魔術師ドージが扉を開く
竹残
第一章 招かれざる異世界人
プロローグ
「僕の本当の幸せはこの異世界にある、か」
その言葉を頭の中で何度も反芻する。
発売当日から今日まで追い続けてきたライトノベルの終わり。
始まりの出会いはただの気まぐれだった。惰性で読んでいるうちにだんだんと物語に熱中するようになって、いつの間にか新刊の発売日を楽しみに待つまでになっていた。アニメ化こそされなかったが、妄想の中ではキャラたちが動いている姿を容易に想像できる。
本を閉じると物語が完結した時特有の清々しくも切ない気持ちが湧いてくる。終わりはとても良かった、しかしもっと続いてほしいかったという気持ちもあった。
「そう思うのは、きっと物語と別れるのが辛いからなんだろうなぁ」
別れはどんな時でも辛いものだ……。少なくとも俺はそう思っていた。
「そろそろ行かなきゃ」
誰もいない教室で物語を読み終えた俺はゆっくりと歩き出す。
そう、今日の別れは一つだけではない。
春の訪れを感じさせる温かい風が吹く3月15日、俺、
「長かったような、短かったような……」
そんな曖昧な感想を呟き、感慨に浸っていた。
「おい!ドージー早く来いよー」
「剣道部の人もう集まってるって!」
遠くから俺の渾名を呼ぶ声が聞こえ振り返ると二人の男子がいる。誰なのかはすぐにわかった。その顔、小学生の時からほぼ毎日見てきた親友たちの顔を見間違えるはずもない。前者のあだ名で呼んだほうが
「ごめんごめん。どうしても誰もいない教室でラノベ読みたくってさ」
「そりゃあれ最終巻だし、誰もいない教室っていういかにも厨二心惹かれる場所で読みたいっていう気持ちもわからなくはないけどさ、今日のメインはそれじゃないだろぉ」
「そうだぞドージー、なんたって今日は
彼らのあまりに喜びに満ちた顔に俺も思わず笑みが溢れる。
二人が言う
小学校の時から二人は毎年俺の誕生日を祝ってくれている。そして毎年、様々なプレゼントで俺を驚かせてくれるのだが、今年はその中でも群を抜くほどのプレゼントらしい。
二人が急いでいる様子なのは、早くプレゼントの準備をしたいからだ。
彼らが卒業式や部活の送別会といった一大イベントよりも自分の誕生日を優先してくれていることに思わず目頭が熱くなってしまう。
さすがに人前で泣くのは恥ずかしいので、手で目元を軽く抑えるだけにしておいて、三人で剣道部の送別会へと向かった。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
剣道場で開かれた剣道部の送別会も終わりに差し掛かった頃。辛かった練習の記憶や仲間と勝利を分かち合った記憶を思い出して懐かしんでいると、隅っこに置かれた年季の入った竹刀を見つけ後輩に尋ねた。
「もしかしてこれって捨てるやつ?」
「えぇ、練習用のもので今まで騙し騙し使ってきたんですが流石にもうダメですね」
「これ記念に一本もらえないかな」
「いいですよ、先輩、どうぞ。三年間お疲れ様でした」
受け取った竹刀と後輩の慰労の言葉はずっしりと重かった。
物事の終わりはその時は実感がない、それは後から追いかけるようにやってきて、詰め込まれた感情を渡すと今度は俺を追い抜いて何処かに行ってしまうのだ。
しんみりとした気持ちになりそうだったところで送別会は終了し、俺達三人は校門の前で集まっていた。
「ドージーは午後7時まで家に帰ってくんなよ、絶対だぞ」
「逆サプライズなんて考えるなよ」
「わかったわかった。楽しみに待ってるよ」
念押しまでするほどとは。一体どんなプレゼントなのだろう。期待に胸が高鳴る。
七時まで暇だったので、通学路の途中にある河川敷の斜面で寝そべって時間を潰す。
送別会の時の湿っぽい気持ちが残っていたので、それの払拭も兼ねて俺は4月から通う高校について考えていた。
高校でも親友二人と一緒だから楽しくなるだろうなぁとか新しい出会いも楽しみだなぁとか。不安がないとは言えないが、それでも期待感の方が上回っている。
そう、俺が未来について考えるときはいつだって希望に満ちていた。
スマホの電子時計が七時を告げたので土手道にあがり帰路に着く。
ラノベの最後のセリフ、その結論が今ここで出た。
「俺には異世界などいらない。幸せは
充実した生活、優しい両親と数年来の親友、これ以上を望むのはよくない。
今もこれからも、俺の幸せはこの世界でずっと、ずっと続いていくものだと思っていた。
——次の瞬間までは——
「へ?」
自分が間抜けな声を出したことに気づかなかった。意識の全ては目の前の不可解な現象に割かれていたからだ。
眼前の空間にヒビが入っている。そうとしか表現できなかった。ガラスをトンカチで叩いたようにヒビが入っていて、それは現在進行形で広がっているのだ。
「何コレ?」
人間は理解不能の事態に陥った際はただ立ち尽くすしかない、という通説に俺は懐疑的だったが、今、理解した。
立ち尽くすしかない、傍観者でいるしかない。俺はヒビが広がっていくのをただ見ていた。
ヒビが広がり人一人分の大きさになった瞬間それが壊れ、同時に俺の体が空間に引き寄せられ始める。
「ヤバ、ヤバイ!とにかくヤバイ!!」
この事態が自分を危険に晒す、その事実を体がようやく認識した。手足に意識が伝わり、体が吸引に抵抗を始める。
今はこの現象から逃げなければならない。壊れたヒビの中には黒と紫を合わせた歪な空間がある。絶対に危険だ。
その場から離れようにも吸引力が強すぎてその場に踏ん張るのが限界だったが、次第に強くなる吸引はその限界すらも奪っていった。
体が宙に浮き、吸い込まれていく。
歪な空間の中で俺の体は大きく揺さぶられた。
体の安全など無視するかのように、あらゆる角度へ揺さぶれられる。その様はさながら洗濯機に放り込まれた衣服だ。
時間が遅くなっていると錯覚するほどの恐怖に耐えきれず助けを求めて泣き叫ぶ。
「助けて!助けてぇぇぇぇぇーーーーーーーっーーーー」
俺の脳が揺さぶりに耐えきれず、意識が薄れていく。
※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※
——ああっ!たまらない!君のような人間を待っていた!——
誰だ?
分からない。意識がぼうっとしていて、思考がうまく働かない。
手も足も、そもそも体の感覚がない。怖い、ここはどこだ。なぜ俺の意識だけがあるんだ。
白い、真っ白なイメージと女の声が絶え間なく流れ込んでくる。
——広き正しさとどちらでもない空白を持った者!——
声の主はひどく楽しそうだった。これほどの喜びは人生で一二を争うのレベルだろう。
しかしどうしてだろう。そんな楽しそうな様子がとても恐ろしいと俺の心が震えている。
——深く考えないでいいよ。どうせ忘れちゃうから——
そうか、じゃあいいか。
——うん、君はそれでいいんだ——
——今から行く世界はちょっと厳しいけど——
——君ならそこで幸せの宝箱を見つけるはずだ——
——そしたら君に会いに行くよ——
——とびきり で な宝箱の鍵を持って——
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