第6話

 結局私は、それ以上有益な情報を得ることができなかった。あまりしつこく聞けば怪しまれるし、あれが限界だったのかもしれない。ケリーだったらもっとうまく聞けていたのかもしれないと思うところはあったけど、私は私なのだから、「もしも」を考えても無意味であることは充分理解していた。

 

「いかがでございました?」

 

 ライナス様を見送ったあと、ケリーはにこやかに私に尋ねた。

 

「成果はあまり……。ライナス様ったら、何を聞いても最後には『エレナはそのままで良いよ』って言うのよ」

「まぁ。やはり子爵様の理想は『悪役令嬢』ではないのでは?」

「それはないと思う。だって、いつも通り私のことは子供扱い。このままじゃ、私ずーっと妹止まりだと思うの」

「そんなことはございませんわ。お嬢様は婚約者ではありませんか。妹では結婚できませんよ」

「ううん。ライナス様には兄弟がいないでしょう? きっと私はその代わりなのよ」

「なぜ、そう思うのでしょう?」

「昔ね、お兄様と話していたのを聞いたことがあるの。お兄様が『あんなじゃじゃ馬な妹なんかいらなかった』って文句を言っていた時にライナス様が『なら、私が貰っても良いですか?』って。昔からライナス様は妹が欲しかったのよ」

 

 それは確か、私が遊び疲れて眠ってしまっていた時の話だったと思う。たまたま目が覚めた時にその話をしていたのだ。私だってあんな意地悪なお兄様よりも、綺麗で優しいライナス様の妹になりたかったと思った記憶がある。今思えば、妹になっていたら結婚はできないのだから、ならなくて良かった。


 やっぱり私はライナス様の妹になりたいわけではなく、妻になりたいのだ。

 

 あの時から、彼の中で私の立ち位置は婚約者である前に妹なのだろう。

 

「まあ。それって、子爵様がお嬢様のことをその頃からお気に召していたということでは?」

「うん、妹にするにはちょうど良い年の差だし、周りに親しい女の子もいなかったんじゃないかな……」

「いえ、そういうことではなくてですね。お嫁さんにくださいという意味ではありませんか?」

「もー! ケリーも冗談を言うのね。私あの時まだ九つだったのよ。さすがに結婚相手には見えないわよ」

「そうでしょうか?」

 

 ケリーったら、そんな冗談みたいなこと本気で思っていたみたい。彼女の眉尻がぐっと下がる。

 

「ケリー、ありがとう。私を慰めるために言ってくれたのよね」

 

 やっぱり私は彼女のことが大好きだ。思わず抱きしめた。本当に、彼女がお姉様だったらいいのに。やっぱりお兄様と結婚……でも、あの兄にケリーは勿体ない気がしてきた。


 ケリーにはもっとかっこよくて優しい人が似合うと思う。意地悪で足の長さだけが取り柄の兄では釣り合わない。

 

「本当にそう思ったのですが……」

「うんうん。ありがとう。私、ちょっと元気出た」

 

 嬉しくなって抱きしめていた腕に力を込めた。

 

 ケリーもライナス様みたいに私を気遣ってくれる。彼女の気遣いとライナス様のそれは似ているような気がした。彼が私のことを妹のように思っているのと同じように、ケリーも私のことを妹のように思ってくれているのかも。

 

 ライナス様のそれは悔しいけど、ケリーの思いはとても嬉しい。

 

「もっと頑張ってライナス様に結婚相手として見て貰うね。だから、お願い。力を貸して!」

「そんなことをしなくても、子爵様はお嬢様のことを愛しておいでだと思いますよ?」

「私ね、妹みたいに愛されたいわけじゃないの!」

 

 ケリーの眉尻が下がる。彼女は私が強くかっこよくなるのは難しいと思っているのかもしれない。無謀な挑戦を手伝うのは気が引けると顔に書いている。

 

 ケリーの胸の中で必死に見上げた。彼女の瞳がゆらゆらと揺れる。あと一押し……!

 

「お願い……! こんなのケリーにしかお願いできないの……!」

 

 感極まってしまったせいか、目に涙が溜まる。泣いたら困らせちゃうから、泣かないように唇を噛み締めた。


 泣き落としは子供のすることだと、前にお母様に怒られたのだ。

 

「……分かりました」

 

 ケリーの弱々しい返事が聞こえたような気がした。今のは聞き間違いじゃない?

 

「本当? 良いの?」

「はい。ですが、無茶は駄目ですよ?」

「うん。勿論! ありがとう。ケリー大好きっ」

 

 私はもう一度ケリーの柔らかい胸に顔を埋めた。彼女のため息が聞こえる。仕方ないなといったところだろうか。でも、一人じゃない。それだけで心強い。

 

 もう私はライナス様の理想の女になれたような気になっていた。だって、ケリーがいたら百人力だと思ったから。それくらい彼女は頼りになる。

 

「ケリー、さっそく計画を立てましょう!」

「まあ。お嬢様。それは焦り過ぎです。もうすぐ晩餐のお時間ですよ。今日はゆっくりお休みして、明日からに致しましょう」

「そんなぁ……」

「そんな目で見ても駄目です。それに、今から始めては中途半端になってしまいますわ」

「そうだけど……」

 

 ケリーが床に膝をついて、下から見上げる。そして、優しく私の頭を撫でた。

 

「大切なことなのでしょう? 時間をたっぷり使ってしっかり考えましょう?」

「……そうよね、大切なことだもの。ケリーの言う通りだわ」

「はい。では、今日はお着替えをして、晩餐に参りましょう」

 

 ケリーがニコリと笑った。

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