第1話 異世界転移、そして死
「ここ、どこ?」
眠りから目覚め、周囲を見渡した瞳に入ってきたのは見たこともない場所だった。
「この花、見たことないな。うわっなんか花粉みたいなやつ漏れてる」
近くにあった花を観察する。
それは花弁が赤色と青色に彩られた奇妙な花だった。中心から赤色と青色の光が放出されている。
しばらく周囲を散策し、この場所がどこなのか手がかりを探すが見えるもの全てに見覚えがなく途方に暮れる。
「なんかよく竹光と英志と読んだ異世界ラノベみたいな展開だな——ん、異世界?」
なんとなく呟いた言葉だった。
しかし、それは電撃のように脳内を刺激し、ある可能性を見出した。
突如として現れた謎の空間、見たことのない土地、花、もしかするとこれは…
「異世界転生……?いや、転移か。死んでないし、俺」
俺の体は元の大きさのまま、服も学生のまま、転生ではこうはならない。
つまりもう一つの可能性、異世界転移というわけだ。
「いやまじ?だってあれフィクションでしょ??なんで実際に起こってんの???唐突すぎでしょ????」
ここがどこかわかったとしても、それを受け入れられるかどうかは別の問題だった。
異世界ラノベにおいてあるあるの展開だが、実際に直面すると脳が理解を拒否する。
小一時間ほどその場で考え込んでようやく事態を飲み込むことができた。
「さて、まずは街に行くべきだな」
今まで読んできた異世界ラノベの記憶を総動員し、これからの行動における最適解を見つけ出した。
こういう時は街へ行き、この世界の文化、生命体の特徴、元の世界との違い、言葉が通じるかどうか、そういったものについて知るのが定石だ。
早速、遠く見える街らしき所を目指すため歩き始める。
草むらを歩きながら自分が身につけているものを確認するがろくなものがなかった。
学生鞄には卒業式ということもあり、ほとんど空だ。異世界で活躍するような書物でもあればよかったのだがそんな都合のいいものはなかった。
財布にはそれなりの金額が入っていたが、貨幣が違うであろうこちらの世界ではただの紙と石ころに過ぎない。
携帯はあるが電池切れかけという時点でアウトだ。
唯一役に立ちそうなのは背中に背負った竹刀だった。送別会の時に捨てる予定のやつを部活の思い出にと譲り受けた物だ。
「まっ、武器にはなるかな」
いきなりモンスターに襲われることもありうるので、武器があるのは安心できる。まあ、廃棄予定のボロものなので不安も少々だが。
街へ向かいつつ、視覚、聴覚、嗅覚、その他のあらゆる感覚を使いこの世界の情報を集めていく。
目に見える限りではこの世界が元の世界と似た文明だとは考えにくい。道路が舗装されていないのがその証だ。
ここがとんでもない辺境でもない限りこの世界に車が存在する可能性はまずない。
次に周囲を飛んでいる鳥のような動物に目を向ける。
元の世界の鳥と似てはいるがこちらも色が妙に鮮やかだ。さっきの花といい、この鳥といい色が目立っている。
嗅覚の方は至ってシンプルだ。草木特有の匂いがあるが特に変な匂いがするわけでもない。今のところ嗅覚から得られる情報は少ない。
そして、聴覚。こちらも特に変わった音は聞こえない。
周囲の鳥のさえずり、風に揺れる草木のざわめき、自分の息、変わったものは何一つなく元の世界でも聞こえるような音ばかりだった。
これ以上は無駄と判断し他のことを考えようと時、今までとは違う音が耳に届いた。
断続的に響く、どこか飛行機に似たような音。
「って、飛行機なんてこの世界にあるのか?」
音のする方角を捉えそちらに目を向ける。
街の方から何かが飛んできていた。
初めはゴマ粒ほどの大きさだったので何が飛んでいるのかわからなかったが、こちらの方向に向かってきていたため、次第にそれがなんなのかがわかり始めてきた。
「あれ、人?それと箒?何、魔法使い??」
それは箒に乗り、黒いマントのようなものを羽織っていた。その格好はファンタジーに出てくる魔法使いそのものであった。
「この世界には魔法が存在するのか?」
ここが異世界だとしたら魔法が存在する可能性は十分にあり得る。
魔法使いらしき人物は俺に向かって飛翔し、そのまま俺の前に緩やかに着地する。
その人物は190センチほどの男だった。紫がかった髪をなびかせ、悠然と俺の目の前に立っている。年齢は40歳あたりだろうか。着ている服はマントに隠れてよく見えなかったが胸元に小さなプレートのようなものがあるのが確認できた。
『Class A +』
プレートに刻まれた文字が何を意味しているのか気になったがが後回しにする。今は目の間にいる魔法使いらしき人物とコミュニケーションをとることが最優先事項だ。
「こんにちわー。いい天気ですねぇ」
日本語で会話を試みた。というか日本語しか話せない。
相手が日本語を話してくれればベスト。英語なら少し理解できるのでOK。ドイツ語やフランス語は理解できないが聞いたことはあるのでギリギリセーフ。異世界特有の言語だった場合はお手上げだ。
さあ、どうだ。
「ああいい天気だね。穏やかだ」
「日本語だー!!」
思わず口に出してしまったが、それほどまでに喜びは大きかった。
まさか、相手が日本語を話していることにこれほど感動を覚える日が来ようとは。
「ニホンゴ?これは和言葉だが」
「和言葉?まあいいですよとにかく話ができる!」
日本語とは少々違うらしい。だが意思疎通だできているのだから、日本語と和言葉は同じ、もしくは似通ったものだろう。
相手を置き去りにして一人舞い上がってしまっていたので咳払いをして、改めて彼の方に向き直る。
彼の顔はなぜかなぜか笑顔だった。そんなに俺の反応がおかしかったのだろうか。
「あの、すみません。勝手に1人で盛り上がって」
「気にする必要はない。しかし、その反応、服装、君はもしかして別の世界から来たのではないかな」
「えっ」
思わぬことだった。まさか異世界転移を知っているのか。この世界では異世界転移は珍しくないのだろうか。どちらにせよこれは嬉しい誤算だ。
フレンドリーな雰囲気をしているし、異世界転移者は普通になじんでいるのかもしれない。
この人にこの世界について教えてもらおう。
「そうなんです!俺、他の世界から来たみたいなんですよ。いきなり変な空間に吸い込まれて、気付いたらこの場所にいて、何も分からなくて」
「そうか」
「でもあなたのような異世界転移を知ってる人が来てくれたので助かりました。この世界では異世界転移はよくあることなんですか?」
「……」
「それと、もしかしてこの世界って魔法が存在するんですか」
「………………」
「あの、どうしたんですか」
先ほどまでの笑顔はいつの間にか消えていて、代わりに彼の顔には険しい表情が浮かんでいた。
「もう一度聞く。君は本当に別の世界から来たのだな」
「は…はい。他の世界から来ました」
なんだかいきなり雰囲気が変わったぞ。さっきまでの笑顔はどこにいったんだ。
どうして今、悲しい顔をしているんだ。
「はぁ、また一人来てしまったか…。本当に今日はいい天気だというのに」
「あの、どういう?」
彼は悲しい顔を浮かべたまま、こちらに右手を向けてきた。その掌が微かに赤く発光していた。
その光は次第に強まっていく。
「恨んでくれて構わない」
「何を——」
「死ね」
「っ!」
直後、爆発が俺を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます