第6話
「え……なんで?」
「一人で行くのは寂しいだろう?」
「お兄様なら引く手数多でしょ?」
何を言っているんだか。毎日違う女の子を連れて歩いていたのは知ってるんだから。私を連れて行こうなんて、どういう風の吹き回しなのか。
「帰ってきたばかりでエスコートする相手がいないんだ」
「だったら、一人で行けばいいじゃない」
「一人で行くのは寂しいだろう?」
振り出しに戻った。
このやり取りを五回くらいしたけど、お兄様は決して諦めてはくれない。なぜ、一人で行くのを嫌がるのよ。いい大人のくせに。
私だって一人でお茶会に行けるようになったんだから、お兄様だって一人で夜会くらいいけるようになってほしい。
「逆に聞くけど、エレナはなんで嫌なのかな?」
「……私だって暇じゃないの!」
「毎日家にいるだろう?」
お兄様は意味がわからないとばかりに首を傾げた。招待状が送られてこない今、私は屋敷でぶらぶらするくらいしかやることがない。
まぁ……とどのつまり暇なのだ。
この数日でライナス様に贈るハンカチの刺繍は五枚もできたし、キャロルから借りた本も殆ど読破した。
そろそろやることが尽きたといえば尽きたのよね。でも、お兄様と夜会に行くのは嫌。
「なんでそんなに嫌がるかな。お兄様は悲しいなぁ〜。このままだと寂しくてライナスに可愛い妹のあれやこれやを話してしまうかもしれない」
突然ライナス様の名前を出されて肩が跳ねた。
ずるいっ! そうやって彼の名前を出せば言うことを聞くと思っているんだわ。そうはいかないんだから。
「だって、お兄様と一緒に行くとよく分からない女の人に揉みくちゃにされるんだもん!」
「それは……エレナと仲良くなりたいんだよ」
それは絶対違う! お兄様もそうは思っていないみたいだ。目が若干泳いでいる気がする。
お兄様に集まる女の人って一癖も二癖もある人ばかりなのだ。彼の妹というだけあって、邪険にはされないけど、なんかこう……猫の気分になるの。手懐けようとしているのが分かるというか……。
そんな人達に囲まれる妹の気持ちも少しは考えて欲しい。
「それに、ライナス様に秘密にしていることなんてないもん」
「本当か〜? 十歳の時に貰った花が枯れても箱にしまいこんでいることもか?」
「それは……! 去年お兄様がバラしたでしょ!」
「そうだったかな?」
すっとぼけたって無駄なんだから。
既にバラされた秘密など怖くない。でも、あの時ライナス様に「花ならいくらでも贈るのに」とやんわり微笑まれたことは忘れない。絶対、馬鹿な子だと思われたに決まってる……!
なんだかすっごく許せなくなってきた。
「……分かった」
ようやく分かって貰えたようで良かった。しかし、お兄様はどうもなにも分かってはいないようで、上機嫌に口角をあげる。これは、悪い事を考えている顔だ。
「じゃあ、ライナスの秘密の一つと交換でどうだい?」
「え……!」
「エレナには良い提案だろう? 大好きなお兄様と一緒に夜会に参加できて、婚約者の情報まで手に入るんだ」
「待って! それは……とても卑怯だわ!」
だって、そんなの欲しいに決まっているじゃない。情報……。どんな情報だろう。目ざといお兄様のことだ。凄い情報を持っているに決まっている。
ライナス様のあれやそれや……。
「決まりだな」
「うんとは言ってないもん……」
「でも嫌とも言わないだろう?」
「そ、そりゃあ……お兄様が困っているっていうなら……付き合ってあげても良いかなぁ……とは思うけど」
「じゃあ決まりだ」
お兄様は嬉しそうに笑うと力強くぐりぐりと私の頭を掻き回した。べ、別にライナス様の秘密を知りたいってわけじゃないんだから。
それに、お茶会に誘われない今、夜会にでもでないとちゃんとした社交はできないし。
何も言わない私を見て、お兄様は意味ありげな笑顔を見せると、そのまま何も言わずに去って言ったのだ。
嵐のような人だ。
昔、お兄様を見てライナス様が言った言葉だ。確かに嵐のような人だと思う。何より、つかみどころがないし、何考えているか分からないし。その癖、時々優しい兄になったりするからたちが悪い。
今回は、お土産のお礼に夜会に付き合ってあげても良いかな。
匂い袋を取り出して、ゆっくりと息を吸い込めば、行ったこともない異国の香りがした。
いつか行ってみたいな。
お気に入りのドレスと、新しいネックレスを身に付ける。これは、ライナス様が新しく贈ってくれた物だ。前に貰った物と同じサファイアだけど、デザインは全然違った。以前の物は大きなサファイアが一つ主張した物だったけど、今回は小さなサファイアが無数に付いてキラキラしている。取れてしまうんじゃないかと心配になった。一個くらい取れても分からなさそう。
でも、きっとこれも大切な物だろうから、しっかり管理しなければならない。
出かける前に何個あるか数えた方が良かったかな。でも今からじゃ遅いし……。
私は不安を薙ぎ払うために大きく頭を振った。しっかりしないと!
実のところとっても不安なのだ。最近色んなことがあり過ぎたんだもの。ライナス様の理想の女を目指していただけなのに、なんでこんなことになったんだろう。
理由は分からないけど、どうもみんなに避けられている。この理由をしっかりと調べなければならないと思った。だけど、知ってしまったら立ち直れないかもしれない。
「今日のエレナは百面相だな」
お兄様が隣で肩を揺らしながら笑う。
「お兄様、うるさい」
「今日の『うるさい』には覇気がないな。何かあった? ライナスと喧嘩でもした?」
「してないよ! ライナス様はいっつも優しいんだから! お兄様よりずっとずっとずーっとお兄様らしいんだから」
「『お兄様らしい』ねぇ~」
お兄様の顔はずっとにやけっぱなしだ。そのしまりのない顔をどうにかした方がいいと思う。しかし、この顔が良いという女の人が沢山いるのだから不思議だ。自慢できる部分なんて足の長さしかないのに。
「ほーら。ライナスの秘密教えてやるから、笑顔、笑顔」
お兄様がぐりぐりと私の頭を撫でる。今日はそんなこともあろうかと、ケリーに直しやすいように、髪の毛を下ろした状態にして貰ったのだ。撫でられ、ぐしゃぐしゃになった頭も手櫛で元通り。
私は彼の要望通り、両手で頬を押し上げて無理矢理笑顔を作った。彼は満足したのか、大きく頷く。そして、口を開いた。
「今日さ、ライナスもこの夜会来るよ。良かったな」
お兄様が大きな爆弾を落とすや否や、御者が到着知らせる。
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