第12話

 

 迎えなんて頼んでいない。思わずケリーの方を見てしまったけど、彼女もよく分からないといった様子で首を傾げている。

 

 お母様が気を利かせてくれた? 有り得ない話ではない。何せ私は今の今まで殆どお茶会に参加しなかった引きこもりだ。途中で帰りたくても帰れない状況を察して迎えを寄越すことくらい難なくしてくれそう。

 

 けど、扉から現れた人物は、私の想像の遥か上をいっていた。

 

「ライナス様っ?!」

 

 私が声をあげる前に、ジーナが彼の名を呼ぶ。そうなのだ。私達の目の前に現れたのは、ライナス様だった。

 

「なんで……?」

 

 今日このお茶会に参加することを言っていた記憶がないんだけど、ライナス様はどうしてここにいるの?

 

 ここはセルンのお屋敷だし、もしかしてジーナに会いに……? さすがにそれは考えすぎだよね。


 勝手に悪い方に考えて胸が締めつけられる。

 

「ちょうど帰る時にエレナがセルン家にいると聞いて迎えに来たんだ」

「そう……なんだ。びっくりしちゃった。わざわざ来てくれたの?」

「ああ、少しでも長くエレナと話がしたいと思ってね。もしかして、まだ途中だったかな?」

 

 ライナス様が部屋の中をぐるりと見回す。テーブルの上には食べかけのお菓子が並ぶ。


 ううん、もう終わりだよ!


 なんて言って帰りたいんだけど、そんなこと言えるわけもなく、なんと返事をしていいか分からない。

 

「ライナス様、よろしければご一緒にいかがでしょう?」

「そうだわ。折角ですし」

 

 ジーナとナンシーがすかさず私達の間に入ってきた。ジーナの指示で侍女の一人がどこからともなく椅子を用意する。

 

「ね? よろしいではありませんか」

 

 ナンシーが彼の手を取ると妖艶な笑みを作る。胸がチクリと痛んだ。


 そんな風にライナス様に触らないで。「ライナス様は私のよ!」なんて言えるわけもなく、早く手が離れように祈ることしかできなかった。

 

 こんな時、あの王太子妃ならどうするだろう?

 

 ライナス様の手を取って部屋を出る? それとも一緒に参加するだろうか。

 

 もしも彼女なら、お茶会の残りの時間で二人の仲を見せつける……くらいしてもおかしくなさそうだ。でも、ライナス様の好みは私じゃないから、見せられるのは兄妹のような姿なのでは?

 

 それだと、付け入る隙を見せる結果になってしまいそう。


 周りに「やっぱり二人はただ親に決められた婚約者なのね」なんて気づかれてしまったらと思うと怖くてそんなことできない。

 

 一人脳内で会議を開いていると、ライナス様が私の頭を優しく撫でた。いつもするみたいに私の顔を覗き込む。彼のサファイアの瞳いっぱいに困惑している私の顔が映る。

 

「エレナは折角のお茶会だし、もう少し話したい? 私は今すぐにでも二人きりになりたいけど」

 

 もしかして……。そっか。きっとそうだ。

 

「ううん……今日はもう大丈夫。皆様、今日はありがとうございました。お先に失礼させていただくことにします。また改めてお話しする機会を頂けたら嬉しいです」

「え、ええ……今度は是非お二人でお茶会にいらしてくださいませ」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 

 一つ礼をすると、ライナス様の手を取った。「大丈夫」と笑うと、彼が優しい笑顔を返してくれる。

 

 私はこの憂鬱なお茶会から逃げ出すことに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

「あのね……さっきはありがとう」

 

 私はライナス様の馬車に乗り込んだ。我が家の馬車はケリーが一人で乗っている。

 

 馬車に揺れるたびに、腕と腕がぶつかって熱を帯びていく。

 

「さっき? 私は勝手に迎えにきただけだよ。むしろ、私のせいで折角のお茶会を邪魔してごめん」

「ううん。良いの。もう帰りたいなって思ってたから。でも、びっくりしちゃった」

 

 ライナス様がいつも夜遅くまで殿下と共に執務室に篭っていることは有名な話だ。だから、私のことを聞いてわざわざ来てくれたのかな……なんて勘違いしそうになる。

 

 多分、たまたま早く仕事が終わって、それがたまたま今日だっただけだ。だって、私は彼にとってただの妹みたいなものなんだから。


 変に勘違いをして浮かれるとあとで痛い目を見る。気を引き締めていかないと。

 

「あまり楽しくなかった?」

「うーん……わかんない。こんなものなのかなぁ? って思ったくらいだよ。ほら、私ってあまりお茶会らしいお茶会に参加したことなかったじゃない?」

 

 キャロルとメリアとのお茶会は別だ。あれは社交云々とは多分違うから。前に、二人が「ここのお茶会以上に楽しいところはない」って言ってたから、三人でするあの会が特別で今回のが普通なんだと思う。

 

「エレナがお茶会に参加するなんて珍しいなと思ったんだ。何かあった?」

「何もないよ……ただ、私も少し見聞を広げた方が良いなって思っただけ」

「無理する必要なんてない。楽しくないお茶会なんて参加しなくても良いんだよ」

「でも……やっぱり私もノーベン家の娘だし、もっと慣れておいた方が良いかなって」


 それに、将来はあなたの妻になるのだから……なんて言ったら重たいだろうか。

 

「エレナが辛い思いをするのは見ていられない。だから、無理はしないで」

 

 優しい手が頭を撫でる。

 

 それって私には期待してないってことだろうか? 今のままじゃ駄目なのに、ライナス様はいつもそうやって優しい言葉ばかり。

 

 きっと、今までの私だったら彼の言葉を鵜呑みにして、屋敷でゴロゴロする毎日に戻っていたと思う。けど、今の私は違うんだ。

 

 今はまだ目の離せない妹みたいな存在かもしれないけど、絶対にあなたの隣にふさわしい女になって見せるから。

 

「うん、ありがとう」


 私はライナス様の顔を見上げて誓った。

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