第7話
「それでは、始めましょうか」
「よろしくお願いします。ケリー先生」
自室で私とケリーは向かい合った。他の部屋は誰かに突然入られる可能性があったけど、私の部屋に入ってくるのなんてお母様くらいだからだ。その母は今お茶会に行っていて不在だ。あとの可能性としては急な用事とかだけど、私に来る用事なんてたかが知れている。
ケリーとたった二人で行われるこの会議は、私にとっては重要なものだ。誰に邪魔はされたくなかった。だから、ケリーが部屋に入るやいなや、しっかりと鍵をかける。
これで、どんな邪魔も入らないはず!
ケリーは私の顔を見て眉尻を下げた。その表情、最近よく見る。困った時の顔だとすぐにわかった。
「先生はやめてくださいませ」
「そう? 良いと思ったんだけど」
先生にしてはちょっと優しい顔をしてはいるけどね。
うちに来ていた先生はとても厳しくて、いつも目が釣り上がってた。失敗すると釣り上がっている目が更に上がるので怖いのだ。
その点、ケリーは優しげな目元だから少し怒っても怖くないかも。というか、怒ったところを見たことがない。
「次、先生なんておっしゃったら、お手伝いしませんからね」
「ごめんなさい。ケリーだけが頼りなのっ……!」
強く彼女の手を握る。すると、仕方ないとばかりに目が細められた。
「ライナス様の理想の女になって、彼の心をガシッと掴みたいの!」
「今のままでも十分ガシッとお掴みになっていると思うのですが……」
「もうっ。ケリーはいつもお世辞が上手だけど、今日はその手にはのらないわ」
「いつもの子爵様のお言葉を思い返せば、自ずと出てくる答えだと思いますが……」
「前も言ったじゃない。あれは妹にするようなものなのよ」
ケリーは頬に手を当て、「そうでしょうか」と弱々しく言った。私は強く頷く。いつものライナス様の態度を見ていれば、彼に妹にしか見られていないことくらい明らかだもの。それも、頭に「手のかかる」が付くかもしれないということも分かっていた。
「では、お嬢様の思う子爵様の理想の女とはどのような女性像でしょうか?」
「どんな……? それは、悪役令嬢みたいなのでしょう?」
「ええ、そのお嬢様のおっしゃる『悪役令嬢』というのはどうもぼんやりとしているなと思ったのでございます」
「ぼんやり……」
「はい。恐れながら、お嬢様のおっしゃる悪役令嬢は、『かっこいい』や『強い』といった抽象的な要素でしたからもう少し具体的なものに変えなければ身動きがとりにくいのではと感じました」
ケリーの言葉にうまく返すことができなくて黙ってしまった。しばしの静寂が訪れる。窓の外では嘲笑うように鳥が鳴く。
ケリーの言う通りだ。私の口からは出てくる言葉はどこか抽象的だった。
「お嬢様。そのように思い詰めないでくださいませ」
「ごめんね。ケリーのせいではないのよ。ただ、不甲斐ないなと思って」
「不甲斐ない……でございますか?」
「うん。だってね。小さい頃からずっと隣にいるのに、よく分かっていないんだなって思ったら、悔しくって……」
木から落ちた日から、彼はいつだって私の手を引いてくれていた。隣に立つ彼をいつだって見上げていた筈だ。
それなのに、私の口から出たのは『かっこいい』とか『強い』といったもの。『かっこいい』ってなんだろう。『強い』って何を基準に考えればいいんだろう。
「難しいね」
「そのように悩まないでくださいませ。良いですか。私から見て、お嬢様はもう十分お強い方だと思います」
「ありがとう。本当にお世辞が上手ね」
「いいえ、お世辞ではございませんよ。私はそのままでも十分に素敵だと思っておりますが、お嬢様が折角何かしようと思っているのですから、応援したいとも思っております」
ケリーの瞳からは強い意志を感じる。面倒だなと思って付き合ってくれているわけではないみたいで少し安心した。
「お嬢様のおっしゃる『かっこいい』や『強い』がどのようなものか、私にもわかりません」
「うん、私自身もよく分かっていないもの……。そうよね」
ケリーならば、正確にその正体を言い当ててくれるのではないかと暗に思っていた。その考え自体がかっこよくも、強くもない。
「では、やることは一つではありませんか」
「一つ?」
「はい。まずは『かっこいい』探しを致しましょう。『強い』とは何かを考えることからです。お嬢様の世界は今とても狭くあらせられます。もっと世界を広くして、かっこいいとは何かを見つけるのがよろしいかと」
「かっこいい探し……」
呆然と呟くと。ケリーが強く頷いた。今日の彼女はいつもより饒舌だ。全ては私のためを思ってのことだろう。
今から『かっこいい』や『強い』を探していては遅くはないだろうか。明日にでもライナス様の目の前に「理想の女」は現れるかもしれないというのに。
けれど、私にはそれ以外の手立てがなかった。『かっこいい』女になるためにどんなことをすれば良いのかよく分からなのだ。
ケリーも分からないと言うのなら、素直に彼女の言う『かっこいい』探しをすべきではなかと思った。
「そうね。私やってみる」
「はい。きっとお嬢様なら大丈夫でございます」
「ありがとう。でも、世界を広くってどうすれば良いんだろう?」
私の周りにはお父様やお母様、屋敷で働いてくれている人、そして友人のキャロルとメリアくらいしかいない。
彼女達はあの日見た『悪役令嬢』とは違うと思う。『かっこいい』探しは難航するような気がしたのだ。
しかし、ケリーはどうすべきか分かっているようだ。彼女の唇が弧を描く。
「勿論、社交に決まっているではありませんか」
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