第2話
「ようこそいらっしゃいました。ノーベン伯爵」
「あら、今日はお嬢様とご一緒なのね」
お父様と私が到着したころには、会場はすでに賑わっていた。どこぞの侯爵家らしい。あの紋章は蛇だろうか。
お父様に着いて挨拶に回った。みんなお父様やお母様の世代の方々ばかりで、私はちょっと浮いて見える。
「娘のエレナです」
「色々経験させてあげたくてね。今日は娘も仲間に入れてあげて欲しい」
「あら、こんな若い子はもっと賑やかな夜会の方が楽しいわよね。でも、ここのシェフのお料理はとても美味しいのよ」
「ありがとうございます」
参加者は上級貴族の方々ばかり。あとは彼らの支援を受けている政治家なんかもいた。
話もなんだか小難しくて目が回りそう。今後の国について熱く議論している人もいる。そんな横で楽しそうにおしゃべりしている夫人もいるものだから、なんだか歪な会だ。
今、隣では昨日の狩の話で盛り上がっていた。
私と同じ年頃の男女は数えるほどしかいない。視線は感じるけど、話はかけられなかった。
挨拶を終えると、お父様は私を部屋の隅に置いて社交へと向かった。私が一緒に行っても迷惑になりそうだし、ここは美味しいという食事を貰いつつ暇をつぶすのが良さそうだ。
一つ二つと一口大の食べ物を口にいれ、渡されたワインを口に含む。
……暇! どうしよう、とても手持ち無沙汰だ。何かないかとぐるりと辺りを見回すと女性と目があった。
年は同じ頃だろうか。見たことはあるようなないような……もしかしたら、どっかの夜会で顔だけ合わせている可能性はある。全員と挨拶をするわけではないから、顔だけ知っているけど……みたいな人は多かったりするし。
折角だし声をかけてみようと思った。今までの私ならそんなことをしようなんて考えなかっただろう。
最近お茶会に参加するようになって、慣れてきたのだ。少しは大人になったのかもしれない。
私は真っ直ぐ、女性の前まで歩いた。彼女は少し狼狽えている様子だった。まだ社交に慣れていない可能性もある。私もこの前まではそのようなものだったからよくわかるのよ。
知らない人に声を掛けられるとびっくりするもの。
「ごきげんよう」
少し澄ました顔で声をかけてしまった。みんながするみたいにしてみたのだけれど、どうだろう。
「ご、ごきげんよう……」
目の前の女性は少し躊躇うように挨拶を返してくれた。緊張しているのかな。
「エレナ・ノーベンと申します。宜しかったら少しお話ししませんか?」
「え、ええと……」
彼女は瞳をぐるりと回すと、何度も目を瞬かせた。困ったように眉を下げる。
「あの、用事がありますので……ごめんなさい……!」
女性は私に背を向けると、慌てた様子で駆けていく。隠れるように部屋を出て行ってしまった。
変なの。
お腹でも壊したのかしら? さっきまで用事があるとは思えないくらい暇そうに佇んでいたのに。
それから、私は同じように何人かに声をかけた。みんな私と似たような年齢の人だ。さすがにお父様やお母様と同じ年代の人に声をかける勇気はなかったんだもの。
けど、声をかけた人に全員がなんだかよそよそしい。最初に声をかけた人みたいに、挨拶も殆どできないまま逃げるように消えていく人もいれば、困ったように挨拶をしてくれる人もいた。
だけど、みんな決まって逃げるように消えていく。
私の顔に何か書いてあるのかしら?
まるで、私が悪魔のようではない? なぜか気になるけど、教えてくれる人はいない。結局、私は壁側でワインをチビチビと口に含みながら、賑やかな会場を眺めていた。
お父様は色んな人と会話をしている。楽しいかどうか分からないけど、大人にとって必要なことなのだと思う。いつか私もライナス様の隣に立ってあの中に加わることはできるだろうか。
未だに現実味を帯びていないということは、まだまだ子供なのだろう。
もうきっと彼はあの中の一人になっているような気がする。ずっとずっと高いところにいる彼に認めて貰うためには、やっぱり今のままではいけないのだ。
それにしても、私、やっぱり避けられている気がする。
今日、挨拶できたのはお父様やお母様の年代のいわゆる大人達。同じ年の人はみーんなどこかに行ってしまった。
「あら、エレナ様」
そんな中、私に声を掛けたのは意外な人だった。声の方を向けば、会場以上に華やかな女性が立っていた。――ナンシーだ。
「お久しぶりですわね。ごきげんよう」
呪いが解けたようにナンシーは私に近づく。そして、笑顔を見せた。
「ごきげんよう。その、大丈夫なのでしょうか?」
「……あら、何がかしら?」
ナンシーは首を傾げる。私自身、変な質問をしたと思うよ? 何が大丈夫じゃないのか私でも分からないのだもの。だけど、みんなに避けられているし、これはただ事ではないと思ったの。
「エレナ様はお元気だったかしら?」
「はい、変わりなく」
「それは良かったわ。最近風邪が流行っていたでしょう? 私ったら移ってしまって。随分ベッドに括りつけられていたの。今日はお母様の誕生を祝う夜会だから治って良かったわ」
「それは大変でしたね」
あ、ここはナンシーの屋敷なのか。そういえば、挨拶した人の中に彼女に似た女性がいた気がする。
「今日は、お一人……ではありませんわよね?」
ナンシーは何か気になる様子でぐるりと辺りを見渡した。何を気にしているかは分かっている。
「今日はお父様と」
「あら、そうでしたのね。てっきりライナス様といらしたのだと思いましたわ」
「いえ、最近忙しいみたいなので」
「残念ですわね」
私は返事に困って肩を竦める。彼女はキャロルやメリアの情報通り、ライナス様のことが好きなのだと思う。
それからナンシーとはとりとめのない話をした。ライナス様がいない時点で、私には興味を失ったのだと思う。声を掛けたからにはある程度話をしないとという彼女なりの矜持のようなものだろうか。
私は彼女の最近の流行りの風邪に関する話しに会話に頷きながらも少し安堵していた。全員に避けられているわけではなさそう。
大人は大丈夫で、同じ年頃の人達は駄目。だけど、ナンシーは大丈夫。どんどんよく分からなくなってきた。
「エレナ様は他にお話しされたかしら?」
「え……ええ……まあ」
話しかけては逃げられての繰り返しです。なんて言えるわけもなく、曖昧に笑う。
「では、私も挨拶してきますわね」
彼女はそう言うと、にこやかに私の前から消えていった。結局私はその後、ただ壁際でお父様に声を掛けてもらうのを待ち続けたのだった。
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