第11話
かっこいい女はみんな、こんな時泣かないのだろうか。それなら、一生かっこいい女にはなれないな、と思った。
好きな人が他の人の手を取る姿を見て尚、笑顔でいられるのだとしたら、涙が枯れるくらい泣かないといけない。それとも強い女性というのは、どこかで涙が枯れるまで泣いたのだろうか。
隣国の悪役令嬢は辛くなかったのかしら? 悲しい時、苦しい時にどうやり過ごしたりんだろう。
昨日のことを思い出すのも嫌で、彼の顔がちらつく度に何度も頭を横に振った。
かの悪役令嬢なら、どんな風に構えただろう? 頰の一つでも叩いたかもしれない。私は一人で泣くのが精一杯だったな。
そういえば、庭園にお兄様が迎えに来て、その後どうしたんだっけ? 気づいたら部屋にいて、一人にしてくれたことをいいことに、ベッドの上で丸まっている。きっと、お兄様に迷惑かけちゃったな。そもそもあの夜会に行ったのは彼のせいだし、気にしなくていっか。むしろ謝ってほしいくらいだ。お兄様が無理に誘わなければ、私は当分の間ライナス様のことを知らなくて済んだのだから。
ああ、もしかしたら私以外の人はみんな、ライナス様とマノンが愛し合っていることを知っていたのかもしれない。だから、私をお茶会に招待しずらかったのかも。
ずーっとぐるぐる考えていたら、カーテンの隙間から光が射した。もう、朝になっちゃったな。
昨日のことを思い出して大きなため息をついた頃、控えめに扉が叩かれた。
「お嬢様、失礼いたします」
ケリーの声だ。控えめだけど、入ることは決定事項らしく、すぐに扉を開く音が聞こえた。既に丸い背中を更に丸める。衣擦れの音が響く。
「お嬢様、ご気分いかがでしょうか?」
昨日のことをお兄様から聞いたのだろうか。昨日、帰って来てから私は何も言っていないから。
何も聞かずに寝る準備を手伝ってくれたのだから、「ありがとう」くらい言わなくちゃいけないのに、それを言ったら「何があったの?」と聞かれそうで言えなかった。
「あんまりかも。今日はここから出たくないの」
「お食事はいかがされますか? こちらに?」
「食事もいらない」
食べられるような気分じゃないもの。「いらない」なんて言ったら怒られるかもと身構えたけど、お叱りの声は待てどもこなかった。言い訳を考えていなかったから助かっちゃったな。
「そういう日もありますわね。今日はゆっくりお休みください。もし、何かあれば呼んでくださいね。いつでも駆けつけますから」
「うん……」
「そうだ。こちらに、招待状を置いておきます。気が向いたら読んでください」
ケリーは言うだけ言うと、部屋を出ていった。息苦しくなって布団から顔を出しても、誰もいない。テーブルには一通の手紙が置かれていた。
もう、そんなのいらないのよ。だって、もう理想の女になる必要がなくなってしまったんだもの。社交をする必要もないのよ。ケリーだって知っているくせに、意地悪だ。
招待状が目に入るのが嫌で、布団を被った。それでも存在が気になって仕方ない。胸が痛いのは、何のせいかしら。病気にでもなったのかもしれない。
それから暫くして、また扉が叩かれた。今回は豪快な音だから、ケリーではなくお兄様だ。身構えた時には扉が開け放たれ、カツカツと小気味よく音を立て歩み寄ってくるのがわかる。
こういう時、お兄様は遠慮がないのよ。傷心中の妹のことをもっと気遣っても良いと思うの。
「今日はお休みなの。放っておいて」
「ライナスが来てるよ。会ってあげて」
ライナス様の名前に肩が跳ねる。昨日の今日で、会いに来るなんて……。誠実な彼のことだ、私のことを考えて早く婚約破棄しようと思っているのだろう。
「今日はだめ」
「良いのか? 昨日何があったのか聞かないと、不安だろう? お前はすぐ悪い方に考えるんだからさ」
「良いの。分かっているもん」
聞かなくたって、マノンの口ぶりから分かっているのよ。だけと、まだ本人から聞く勇気が出ないの。
「無理強いはしないけど、こういうのは早い方が良いと思うけどね」
放っておいてと主張するために、体を丸くする。もう丸くする場所はないんだけど、それくらいしかできなかった。
「……一応、少し待っているから、もし話を聞く気になったらおいで。無理そうなら今度来てもらうから」
それだけ言うと、お兄様はさっさと出て行ってしまった。最悪、布団を引っぺがされると身構えていたんだけど。
私はやっぱりベッド真ん中で丸くなるくらいしかない。だけど、脳裏にはライナス様の姿がよぎる。その度に頭を横に振った。
このままじゃ、うじうじ虫になっちゃいそう……。
こんなんだから、マノンの方が良いって思われちゃったのよね。
今日かっこいいところを見せれば、彼も少しだけ「ああ、惜しいことをした」って思ってくれるかもしれない。
勇気を振り絞って、ケリーを呼ぶベルを鳴らした。
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