第13話

 

「うまく返事をするコツ……ねぇ……」

「うん、そう」

 

 私がキャロルの屋敷を訪れたのはそれから五日後のことだった。彼女からの急な招待状だったけれど、一にも二にもなく頷いたのは言うまでもない。

 

 いつものようにメリアと三人でするお茶会だ。定期的に順繰りと開催している会は、貴族らしいお茶会とはかけ離れた会になっていた。


 開催するのも気まぐれで、三日と空けずに開くこともあれば、ひと月何もない時もある。決まるのも急なことが多いのは、お互いに気の置けない相手だからかもしれない。

 

 そして、このお茶会が始まって早々に二人に救いを求めた。社交場でうまい返しをする方法を尋ねたのだ。

 

「二人とも私よりもずーっと色んな場所に行ってるでしょ?」

「まぁね。エレナみたいに引きこもりじゃないし。でも、聞いたよ〜? セルン家のお茶会に参加したって」

「……誰から?」

「誰からって、ねぇ……」

 

 キャロルはメリアと視線を合わせて困ったように笑う。

 

「誰からというよりは、誰からともなくって感じだったわ。世間話みたいに。ね、キャロル」

「うん、そんな感じ。エレナがお茶会に出るなんて珍しいからじゃない?」

「何それ、珍獣みたいな扱いなのね……」

 

 引きこもりがちょっと社交場に出ただけでこれだ。そうなると、夜会に出た後も世間話の種になっている可能性がある。

 

 なんて言われているんだろう? 考えたら屋敷から出たくなくなってきた……。

 

「そういえば、エレナはなんでお茶会なんて出るようになったの?」

 

 メリアが不思議そうに首を傾げる。同意するようにキャロルも頷いた。そうだ。まだ二人にはライナス様の理想の女性像を知ってしまったあの日のことを伝えてなかった。

 

「あのね……実は――」

 

 待って。ここでペラペラとライナス様の秘密を話して良いものなのかしら? 二人は親友だけど、彼だって誰にも言えず殿下にだけ漏らしたような内容じゃない。


 もう、ケリーには言っちゃったんだけど。

 

「エレナ? どうしたの?」

「えっと……なんでもない。実はね、結婚する前にもう少し見聞を広げようと思ったの。ほら、公爵家に嫁いだら今までみたいにしていられないでしょ?」

 

 二人が私の言葉に何度も目を瞬かせる。おかしなこと言ってないよね……? 大丈夫だよね?

 

「なるほどねぇ〜。とうとう自覚が芽生えたかぁ!」

 

 納得顔でキャロルが頷く。どうやらうまく逃れられたらしい。

 

「それで、うまく返事をするコツなのね?」

「そうなの。前にお茶会に参加したら、どう返して良いかわからないことが多くて」

「例えば?」

「えっと……ライナス様の好きなものとか趣味とか……色々聞かれたり」

「誰から?」

「ナンシー様。知ってる? 侯爵家の……」


 ヘッケなんとかかんとかって長くて舌を噛みそうな家名だった筈。


「なるほどねぇ〜。あの女、探りを入れてきたわけだ」

「探り?」

「有名な話よ。ナンシー様っていえば昔からライナス様にご執心なの。まぁ、家柄としても釣り合うしね」

「そっか……そういうの全然知らなかった……」

 

 私がお茶会から逃げていたせいもあるのかもしれない。キャロルやメリアは当然のように知っていて私には分からないことが沢山ある。

 

 もっと早く外に出るようにしていれば世界は全然違っていたかもしれないし、ライナス様の理想の女性にぐっと近づいていただろうなと思う。

 

「なーに、いじけてるの? あまり気にしちゃ駄目よ」

「そうよ、エレナ。子爵様はエレナ一筋だもの。知らなくても良いことだったのよ」

 

 キャロルもメリアも本当のことを知らないからそんな風に言うんだよ。だって、彼の理想の女性は……。

 

「もっと早く気づければよかったのに……」

 

 思わず弱音が溢れる。そんな弱音を吐いても意味がないことはわかっているの。分かってても漏れちゃう弱音を止めることができない。

 

「あら、自分の間違いに気づいて行動するって難しいことだと思うわ。エレナは今凄いことをしているのよ」

「メリアは慰めるのが本当に上手ね。その気になっちゃいそう」

「なってしまいなさいよ。何か思うところがあったからお茶会に参加したり、うまく返せるコツを考えたりしているのでしょう?」

「そう。私、ライナス様の隣に相応しい女性になりたいの。妹のままは嫌……」

 

 力強く拳を握る。メリアはケリーやライナス様がするみたいに、私を撫でた。同じ年なのに、メリアの方がお姉さんみたいだ。

 

「妹ねぇ……私にはそうは見えないけど」

 

 キャロルはテーブルにあるお菓子をひょいっと一つ掴むと、口の中に放り込む。気楽そうな声に唇を尖らせることしかできない。

 

「妹じゃなかったら、どんな風に見えているっていうの?」

「そりゃあ、婚約者……ううん、恋人?」

 

 キャロルの言葉に、メリアも控えめに頷いた。

 

「まさか! それはないよ!」

「何で否定するのよ~。事実、婚約者だし、いつも一緒だし。あの人、エレナから離れたくないってくらいずーっとくっついてるじゃない。ラブラブでしょ?」

「ええ、そうよ、エレナ。私にも仲の良い婚約者に見えるわ。確かにエレナと子爵様は少し年が離れているけど、妹だと思っている子にあんな扱いするかしら?」

 

 メリアが首を傾げる。彼女の言葉に同意するようにキャロルは強く頷いた。あんな扱いって、いつも一緒にいるのは、私が迷子になることを心配してのこと。彼は心配性だから。


 いつも一緒にはいるけど、子供をあやすように、頭を撫でてくれるだけ。 お父様みたいにね。


 キャロルの口からは大きなため息が零れる。

 

「エレナは何が不満なの?」

「ふ、不満なんてないよ!」

「不満がなかったら、『いつも妹扱い~』なんて拗ねないでしょ」

「拗ねてないもの……。事実よ」

「じゃあ、どの辺が妹扱いだと思う理由なの? 彼に妹みたいだと言われたとか?」

「そんなこと言われたことないわ」

 

 彼はいつだって優しい。妹だと思っていても口には出さないでくれる。

 

「じゃあ、なんで?」

 

 四つの瞳がまじまじと私を見つめる。ケリーはここまで突っ込んでこなかった。「そうなんですね」と眉尻を下げるだけだったのに。こういう時、二人は遠慮がないから嫌なのだ。

 

「……笑わない?」

「笑わないわ。絶対」

「ええ、なんなら私達三人の秘密にしても良いわ」

 

 これは、私の心の中だけの秘密にしておくつもりだった。

 

「あのね……」

 

 これは誰にも言っていない秘密だ。なんなら、ケリーだって知らない。

 

 しかし、気になるのは周りに控える侍女達。私の視線に気づいたのか、キャロルが侍女達に目配せをする。すると、全員が部屋を出て行った。

 

「これで本当の本当に三人の秘密にできるわよ」

 

 私は二人に顔を近づける。すると、二人も合わせて私の側に寄った。


 胸が不安でいっぱいだ。だけど、そろそろ一人で抱えていられなくなっているのも事実。


 意を決して二人の耳元でそっと呟いた。



 

「えっ?! まだキスもしてないのっ?!」



 キャロルの大きな声が部屋にこだました。

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