第2話

「なるほど。分かってきました」

 

 それから二時間ほどは話し通しだったと思う。ついつい劇の感想まで語ってしまい、何度話の道がそれてしまったことか。その度に軌道修正してくれるのは、もちろんケリーだ。どうにか話終えて満足すると、真剣に聞いてくれていたケリーがニコリと笑った。

 

 彼女の笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろす。少しでもちゃんと伝わったかしら。

 

「要約すると、王太子の婚約者だった侯爵家のご令嬢が下級貴族の娘の策略によって悪役に仕立て上げられ、一度は失脚する。その後自身の才で勝ち上がるお話しでしょうか」

「ええ、そう! とっても素敵な女性だったの!」

「はい。女性の憧れが詰まったような方ですね。器量良し、頭も回る。少しばかり勝気な性格と容姿のせいで他から勘違いされやすいことで、今回は他の方にしてやられてしまったといったところでしょうか」

 

 私は言葉を返すのも忘れて、何度もうんうんと頷いた。ケリーがまとめるとあっさりと分かりやすい。


 私の二時間が一分にも満たない言葉でまとめられた。

 

「沢山お話ししたからお疲れでしょう? 新しい紅茶をお入れしますね」

 

 昨日の内容を思い出し、興奮冷めやらぬ私に笑みを深めるとケリーは紅茶の道具一式を持って部屋を出て行ってしまった。

 

 一人きりになると、自然とため息が零れる。

 

 器量が良くて頭も回る……か。私とは正反対だ。そう言えば、隣国の王太子妃である『悪役令嬢』は綺麗なブロンドらしい。私は地味な栗色。その時点でたどり着けない高い塔を見上げているようだった。

 

 でも、高いからと目を背けたらそこで終わりじゃない。やるのよ、エレナ。目標は高く!

 

「お待たせいたしました」

 

 私が闘志を再度燃やしていると、紅茶の香りと共にケリーが戻って来た。彼女の入れる紅茶は他のよりもどこか優しくて大好きだ。

 

「ケリー、ありがとう。ずっと付き合わせているのに、紅茶まで入れてくれて」

「お気遣いありがとうございます。気にしないでください。私が好きでしているのですから」

 

 ケリーは六歳年上の優しいお姉さんのような人だ。私がまだ十歳の時にこの屋敷にやってきた。お父様の仕事を手伝っていた彼女のお父様が病気で亡くなったことが原因らしい。侍女という名目だけど、私の話相手という意味合いが大きいのだと聞かされている。


 本当なら養子にすることも考えたのだと、お父様は昔言っていた。結局ケリー自身に断られてご破算になったらしい。


 だから、少しでも気楽にできるようにとお父様が最初に与えたのが私の話し相手。

 

 ケリーは他の仕事もやりたがって、結構身の回りのお世話までしてくれているけど。お父様にとっては友人の忘れ形見で、養子にできなくても娘のように扱いたいと思っているみたいなのだけれど、彼女が頑なに「甘えられない」と断ったそうだ。

 

 私はケリーがお姉様になっても嬉しいのに。そうだ。お兄様とケリーが結婚したら本当の意味でお姉様になるのでは?

 

 お兄様が帰って来たら、こっそり聞いてみようかな。

 

「さあ、紅茶を飲みながら本題に入りましょうか」

「……本題?」

 

 意味が分からなくて首を傾げた。私は彼女に私の見た『悪役令嬢』を伝えたことで、やり遂げた気持ちでいたのだ。

 

「その『悪役令嬢』になるためにどうすべきかって話でしょう?」

「ええ」

「なら、まずは王太子殿下や子爵様が『悪役令嬢』を解釈しているかを考えるのが先かと思いますよ」

「二人の解釈……?」

「はい。お嬢様のお話を聞くと、お嬢様にとって『悪役令嬢』というのは、器量が良くて頭が回る強い女性と言ったところでしょうか」

「ええ、そうだと思ったわ。きっとライナス様はもっと強くて頭が良い人が婚約者だったら公爵家は安泰だと思ったのではないかしら」

 

 私は強くもないし、頭が良い方でもない。あんまり争いごとは好きではないから、女同士の争いなんてものにも縁がないもの。キャロルとメリアはお母様の友人の娘とあって小さい頃から良く遊んでいる気の合う友人で、他にこれと言って仲の良い人はいなかった。

 

 小さな頃、お母様に連れられて色んなお茶会に参加していた時期はあったのだけれど、あまり気の合う人がいなくて、結局引きこもるようになってしまった。

 

 公爵夫人になったら、色んな人に会う機会も増えるだろうし、友人も多いに越したことはないとは理解しているのだけれど、どうも後ろ向きになってしまう。言葉の裏に隠された嫌味とか妬みとかそういうのを相手にするのはちょっと怖い。

 

 もっと和気あいあいと楽しいお茶が飲めれば良いのに、あれでは折角の美味しいクッキーの味が分からないのだ。

 

 一番最後に参加したお茶会を思い出すと、勝手に眉尻が下がった。

 

「お嬢様は争いごとが少し苦手ですものね」

「もっと強くなれたらライナス様も安心するって分かっているのよ。でも、傷つけるのも、傷つけられるのも嫌だわ」

「私はそれで良いと思いますけれど。それがお嬢様の魅力の一つではありませんか」

「でも! 今のままだと駄目なの……駄目なのよ」

 

 ケリーの眉尻が下がる。困らせてしまっているのだろう。それでも、私はライナス様の理想に少しでも近づきたいのだ。今のままで大丈夫なんて悠長なことは言っていられない。明日にでも彼の理想が服を着て歩いてくるかもしれないのだから。

 

「分かりました。ですが、まずは子爵様にお話しを聞いてからがよろしいかと」

「ライナス様に……? そんなの駄目よ! 話を聞いてしまったことを知られたくないわ!」

 

 決して盗み聞きするつもりは無かった。たまたま扉が開いて、たまたま聞こえてしまったのだ。それでも、彼が知ったら盗み聞きをするような女だと幻滅するかもしれない。とても卑怯かもしれないけど、これ以上彼の理想から離れたくないのだ。

 

 でも、本当は謝った方が良いんだよね。

 

 ライナス様に聞いてしまったことを言った後のことを想像して震えた。怖くなって、自身の身体を抱きしめる。すると、ケリーが優しく私の肩を撫でてくれた。

 

「大丈夫ですよ。子爵様にありのままお話しする必要はありません。それとなく聞けば良いのです」

「それとなく……?」

「はい。それとなく。お会いした際に昨日のお話をするとよろしいかと。昨日は帰り、あまりお話しできなかったのでしょう?」

「うん……。あまりというか、全然。ライナス様に謝らなくちゃ」

「ええ、そうですね。その時にそれとなくお聞きしたらよろしいではありませんか。『悪役令嬢』のどんなところが良いか。そうすれば、お嬢様がこの先どう自分を変えていくか答えが見えるのではありませんか?」

「そっか。うん。聞いてみないと分からないものね」

「はい。聞いてみてくださいませ。そうしたらもう一度、作戦を立てましょう。私はこのままでも十分だと思いますけれど」

「ありがとう。ケリー大好きっ」

 

 ケリーの胸に飛び込むように抱きついた。彼女は優しく受け止めてくれる。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。この香りも大好き。

 

 彼女の胸の中で一歩ずつ進むと決意したのだ。

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