術世界での一日が向こうでの一年といった事態も想定していたが、その可能性は低くなったと言っていいだろう。

 最善は、こっちの世界での数年が向こうでの一日であることだったのだが、世界の法則に文句を言っても仕方ない。


「本来、魔術師になるための訓練は幼い頃から行われるものだが、生憎時間がない。訓練は厳しくなる、覚悟しておいてくれ」


 覚悟はとっくにできているが、入学試験と聞いて一つの不安が出てくる。


「あの、入学試験って、魔術の知識を問う試験なんですか。それともたくさん魔術を使えるかどうかを試すんですか」


 俺の中の入学試験といえば、高校受験のイメージが強かった。

 山ほどの知識を頭の中に詰め込んでペーパーテストを受けたり、今まで積み重ねてきた技術や経験を見せる実技試験だったり。

 一ヶ月後という期間、それと幼い頃からの訓練が必要という言葉を聞いて、萎縮してしまった。


「いや、知識や魔術の量は試験では大して重要じゃない。君に教えるのだって、初歩の簡単な魔術だ」


「じゃあ入学試験では何が必要なんですか。知識も魔術も重要じゃないって」


だ。魔術師に最も必要とされるのは実戦で戦える力。いくら知識があっても、いくら魔術が使えても、実戦で戦えなければ意味がない」


 実力。

 彼の言葉には経験者ならではの重みがあった。

 この世界の魔術師のイメージを勝手にファンタジーの魔術師と同じものだと考えていたが、俺の想像とは違うようだ。

 

「まずは君の身体能力を測らせてもらう。それによって君がどんな魔術師に向いているかを測定する」


「は、はい」


 いきなり予想外の訓練が始まった。

 驚きはしたがこれも魔術師になるための訓練。俺は全力でやるのみだ



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



 日が昇り、周囲の風景が鮮やかに色付いている。

 修行開始から三時間ほどたった。

 そろそろ人々が眠りから覚め始める時間だろう。

 皆が心地よい眠りから覚め、気力十分で仕事に出かける時間だ。

 そんな中、俺は——


「ぜえ、はあ、はあ、苦しい……」


 気力が尽きかけていた。


「家入!ペースが落ちているぞ。もっと頑張れ!君の限界が筋肉の限界じゃないぞ!!」


 彼のスパルタ指導が光る。性格まで変わっているようだ。


「ま、魔術は」


「そんなものはあとだ。今は君の体を鍛える!!」


 魔術を鍛えるはずだったのに筋肉を鍛えていた。

 最初の身体能力を測る段階で、結果を出したのが運の尽きだろう。

 元々は剣道部。体づくりならそれなりにしていたし、動くこともできた。

 結果を見て、彼が運動を提案した時から嫌な予感はしていた。

 この運動の辛さたるや、元の世界の部活を軽く超える。

 腕立てや腹筋などのトレーニングはもちろんのこと——


「相手の動きをよく見て次の動きを予測しろ。そうすれば、攻撃を躱すことができる」


「痛っ」


「怯むな!戦いでは一秒の隙が死をもたらす。痛みに慣れろ」


 マンツーマンによる、格闘術の指導も行われた。

 その苛烈さと言ったらとんでもない。まるで軍隊にでも放り込まれたようだ。

 昼ごろまでぶっ続けで訓練し、ようやく食事休憩を取ることが許される。


「体が、体がああ……」


 全身の筋肉が悲鳴どころか絶叫を上げている。

 草むらの上にうつ伏せになりその植物のひんやりとした肌触りに感動していると、森の奥から見覚えのある女性が姿を現した。

 確か、俺を助けてくれたシェスタの仲間の一人だ。


「少しやりすぎたか。メーレム、頼む」


「わかりました」


 彼女は俺の背中に手を当て、


「『イエロー・ノーブ・リカバリー』」


 と唱えた。

 すると、身体中の痛みが瞬く間に引いていき、尽きかけていた活力がみなぎっていくのを感じた。


「お、おお、おおおおお!」


「どうでしょうか」


「すごい、痛みがすっかり。運動する前みたいに!」


 その場でぴょんぴょん跳ねることができるくらい、俺の体は回復していた。


「さて、体も治ったことだし、昼食にしよう」


 切り株に腰掛け、メーレムという女性が持ってきてくれたサンドイッチを頬張る。


「ありがとうございます。おいしいです」


「それはよかったです。午後の訓練は私もお手伝いすることになっています。メーレム・カストロです。よろしくお願いします」


「はい!こちらこそ。あっ、俺は家入瞳時です」


 それからはメーレムとシェスタと一緒に会話をしながら昼食を楽しんだ

 二人にこの世界のことについて教えて貰い、サイドイッチがなくなると同時に話を切り上げた。

 聞きたいことはもっとあったが訓練は始まったばかりだ。これから聞く機会はたくさんあるだろう。


「さて、午後からは君に魔術の基礎を教える」


「おおっ」


 俺とて年頃の男。

 ファンタジーでお馴染みの魔術が実際に使えると聞けば、胸が高まるのも仕方のないことだった。


「魔術を使うために必要となるのは、体の中を流れる魔力だ」


「流れる?」


「魔力は血液の様に体中を巡っている。それを腕に集中させ、術式を唱える」


 シェスタは木に手を開いた状態で向けると、彼の掌が赤く光っていった。

 これが魔力を腕に集中させている状態なのだろう。


「『レッド・フレアシュート』!」


 彼の詠唱によって掌に丸い紋章の様なものが現れたかと思うと、そこから火の玉が飛び出し木のど真ん中に直撃した。

 当たった場所が凹み、そこから炎が燃え広がって木を燃やし尽くす。


「これが魔術だ」


「すっご……」


 今まで何回も見たが、はっきり見るのは今回が初めてだった。

 彼は魔術を打った後、メーレムから大きな紙を受け取ると、それを俺の目の前に広げた。そこには円状に六つの球がそれぞれ違う色に塗られていた図のようなものが描かれている。


「魔術は大きく分けて二つある。今回君に教えるのは、基本魔術、『カラーズ』。色で分けられた魔力を扱う魔術で別名『色彩魔術』と呼ばれている」


「カラーズ……。色……」


 言われてみれば、今までの聞いた魔術の名前には全て色が入っていた。レッド、グリーン、イエローといった英名が。

 カラーで分けられた魔術。だからカラーズ。

 表を見てみると、赤、青、緑、茶、黄、黒の六色に分けられている。


「それぞれの色には違った特徴が備わっている。一ヶ月で君に六色の基本魔術を教え込む」


「なるほど」


「まずは君が体内の魔力を感じられるようにならなければ話にならない」


 体内の魔力を感じる。

 それがどういう感覚なのか想像がつかなかった。今まで自分に不思議な力が湧いてきたと感じることは一度だってない。魔術世界に来てもそれは同じだった。


「本来、体内の魔力を感じるようになるためには長い時間をかけて少しずつ目覚めさせるものだが、例のごとく時間がない。少々危険な方法で君の中の魔力を目覚めさせる。付いて来てくれ」


 彼の後追い、森の奥の方まで歩いて行く。

 危険な方法、という言葉が妙に印象に残っていた。

 


 


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